更新:2008年8月16日
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九四年度税制改正大綱

●初出:月刊『潮』1994年4月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question政府・連立与党が九四年度の税制改正を打ち出しましたね。
どんな内容なのか教えてください。

Answerはい。連立与党は一九九四年二月九日、「九四年度税制改正大綱」を正式に決定、発表しました。これを受けて翌十日には、首相の諮問機関である政府の税制調査会(加藤寛会長)が、九四年度の税制改正に関する答申をとりまとめて首相に提出しました。答申は、連立与党の改正大綱をほぼ容認するものでした。

 「国民福祉税」騒ぎなどで揺れに揺れた税制論議でしたが、これで九四年四月に始まる新年度から適用される税制改正作業は終了。一部の施策については、九四年一月一日から適用となっています。

景気対策重視の改革

Question今回の税制改革の特徴には、
どんなことがあげられますか?

Answer第一に、景気対策に重点を置いた税制改革であるといえます。改正の柱は所得税・住民税の減税で、規模は五兆四七〇〇億円程度。これには消費を増やし、景気を刺激しようという狙いがあります。あとで触れますが、住宅取得を促進する税制の拡充など、低迷する住宅・土地取り引きへのテコ入れ策が目立つのも、景気を重視しているからです。

 細川政権は、新年度の予算編成の基本方針で「国民生活の向上を目指す生活重視型予算を編成する」としましたが、生活重視型は税制改革の特徴でもあります。いわゆる教育減税、育児休業給付金や高齢者雇用継続給付金の非課税化などは、それぞれ高校生や大学生を抱えた働き盛り、働く女性、高齢者などをターゲットにした生活重視の施策といえるでしょう。

 さらに、自民党時代の税制論議と大きく様変わりしたのは、族議員を通じた関連業界・団体の圧力が少なかったせいか、中小企業の交際費の一部の課税、企業の使途不明金への重課税など、ある程度踏み込んだ増税策が見られることです。これは、裏を返せば官僚──大蔵省主導型の改正を意味しますが、今回の税制改正の特徴といってよいと思います。酒税引き上げが盛り込まれたことも、大蔵官僚の狙い通りといえるでしょう。

所得税・住民税減税は一年限り

Question所得税・住民税の減税は
どのように実施されるのでしょう?

Answer所得税は、一年限りの特例措置として、九四年分の所得税額の二〇%を控除します。ただし、控除額が二〇〇万円を越える場合は、二〇〇万円を控除するものとします。たとえば、九四年の確定申告で五〇万円の所得税を納めた人は、来年九五年は(所得その他の条件は同じとして)四〇万円の所得税でよいということです。所得が多く、税金を五〇〇〇万円も払ったという人は、来年は四〇〇〇万円ではなく四八〇〇万円を納めることになります。

 住民税も、やはり一年限りの特例措置として九四年分の住民税所得割額の二〇%を控除。ただし、控除額が二〇万円を越える場合は、二〇万円を控除します。

 以上がいずれも「一年限り」なのは、減税はあくまで景気対策のための臨時の措置と位置づけられているからです。年収七〇〇万円の標準世帯(夫婦と子供二人で、子供一人は特定扶養控除の対象)で計算すると、所得税の減税額は五万八三〇〇円、住民税の減税額は四万八三〇〇円で、合計一〇万六六〇〇円の減税になると計算されています。

買い替え特例の上限も引き上げ

Question住宅や土地関連では、
どんなものがありますか?

Answerまず、住宅の買い替え特例の適用上限の引上げがあります。買い替え特例とは、住宅を売り新しい住宅を買って住み替えるとき、住宅の売却益に対する課税を繰り延べる措置。これまで特例の対象となるには、売った住宅の価格が一億円以下でなければならなかったのですが、二億円以下ならばよいことにしました。

 住宅取得資金にかかる贈与税の軽減特例も拡大されました。住宅を買うとき、親に頭金を出してもらうなど資金援助を受けることがありますが、これまではもらう額が五〇〇万円以下の場合に贈与税が軽減されていました。今回は、一〇〇〇万円以下ならば贈与税が軽減されることになりました。たとえば、一〇〇〇万円をもらう場合の贈与税額は七〇万円で、これまでの一三五万円の半分近くと軽くなります。

 また、住宅や土地でよく問題になるのは地価高騰で相続税が払えないというケース。これについては、課税最低限の引き上げ(四八〇〇万円から五〇〇〇万円へ)、配偶者控除の引き上げ(八〇〇〇万円から一億六〇〇〇万円へ)、「延納」(分割払い)から「物納」(土地で納入)への切り替え容認など、相続税の軽減が図られています。

増税でビールなどの値上げも

Question増税の中身を
教えてください。

Answerまず、中小企業の交際費の非課税枠の一〇%に課税するという改正があります。これまで資本金が一〇〇〇万円以下の企業では、交際費を年間四〇〇万円まで損金処理できる(経費で落とすことができ税金がかからない)とされていました。しかし「中小企業の経営者は、家族との飲食代やプライベートなゴルフ代まで会社の経費で落としている」といった声をよく聞きます。そして、これは税務署ではほとんどチェックできません。そこで今回、資本金五〇〇〇万円以下の企業について、交際費の非課税枠の一〇%を損金処理できない(課税対象になる)こととしました。ゼネコン汚職で問題になった企業の使途不明金も、これまでかかっていた法人税に加えて、四〇%の追加課税をすることとしました。これらの改正は、不公平税制の是正という性格をもっています。

 このほか、私たちの生活に直接響くのが酒税の引き上げです。実施は今年五月一日から、一リットルあたり清酒七円、ワイン一〇・五円、ビール一四円、焼酎甲類三七円、焼酎乙類三二・三円の増税となります。ただし、ウイスキーに関しては、輸出を増やしたい欧州などへ配慮して据え置きです。この結果、ビールの大瓶で約一〇円の値上げが必至。ビールの値上げは一〇年ぶりです。この酒税引き上げで大蔵省は一二〇〇億円以上の税収増を見込んでいます。

抜本的な見直しが課題

Question「税体系の抜本的見直し」というような掛け声もあった
と思いますが、これは先送りになったのですね?

Answerええ。細川内閣は発足当時、税体系の抜本的見直しという方針を掲げていました。これは「直接税──とりわけ所得税に偏りすぎている日本の税制を根本的に見直す」という意味。突如として首相が発表した「国民福祉税の創設、税率は七%」は、この方針にそったものです。しかし、ご承知のように国民福祉税は「拙速」「消費税率七%と同じ」「大蔵官僚の思い上がり」などと批判を浴び、すぐに引っ込められてしまいました。そして、今回は減税だけが先行し、税体系の抜本的見直しと減税・増税の一体処理は先送りにされたのです。

 しかし、政府税調が答申で「一刻も早く総合的見直しを図るよう強く要請する」と念を押したように、所得税中心から間接税中心という税体系の見直しは、依然として大きな課題です。この意味では、今回の税制改正は一時しのぎ、急場しのぎという印象がぬぐえません。

 また、「不公平税制の是正が取り上げられているが不十分」という声も聞かれます。とくに「クロヨン」という言葉が象徴するサラリーマンと自営業者との不公平は、改善の余地がありそうです。「国民福祉税」騒ぎのような形ではなく、オープンで冷静な税制改革論議が、もっと必要ではないでしょうか。

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