更新:2008年8月16日
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9増10減

●初出:月刊『潮』1993年2月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

六年ぶりの定数是正

Question一九九二年十二月十日に閉幕した臨時国会で、衆議院の
「9増10減」が成立したと聞きました。どういうことなんですか?

Answerはい。先の国会では、衆議院の定数是正などを盛り込んだ公職選挙法改正が成立しました。「9増10減」は、その中身を表すもので、九の選挙区で定数が一人ずつ計九人増え、一〇の選挙区で一人ずつ計一〇人減るという意味。まず、定数の是正が必要になった理由からお話しましょう。

 衆議院では、都道府県をいくつかにわけた選挙区ごとに、おおむね三人〜五人(二人や六人の例外もあります)の議員を選出する「中選挙区制」が採用されています。現行の制度がスタートしたのは一九四七年ですが、当時は総定数(衆議院議員全部の数)の四四六を、都道府県の人口に比例して最大剰余法という方式で割り振りました。その結果、議員一人当たりの人口は、もっとも多い選挙区でもっとも少ない選挙区の一・五一倍になりました。

 たとえば、定数が同じ4で、選挙区Aの人口が一五万人、選挙区Bの人口は四五万人とすると、Bの議員一人当たりの人口は、Aの三倍ですね。するとBの「一票の重み」はAの三分の一。国会は多数決原理で動きますから、Bの住民の意見はAと比べて三分の一の重みでしか、国政に反映されないことになります。四七年当時は、最大でも一・五一倍ですから、妥当なところだと考えられたわけです。

 しかしその後、人口の大都市への集中や地方からの流出が続き、一票の重みに極端な格差がついてしまいました。そこで、これまでに何度か定数是正がおこなわれ、今回、八六年の「8増6減」以来六年ぶりの是正となったのです。

三・三八倍から二・七七倍へ

Question「9増10減」の具体的な内容について
教えてください。

Answerまず増員区ですが、千葉4区、神奈川3、4区、埼玉1、2、5区、広島1区、福岡1区、大阪5区の九つの選挙区で、定数を1ずつ増やします。これらの選挙区では、是正前(九〇年国勢調査時。以下の数字も同じ)の議員一人当たりの人口が、約四六万四〇〇〇人から四一万人となっています。いずれも首都圏のベッドタウンか地方の大都市で、人口が急増している地区。東京が一つも入っていないのは、地価や家賃が高すぎて人口が頭打ちになっているからです。

 一方、東京8区、宮崎2区、宮城2区、三重2区、大分2区、奄美群島区、長野3区、熊本2区、和歌山2区、岩手2区の一〇の選挙区で、定数を1ずつ減らします。東京8区は中央区、文京区、台東区でオフィスが急増し、夜間人口──つまり住人が急激に減っている地区。これを除けばいずれも過疎化に悩む地方です。以上の選挙区では、是正前の議員一人当たりの人口が、約一三万七〇〇〇人から一四万五〇〇〇人となっています。なお、奄美群島区は従来の定数が1ですから、是正後には鹿児島1区に編入され、選挙区そのものが消滅します。こうして、衆議院の定数は従来の五一二から五一一になります。

 ところで是正の前に、もっとも一票の重い東京8区と、もっとも軽い千葉4区を比べると、三・三八倍の格差がありました。これが、是正後は最大でも二・七七倍に下がります。つまり、もっとも一票が軽いのは東京11区、重いのは愛媛3区となり、両選挙区の議員一人当たりの人口を比べると、二・七七対一になります。

三倍以下ならば合憲?

Question二・七七倍なら三・三八倍よりましでしょうけど、
格差はまだまだ続くのですね?

