更新:2008年8月6日
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愛知万博

●初出:月刊『潮』2000年4月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question愛知万博の見直しが求められていると聞きました。
どうなっているんですか?

Answer愛知県が万博構想を打ち出したのは、バブル経済真っ最中の一九八八年一〇月。もともとは同じ年の春、通産省から県に打診があったのだといわれています。

 当時は世界最大のカネ余りを背景に、首都圏で幕張、横浜MM21、臨海副都心といった巨大開発が進み、大阪圏でも関西新空港プロジェクトが進んで、地元財界はウケに入っていました。当然、東京と大阪に挟まれた名古屋圏でも、巨大プロジェクトの誘致をという機運が高まります。その一つが中部国際空港構想、もう一つが通産省に示唆された愛知万博構想でした。

 その後、万博の場所探しを始めた愛知県は、県有地が多い瀬戸市南東部に目をつけます。その際、愛知県が活用しようと考えた制度が「新住事業」と呼ばれる街づくりの手法です。

 これは正確には「新住宅市街地開発事業」といい、一九六三年に施行された「新住宅市街地開発法」に基づく制度。大都市に人口が集中した六〇〜七〇年代に、「住宅に困窮する国民のため」(法律の第一条にそう書いてあります)郊外に大規模な住宅地を開発・供給しようというもので、東京の多摩ニュータウンや大阪の千里ニュータウン造成にも使われました。

 「新住事業」による土地の買い上げは、民間の不動産業者などを排除して優先的におこなうことができ、税控除もあって買収価格が安く、買収に応じない所有者の土地の強制収用まで可能なのです。

 こうした開発構想が固まったのが九〇年二月で、県は早くも一〇月に新住事業の用地買収を始めています。当初の構想では二五〇ヘクタール(東京臨海副都心の半分強)を造成し、七五〇〇人を住まわせるという巨大な計画でした。

 愛知万博は、そもそも中部圏の経済活性化のために構想され、最初から宅地開発とセットのイベントとして考えられたわけです。

テーマは「自然の叡智」だが……

Question愛知万博のテーマは
なんですか?

Answer万博の構想づくりは九二〜九四年、愛知県が主導する万博誘致委員会の基本構想策定委員会(委員長は木村尚三郎・東大名誉教授)によって検討されました。この万博は「まず最初にイベントありき」で、テーマや構想はすべて後からできあがったといえます。

 ところがその後、バブル崩壊による経済の低迷、東京臨海副都心の都市博中止、地球環境問題に対する関心の高まりなどによって、県の構想は大きな軌道修正を余儀なくされました。開発重視から環境重視にウエイトが移り、開発区域も大幅に縮小されたのです。

 九五年一二月には県の構想が閣議了解され、正式に国の事業となります。ここから博覧会国際事務局(=BIE、本部パリ)総会での加盟国による投票に向けて、国を挙げた万博誘致活動が始まったのです。そのほぼ一年後、来日したBIE調査団に説明するため、通産省が愛知万博の構想概要を発表していますから、紹介しておきます。

 それによると、会期は二〇〇五年三月二五日から九月二五日まで。テーマは「新しい地球創造・自然の叡智」で、サブテーマは「自然と生命への繊細な知恵にみちたエコ・コミュニティーの実験/自然と生命の輝きを引き出す『暮らしのわざ』」です。

 なんとも抽象的なテーマですが、言い換えれば「人類が自然を征服するかのような勢いで工業化を進めた二十世紀を反省し、自然のすばらしい叡智を前に、もっと謙虚に新しい地球文明を模索しよう」といったところ。サブテーマのほうは、自然と共生する街やコミュニティーづくりを実験し、自然と共生するための技術や生活の知恵を示そうということでしょう。

BIEが見直しを迫る

Questionテーマそのものは悪くないと思いますが、
何をもたついているのでしょう?

Answer九七年六月にモナコで開かれたBIE総会では二〇〇五年万博の開催地が投票され、日本は五二票を獲得して、カナダ(二七票)を大差で破り、万博誘致に成功しました。これは愛知の世界的企業、トヨタ自動車による誘致運動が功を奏したといわれています。

 ところが、最近になってさまざまな問題が浮き彫りになってきたのです。

 九九年二月には、愛知万博協会と県が、万博計画と跡地の住宅・道路建設に関する環境影響評価(アセスメント)準備書を発表しました。 ところがこれが、水辺、土壌、動植物、生態系、景観などほとんど全項目について環境への影響を認めたにもかかわらず、植物を移植したり、川の流路を変えたり、ムササビの巣箱を作ったりすれば「影響は回避・低減できる」と、判をついたように断定する杜撰なもの。自然保護団体などから強い批判を受けました。

 同年五月には、開催予定地の一部である海上の森で、全国で一〇〇〇羽程度まで減り絶滅の危機に瀕しているオオタカの巣が発見されました。先の準備書には「オオタカが飛来する」としか書いてなく、アセスメントの信頼性はますます揺らぎました。オオタカは国内希少野生動植物種に指定されているので、生息地では開発ができません。その後、巣は空になっていることが確認されましたが、専門家は翌年同じ巣を使う可能性が高いと指摘しています。

 さらに、決定的な打撃となったのが、九九年一一月に来日したBIEフィリプソン議長らの見解でした。彼らと通産省担当者とのやり取りはこの一月下旬にようやく公開されましたが、BIEは「国際博覧会が土地開発、つまり環境破壊のために利用されている」と、極めて強い調子で批判。

 「愛知万博はBIEの哲学やモラルに反し、看過できない」「BIEは愛知万博が中止になってもよい。残念だが、理念には換えがたい」「このままでは、環境保護団体の働きかけによって、国も企業も誰一人参加しなくなる」といった意味のことをまくしたて、応対した通産官僚は天を仰いで絶句したと伝えられています。

さらに大幅見直しが必至

QuestionBIE側のいう土地開発は、
「新住事業」を指すのですね?

Answerそうです。BIEは、愛知県の跡地利用計画を単なる不動産開発と見なし、「跡地利用は環境破壊ではないか」「山を崩し、木を切り、四〜五階建ての団地を建設するのは、二十世紀型の開発至上主義の産物だ。それは今回の博覧会の理念の対極にあるのではないか」と述べています。

 こうしたBIEの見方は、政府や愛知県に大きなショックを与えました。国と愛知県は、今年五月のBIE総会で計画を登録し、各国や企業への参加呼びかけを始める予定でしたが、これを断念。同時に、オオタカの営巣地に近い海上の森を会場からはずす、開発規模をさらに縮小する、跡地の公園化を検討するといった見直しに着手しました。

Question愛知万博が成功するか、心配になってきました。
見通しはどうでしょう?

AnswerBIEの姿勢は、WWF(世界自然保護基金)やバードライフ・インターナショナルといった国際的な自然保護団体の強い突き上げがあったからです。欧米の環境・自然保護団体の力は、日本で想像できないほど強いので、世界中のNPOが結束して愛知万博反対運動を展開すれば、成功はおぼつかないと思います。

 日本政府や愛知県がいくら頑張っても、できるのは会場整備と国内企業に参加を求めることくらい。環境保護団体の主張を入れて参加見合わせたいと言い出す国や企業を動かすことは、無理でしょうから。対応を誤ると、愛知万博が理不尽なジャパン・バッシングの火種にすらなりかねません。BIEがいうように、有力な環境保護団体を見方につける作戦を、腰を据えて練る必要がありそうです。

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