更新:2006年9月30日
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米大統領選(アメリカ大統領選挙)

●初出:月刊『潮』2004年10月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

米大統領選とは?

Question今年はアメリカ大統領選挙の年ですね。
どんな仕組みなのか教えてください。

Answer大統領選挙についてお話しする前に、アメリカの大統領制そのものについて触れておきましょう。

 多くの国が採用している「大統領制」は、アメリカのように大統領が国家元首(国の代表)と政府のトップを兼ね、政治的な権限を行使するタイプと、ドイツのように大統領が議会で選出され、儀礼的・形式的にだけ国を代表するタイプがあります。

 アメリカは1776年のイギリスからの独立後、合衆国憲法を制定する際に大統領制を採用しました。アメリカ大統領は、イギリス国王に対応して設けられたものと見ることもできます。国王が権力を握っていたイギリスでは、議会が国王に対抗し市民の自由を認めさせるという形で民主化が進み、「議院内閣制」(議会の多数派が内閣=政府をつくる制度)が確立していきました。一方アメリカは、植民地時代にイギリス議会にさんざん痛い目にあい、議会の専制を押さえる制度が必要だという意識が強かったのです。同時に、王様はまっぴらですが、それに代わる強い権威が必要であるとも考えられました。

 そこで、「議会が」ではなく「国民が」選ぶ大統領制を採用したのです。アメリカ大統領は、国家元首、行政府の長、外交の最高責任者、陸・海・空三軍の最高司令官であって、官僚任命権や条約締結権などを通じて大きな権限が集中しています。ですから「帝王的大統領」という呼び方があるほどです。

 天皇を擁《よう》していた日本は、イギリス型の議院内閣制を採用し、議会の多数派の長が政府のトップ(首相)になります。イギリスや日本では議会から政府が作られ、議会(の多数派)と政府が一体となっています。大臣の過半数は国会議員ですし、政府が法律案を作ることも普通です。ところがアメリカでは、政府(ホワイトハウス)は議会から完全に独立しています。大統領は議会に法律案を提出することができず、議員が政府の要職を兼ねることもできません。

大統領選挙人とは?

Question大統領の選出の仕組みは、
どうなっているのですか?

Answerアメリカ大統領の任期は4年で、2期8年まで務めることができます。大統領になるには、「出生によるアメリカ市民」であり、年齢が35歳以上であることが必要です。また「14年間アメリカの住民でない者」は、選出される資格がありません。

 大統領選挙は4年に一度、オリンピックがある年の「11月の第1月曜日の次の火曜日」(2004年は11月2日)に行われます。現段階で大統領候補者は共和党ブッシュ氏(現大統領)と民主党ケリー氏に絞られています。これは実質的には「直接選挙」ですが、形式的には「間接選挙」。というのは、11月の選挙では有権者が一般投票し、その結果によって各州ごとに「大統領選挙人」を選び、この大統領選挙人が大統領を選出するという2段階の仕組みだからです。

 大統領選挙人の数は各州の上院・下院議員の合計と同じで、現在538名。たとえばフロリダ州の大統領選挙人は27名です。ここが複雑なのですが、11月の選挙で、有権者は「ブッシュ」または「ケリー」と投票しますね(実際には、日本の選挙のように名前を書くのではなくマークシート式や穴開け式)。これで勝った候補者は、その州の選挙人をすべて獲得します(勝者独占方式)。細かくいうと、フロリダ州では事前に共和党の選挙人27人と民主党の選挙人27人の名簿が作られており、フロリダの選挙でブッシュ氏が勝てば共和党の27人、ケリー氏が勝てば民主党の27人に決まるわけです。同じことを州ごとにやって、全米の大統領選挙人の過半数である270名以上を獲得した候補が、事実上、大統領に決まります。

 大統領選挙人は、「12月の第2水曜日の次の月曜日」に、各州の州都でそれぞれの大統領候補者に投票します。その結果は翌年1月6日、連邦上下両院の合同会議で開票されます。以上は半ば形式的な手続きですが、1月6日にフタを開けてみて過半数を獲得した候補者が、次期大統領に当選するのです。大統領への正式な就任は1月20日午前零時です。

予備選挙と本選挙

Questionそもそも二人の大統領候補者は、
どのように決まるのでしょうか?