Answerその通りです。格差が二倍を超えるということは、一人一票持っている人と二票以上持っている人がいるのと同じです。今回が理想的な定数是正であると思う人は、どうかしています。しかし、厳密に人口に比例させ、一人一票にしてしまえというのも、極論に過ぎます。そうすると衆議院議員の三割や四割が首都圏選出といった事態になり、人口の少ない地方の意見が、国政に反映できなくなってしまうからです。

 では、一票の格差はどの程度まで許容すべきなのでしょうか。一つの判断基準は、議員定数をめぐる過去の訴訟において最高裁判所が出した判決から推定されるもの。最高裁は国会の是正措置によって一票の格差が二・九二倍に縮小された際、「違憲状態は一応回避された」という判決を出しています。最高裁は「何倍なら違憲」と数値を示したことはないのですが、こうした判例から「一票の格差が三倍以内なら違憲ではない」とするのが最高裁の判断だ、という見方が流布《るふ》しています。今回の二・七七倍という数値も、この見方に合わせたものなのです。

 しかし、二倍を超えれば一人二票持つのと同じという"常識"から考えても、最高裁の判断が合理的で、説得力あるものとはいえません。わが国には、「三権分立」(立法、司法、行政の独立)という国家の大原則がありますが、このうち司法の独立性がきわめて弱く、裁判所は国会や内閣にいつも遠慮しているように思われます。議員定数をめぐる訴訟は現在も引き続いていますが、裁判所には国民の利益を第一に考えて、誰にも納得の行く判断をしてもらいたいものです。

Question裁判所の判断を待つまでもなく、
国会が自ら是正していくべきでは?

Answerまったくその通りだと思います。しかし、定数是正のように議員の利害が直接からむ問題は、国会自ら改正していくことがとても難しいのです。定数が一つ減る選挙区では、次の選挙で現職のうち誰か一人が必ず落選するわけで、議員の抵抗も激しくなります。党内の意見をまとめることすら一筋縄ではいきません。国会の動きは、結局、国民がどれだけ強い声をあげるかにかかってきます。

求められる抜本的な改革

Questionいずれにせよ、今回の定数是正では
不十分ではありませんか?

Answerはい。今回も一票の格差が目立つ選挙区の定数をいじっただけで、さまざまな問題を置き去りにしています。第一の問題は先ほども触れたように二・七七倍で十分なのか──二倍程度にまで下げるべきではないかということです。現在の二・七七倍が数年後には三倍を超えることも予想されます。その時また今回と同じ小手先の是正措置を繰り返すのでは、どこまでいってもいたちごっこです。

 第二の問題は、今回の是正によって、中選挙区制という制度がスタートした時にはなかった二人区や六人区が、五から一〇へ倍増してしまったこと。二人区と六人区は八六年の定数是正で生まれたのですが、当時の国会決議では「早期解消」がうたわれていました。今回の方向はまったく逆なのです。とくに二人区の増加は、部分的に小選挙区制を取り入れていくのと同じこと。小選挙区制への移行を主張する政党もありますが、それは定数是正とは別の議論のはずです。中選挙区制か小選挙区制か、あるいは両者を折衷した案がよいのかは、もっと徹底的な議論が必要だと思います。

 二人区や六人区を整理するには、選挙区の統廃合──現行選挙区の境界そのものの見直しが不可欠ですが、今回は奄美群島区を除いて選挙区に手がつけられませんでした。議員から選挙地盤が変わることへの強い抵抗があったからですが、これも「9増10減」の限界のひとつです。

Question定数是正だけで、政治改革が
いっこうに進まないのも困ります。

Answerそうですね。先の国会では、定数是正を盛り込んだ公職選挙法の改正のほか、政治資金規制法の改正、国会議員資産公開法といった緊急政治改革が成立しました。政治資金規制法の改正では、一個人・団体から一政治家へ年間一五〇万円までなどとされている寄付(献金)の量的制限について、違反した場合の罰則に禁固刑を追加、超過額を没収することになりました。今後五億円を受けとった金丸自民党前副総裁のようなケースがあれば、罰金二〇万円では済まず五億円の没収となります。また、資産公開法では、全国会議員について、土地、建物、有価証券などの所有状況を記した資産報告書を公開することが義務づけられました。

 しかし、これらはあくまで"緊急"の改革。いまごろ決まるのが不思議なくらいの、最低限の改革です。一方、"抜本的な"政治改革のための議論は、いっこうに進んでいません。こんなことでは、国民の政治不信はつのるばかりでしょう。

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