更新:2008年8月16日
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確定拠出型年金(401K)

●初出:月刊『潮』1999年3月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question「401K」という年金のニュースを聞きました。
どんなものですか?

Answer年金とは、老齢者、退職者、遺族、障害者などに対し、経済的な備えとしておこなわれる定期的な金銭の給付のこと。国が法律に基づいておこなう「公的年金」と、民間が任意におこなう「私的年金」に分かれています。

 日本の公的年金には、公務員の「共済組合」、民間サラリーマンの「厚生年金」、それ以外の自営業者などが加入する「国民年金」があります。私的年金には、企業が従業員を対象にする「企業年金」と、生命保険会社などが個人を対象にする「個人年金」があります。

 こうした区分はだいたいどこの国でも同じ。というのは、まず国が自分のところの従業員である軍人や文官のために年金(恩給)制度を整備し、次に国営産業や基幹産業の従業員、ブルーカラー労働者、ホワイトカラー、その他の一般国民へと、制度を広げていったからです。

 ところで、アメリカでは社会保障年金、連邦職員や州・地方職員退職制度など公的年金の残高は、全体の三〇%程度といわれます。つまり年金の主流は私的年金。なかでも、ここ一〇年ほどの間に猛烈な勢いで伸びているのが「401Kプラン」と呼ばれる企業年金なのです。

 アメリカの企業年金の第一号は、一八七五年にアメリカン・エキスプレスが導入。その後、在職時の報酬や勤続年数によって将来の給付金額が決まる「確定給付型」の企業年金が普及していきました。ところが、「401K」タイプの年金は、将来の給付金が月いくらと決まっていません。決まっているのは、従業員と企業が出し合う拠出金の額だけ。あとは運用成績によって、将来の給付金額が決まります。そこで、これを「確定拠出型」の年金と呼びます。

 日本の年金は、基本的にすべて確定給付型ですから、「401K」はまったく新しいタイプの企業年金といえます。

アメリカでは一兆ドルを突破

Question「401K」の仕組みやメリットを、
もっと詳しく教えてください。

Answerまず、従業員は、毎月の給与から天引きされる金額を指定します。企業は、指定額に応じて一定割合の金額を拠出します。こうして従業員と企業が出し合った積立金を、企業は投資信託会社(または銀行、保険会社など)と契約して運用します。

 投資信託会社は、株式、債券、短期の金融商品などをさまざまに組み合わせた複数ファンドのメニューを従業員に提供します。従業員は、自分の責任でファンドを選択します。ハイリスク・ハイリターンのファンドを狙ってもよし、運用益はそれほどでもないが安全確実というファンドを選んでもいいわけです。運用した収益は、従業員個人の口座に蓄積されていきます。

 これだけなら、いまある財形年金などと変わらないように思えますが、ミソはアメリカ内国歳入庁のルール「401のK」に書かれている税の優遇措置。それによると、企業の拠出金を一定限度まで損金参入できる、運用利益は非課税、従業員への課税は給付を受ける時点(通常五十九・九歳)まで繰り延べることができる、となっています。企業も従業員も、この優遇規定に飛びついたわけです。

 「401K」型年金のシステムを企業側からみると、最大のメリットは、従業員の退職後という将来に発生する給付金を現時点で支払えばすむということに尽きます。一方、従業員側からみると、転職の際に自分の積立金を非課税で新しい会社へ移し変えることができるというメリットがあります。転職が多いアメリカならではのシステムともいえるでしょう。

 米コンサルタント会社のスペクトラム・グループによると、アメリカでは「401K」が過去一〇年間に年率二〇%のペースで伸び、九八年三月末には残高が一兆七五〇億ドルに達しました。また、採用している企業は二七万社、従業員数にして二五〇〇万人以上だそうです。最近のアメリカの株高には、「401K」を通じて個人の資金が大量に流れ込んでいるという背景があるのです。

Questionデメリットに
ついては?

Answer現在のところは株高が続いていますから、大きな問題にはなっていませんが、日本のバブル崩壊のようなことが起こると、非常に危険だと思います。長年積み立ててきた年金資産が、半分や三分の一になってしまう恐れがありますから。「確定拠出型」は、裏を返せば「不確定給付型」なのです。

 また、従業員の積立金を雇用主が自社事業や自社株に過度に投資したり、給与天引きから投資信託へ回すまでの期間に寸借《すんしゃく》するというようなトラブルも散見されるようです。

日本では二〇〇〇年度から

Question日本でも、「401K」型の年金を導入しよう
という動きがあるようですね?

Answer日本の年金制度は、加入期間も短く受給者も少ない段階で、大幅に給付金額の引上げました。しかし、世界に例を見ない急速な高齢化、さらに少子化が進み、勤労世代の負担が限界に近づきつつあります。加えて、バブル崩壊以降の金融資産の目減りや景気の低迷などで、大きな曲がり角を迎えています。

 現行の厚生年金基金は、あらかじめ将来の給付額を決め、積立金は年五・五%の利回りで運用するという前提で、毎月の掛け金を定めています。これより運用利回りが低いと、企業が穴埋めしなければならず、企業は年金という隠れた債務を負っていることにもなります。実際、立ち行かなくなる企業年金も出現しています。

 そこで、主として企業側から、「401K」のような確定拠出型の年金制度の導入を求める声が出てきました。自民党は、九八年二月の緊急経済対策第四弾の柱のひとつとして、導入の本格的な検討を盛り込みました。

 その後、財形年金制度を衣替えするという自民党・労働省案、厚生年金基金に上乗せするかたちで導入する厚生省案が出されました。経済団体や民間シンクタンクなども相次いで導入案を発表しています。もっとも、税の優遇措置に消極的な大蔵省が反対。労働省も厚生省も、もっぱら省益第一で話は進まず、結局、自民党が中心になって昨年秋に導入案をまとめました。 それによると、企業に確定拠出型の企業年金を認め、同時に、個人が確定拠出型年金の掛け金を一定限度まで所得控除できる制度を作ります。「401K」と同様、掛け金は非課税、積立金も一定年齢まで取り崩さない限り非課税とし、給付時に課税します。政府・自民党は、今年中にも法案を国会に提出し、二〇〇〇年度からの導入を目指しています。

日本に根づくか?

Question日本でうまく
根づくでしょうか?

Answer企業にとってメリットが大きいことは確かです。しかし、日本では従業員が自分の年金を自己責任の原則にしたがって運用するという習慣がありません。実際、労働組合などからの反対も根強いものがあります。ですから、まず新しい仕組みを国民に周知徹底し、運用に関する情報をオープンすることが必要です。資産管理や運用に関する従業員教育を徹底することも、大きな課題でしょう。

 もっとも、受給者保護を徹底したとしても、日本で新しい年金がこれまでの確定給付型年金に取って変わることは考えにくいと思います。当面は確定給付型を中心に、確定拠出型を上乗せするというようなかたちになるでしょう。

 大切なことは、新しい確定拠出型年金制度を不景気で苦しむ企業を救うというような近視眼的な観点だけから取り上げるのではなく、矛盾が大きい日本の年金制度全体の改革の一環として位置づけ、利用すること。とりわけ、省庁の縦割りという弊害を徹底的に排除し、将来の日本に禍根を残さない抜本的な改革を進めることだと思います。

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