Answerアメリカの大統領選挙運動は、大きく二つの段階に分かれ、9か月に及ぶ長丁場《ながちょうば》となります。

 第一段階は、主要政党(現在は共和党と民主党)が、党内で立候補した候補者の中から党公認の大統領候補者を選ぶ「指名プロセス」。「大統領予備選」とも呼ばれ、1〜6月頃に各地で行われます。これは、共和党と民主党の全国党大会に出席する代議員の獲得を争う政党内の選挙。両党とも州ごとの選挙や党員集会で大統領候補を決めていき、勝ち目のない者は立候補を取りやめるなどして、候補者が絞られていきます。3月上旬の火曜日は各州の予備選挙が集中する決戦日の「スーパー・チューズデー」です。

 以上の代議員獲得競争の末、政党が公認の大統領候補者を指名するのが「全国党大会」。これは7〜8月に開催されるのが普通で、今回は共和党がブッシュ氏、民主党がケリー氏を指名しました。大統領候補に選ばれた者が副大統領候補を指名することになっています。

 第二段階は、こうして決まった2人の大統領候補がテレビ討論会や各地遊説などを繰り広げ、11月の投票日にむけて闘う「本選挙」です。

 アメリカの大統領選挙の大きな特徴は、世界でも例を見ないテレビ選挙が展開されることでしょう。候補者は大量の資金を集め、テレビCMをガンガン流します。対立候補のマイナス点ばかり攻撃する「ネガティブ・キャンペーン」も珍しくありません。2000年の大統領選挙では、候補者の選挙支出の合計が6億700万ドル(日本円に換算しておよそ700億円)に上りました。

 なお、合衆国憲法には政党に関する記載はなく、指名プロセスについても歴史的にそのような慣行が形づくられてきたというだけで、憲法などでやり方を定めているわけではありません。

イラク情勢にも影響

Question前回の大統領選挙は大混乱でした。
どういうわけですか?

Answer2000年の大統領選挙は、民主党ゴア候補と共和党ブッシュ候補(現大統領)の大接戦でした。

 そして、11月の選挙の結果は、最後に開票されるフロリダ州での得票次第(フロリダ州の大統領選挙人を獲得したほうが勝ち)ということになったのです。

 ところが、フロリダ州の一般投票による得票差があまりに小さく、不在者投票の数え方や、穴開け式の穴の判別が大きな問題となってしまいました。結局、機械集計はダメで手集計で数え、開票から20日後に、フロリダ州務長官が「ブッシュ候補が537票差で勝ち」と発表。しかし、両候補とも票の数え方について州裁判所と連邦最高裁判所に訴えを起こすなどして、混乱が続きました。

 12月12日に連邦最高裁判所が再集計の中止を命じ、フロリダ州務長官の当初の発表を支持するという最終決定を出して、事態はようやく収拾しました。全米の得票数ではゴア候補がブッシュ候補をやや上回っていましたが、大統領選挙人の獲得数では下回ったわけです。このようなケースは過去にもありました。今回はそんな混乱がないことを期待したいものです。

 さて、今回の大統領選の最大の争点は、いうまでもなくイラク戦争。ケリー候補は現政権の戦争政策に批判的で、大統領選の結果次第では、アメリカのイラクへの関与に大きな変化が生じるかもしれません。自衛隊を派遣している日本としても、選挙の行方には目が離せません。

ブッシュ&ケリー 主な政策課題をめぐる主張(おまけ)

政策課題 ブッシュ氏 ケリー氏
イラク当初国連の参加に反対。今は必要性を認める。6月末に主権移譲再建・治安維持には国連、国際社会の参加が必要。主権移譲は急ぐべきでない
国土安全保障テロ対策の強化、入国管理の厳格化、愛国法で捜査機関の権限強化市民的自由と安全の両立を主張、愛国法の自由侵害に反対
教育教育にも効率と説明責任を求める。私立や協会が経営する学校への進学希望者に支援を強化公立教育の改革を主張、大学進学希望者への財政支援を強化
社会保障
(年金)
政府の財政負担削減のため民営化を促進民営化に反対。支給開始年齢の引き上げや支給額の削減にも反対
環境水素動力燃料電池の開発、アラスカ野生生物保護区での石油採掘を提案。京都議定書から離脱20年までに電力の20%を石油代替燃料で供給、アラスカ保護区での石油採掘に反対、京都議定書は改定のうえ持
同性愛・中絶同性愛者カップルの婚姻を禁じる憲法修正案を支持、中絶は原則反対同性愛者の婚姻には反対。ただし異性カップルと同等の権利を認めるべきだ。中絶は支持

作成:「潮」編集部

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