更新:2008年8月16日
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慢性疲労症候群(CFS)

●初出:月刊『潮』1992年2月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

慢性疲労症候群(CFS)とは?

Question新聞で「慢性疲労症候群」という病名を目にしました。
アメリカで問題になり、日本でも患者が見つかっているとか。どんな病気なんですか?

Answerはい。慢性疲労症候群は、Chronic Fatigue Syndrome(クロニック・ファティーグ・シンドローム。以下CFSと略します)の直訳。一九八四年、アメリカ・ネバダ州の小さな町で、極度の疲労感をともなったしつこい風邪(インフルエンザ)のような病気が見つかりました。このときは数か月で町民二万人のうち二〇〇人が発病したといわれています。その後、各地で同じような症状の患者が見つかり、八八年に新しい伝染病として認知されたのがCFSです。アメリカでは昨年秋に『ニューズウィーク』誌が特集を組むなど社会問題化していますが、日本で慢性疲労症候群という診断が下され始めたのは昨年からで、症例はせいぜい数十件程度です。

 CFSがどのような病気かを一言で説明するのは難しいので、ここでは米防疫センターが定めた診断基準を紹介することにしましょう。

 診断基準には、まず大項目として(1)六か月以上続いたり再発したりする強い疲労感、(2)病歴や検査によって他の似たような病気ではないと確認されること、の二つがあります。つぎに小項目ですが、自覚症状(A)として(1)三八度前後の微熱、(2)のどの痛み、(3)首・わきのしたのリンパ節(リンパ腺)のはれ、(4)筋力低下、(5)筋肉痛、(6)軽い運動や作業後一日以上続く疲労感(全身倦怠感)、(7)頭痛、(8)関節痛、(9)精神神経症状(光線過敏、もの忘れ、興奮、混迷、思考力低下、集中力低下、うつ状態のいずれかひとつ以上)、(10)睡眠障害(不眠や過眠)、(11)以上の症状の急激な出現があり、さらに所見(B)として(1)微熱、(2)咽頭炎《いんとうえん》、(3)リンパ節がはれているか押すと痛い(いずれも一か月以上おいて二回以上見られること)があります。

 そして、大項目が二つともそろったうえ、小項目が「Aが六項目以上でBが二項目以上」または「ABを問わず八項目以上」あてはまる患者は、CFSと診断されます。

ウイルス原因説が有力

Questionいったい何が原因で
慢性疲労症候群にかかるのですか?

Answerまだ断定はできませんが、CFSの原因はなんらかのウイルス(電子顕微鏡によってようやく見えるきわめて小さな病原体)ではないかと疑われています。というのは、ネバダ州で発見されたケースをはじめ集団で発生する例が見られるほか、発熱やリンパ節のはれ、免疫機能の異常など感染症を思わせる症状がつきものだからです。一部の患者には抗ウイルス剤を使った治療が効果的だったこともウイルス原因説を裏付けます。

 しかし、CFSを引き起こすウイルスはまだ見つかっていません。ウイルスに関係があるとしても、それと免疫《めんえき》異常や精神神経などの病気が作用しあって発病するのではないかという考え方もあります。また、ある種のウイルスが引き金となって免疫反応(病原体をやっつけたり無毒化するための物質──抗体という──を体内につくること)が活性化し、結果的に自分のからだを攻撃してしまう自己免疫反応を起こす病気だという見方もあります。

 原因が何であるにせよ、この病気による疲労感は単なる「慢性疲労」状態とは比べものにならないほど極端──ときには失業や離婚の引き金になるくらい──で、しかも疲労以外のさまざまな症状をともなうことから、CFSという新しい概念で認知し対処すべき病気と考えられるようになっています。これまで「気のせい」や「怠け癖」と思われたり、ノイローゼ、心身症、うつ病、膠原病、更年期障害などと診断されていたケースで、じつはCFSだったという例は少なくないものと思われます。

伝染の心配は?

Questionウイルスといえば
伝染が心配ですが……。

Answer欧米では集団発生の報告例がありますが、日本でCFSと診断された患者には、家族内感染や職場における感染例は見当たらないようです。もっとも本当に感染していないのか、ウイルスに感染はしているものの大多数の人は発病しないということなのかは、肝心のウイルスが突き止められていないのでわかりません。しかし、少なくとも、近い将来に大流行といった心配はなさそうです。

 CFSがわが国に紹介された当初は、「全米にパニックを引き起こした奇病」「第二のAIDS」などとセンセーショナルに取り上げた報道もありました。CFSのかかりはじめの症状はエイズ(後天性免疫不全症候群)に似ているともいわれますし、血液という感染経路がはっきりしているエイズに対して伝染の仕方が不明なだけに、「第二の」と呼ばれるのは無理もないのかもしれません。しかし、エイズとの決定的な違いは、それが現在のところ死に至る病であるのに対して、CFSの死亡例は報告されていないこと。アメリカのCFS患者数は、数十万人とも数百万人ともいわれますが、多い数字には心身症やうつ病と診断すべき例が含まれていると見られます。ですからむやみに心配する必要はないのです。

治療法や予防法は確立せず

Question治療法や予防法を
教えてください。

Answer病気自体にまだ未解明の部分が多いため、いまのところ治療法は抗ウイルス剤、解熱剤などを投与する対症療法しかありません。しかし、それよりも患者の仕事や学校を長期に休ませ、リラックスして休養できる環境を整えてやり、趣味や軽い娯楽を楽しませると病状が好転することが多いようです。この一年くらいの間にわが国でCFSと診断された患者の中には、原因がわからず病院を転々としたとか、登校拒否やノイローゼといわれ悩み抜いたという人が少なくなく、とりあえず病名がCFS──慢性疲労症候群と決まっただけでホッとして快方に向かったという話をよく聞きます。また、これといった治療はおこなわないのに、しばらく休んだら治ってしまったという話もあります。

 本当の原因がわかりませんから、やはり予防法もはっきりしません。患者は一様にまじめな性格で、環境の変化やストレスから体調をくずして発病するケースが多いといわれます。自分なりのストレス解消法を実行し、気分転換を心がけることが大切。しかし、リラックスした生活を送っていればCFSに絶対かからないのかといえば、そんな保証はありません。健康そのものでスポーツに打ち込んでいた活発な高校生が、ある時期から突然学校に行けなくなって周囲を驚かせたというケースもあるのです。

厚生省研究班が発足

Question今後わが国でもアメリカのように患者は増えるでしょうか?
CFS対策はないのですか?

AnswerCFSはアメリカで「エイズに次いで克服すべき世界最大級の難病」といわれています。日本でも「九〇年代最大の疾患になるかもしれない」と警戒する医者があります。なにしろ正確な患者数がつかめていませんから、将来どの程度増えるかもはっきりしません。一説によると、人口の〇・五%程度(約六〇万人)が慢性疲労症候群患者またはその予備軍といいます。

 気になる対策ですが、厚生省はこの夏、木谷照夫・阪大微生物研究所教授を班長とするCFS研究班を発足させました。研究班は今後、全国的な患者の実態調査、病気の特定・診断法の確立(診断基準の設置)、発症原因の研究などを進める予定です。まだ日本では、一部の専門医を除けば医師がCFSについての実際的な知識をもっていませんし、慢性疲労症候群の概念にしてもアメリカのそれを受け売りしているだけで統一的見解などありません。その確立が対策の第一歩です。

 一方、アメリカでは患者が多いだけに研究も進んでいます。九一年十二月に京大ウイルス研究所で開かれたセミナーで、カリフォルニア大サンフランシスコ校のレビィ教授が発表したところによると、患者のリンパ球(リンパ節などで作られる白血球の一種で、ウイルスを捕食したり、病原体をやっつける抗体をつくる)表面にある抗原(抗体をつくるもとになる物質)を調べることで、CFSかどうかの正確な診断が可能といいます。先に紹介した症状による診断より信頼性が高く、的確な治療に役立つものと期待されます。また、CFSの原因となるウイルス探しも熱心に続けられています。将来ウイルスが特定できれば、それに対処するワクチンその他治療薬の開発にも道が開けると思われます。

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