更新:2008年8月16日
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ローマクラブ

●初出:月刊『潮』1992年7月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

ペッチェイ氏が提唱

Question先日、福岡で「ローマクラブ福岡会議イン九州」が開かれたそうですね。
ローマクラブについて教えてください。

Answerはい。ローマクラブは、イタリアの実業家でファイアット社やオリベッティ社の重役だったアウレリオ・ペッチェイ氏(一九〇八〜八四年)が提唱。「地球の有限性」という共通の問題意識を持つ世界各国の知識人が、人類を危機から救うために集まって結成された団体です。ローマで一九六八年に初会合が開かれたので、この名があります。

 ペッチェイ氏は成功した実業家というばかりでなく、第二次大戦中、ムッソリーニのファシズム体制に反対して獄中生活を送った信念の人、哲学の人でもありました。著書『The Human Quality』では公正への愛と暴力に対する憎しみを柱とする「新人間主義」を掲げ、それに基づいた「人間革命」が必要であると述べています。八四年三月に七十五歳で亡くなるまで、人類のため未来のため休むことなく戦い続け、死のわずか十二時間前までも、人類の危機に警告する論文の口述を続けていました。タイプに打たれた原稿を氏が再び見ることはありませんでしたが、これは後に『ローマクラブ:今世紀の終わりへ向けての備忘録』としてまとめられました。

 ローマクラブは、ペッチェイ氏の個人的な信念や世界観に負うところが非常に大きいのです。クラブは当初から「人類の苦境に関するプロジェクト」と称して、人類が全世界で直面しているさまざまな問題を、個別の課題ではなく地球的な規模で互いに密接な関連を持つ「地球的問題群」としてとらえ、その総合的な解決を各国の指導者や大衆に警告、助言することを目的としてきました。

 クラブのメンバーは最大一〇〇人と決められており、科学者、経済学者、経営者、政治家、教育者、建築家などきわめて多彩。その出身国も五〇以上を数えます。メンバーは国や特定の団体の代表ではなく、あくまで個人の資格で参加して自由な討議をおこないます。日本からも大来佐武郎・元外相、永井道雄・元文相など七氏が加わっています。

『成長の限界』で世界に警告

Questionローマクラブには、具体的には
どんな活動がありますか?

Answerローマクラブの最初の成果で、その名を世界に知らしめたのは、一九七二年に作成された『成長の限界』と題する報告書です。これは、米マサチューセッツ工科大学のデニス・メドウズ助教授を中心とする若手研究家グループに委託してまとめられました。

 報告書は、地球的問題群の中から資源、環境、食糧など数値で定量化できる要素を取り上げて分析。結論として「現在のような幾何級数的な世界人口増加と経済成長が続けば、二十一世紀には破滅的な事態にいたる可能性が強い。物質的な意味でのゼロ成長を実現する必要がある」と警告しています。

 当初『成長の限界』は、自然のメカニズムや人為的な政策によって世界人口がコントロールされる可能性、ある資源が不足すればその価格が上昇し、新たな開発や再生品・代替品の使用が促進される市場メカニズム、技術革新による新しい資源供給の可能性などを無視しているとの批判も受けました。

 しかし、発表の翌年に第一次オイルショックが起こり、報告書はがぜん世界的な注目を浴びました。以来今日までに、三十数か国語に訳され、一二〇〇万部以上が売れたといわれています。各国で経済成長と社会の関係がさかんに議論され、政治的な影響力も小さくありませんでした。

 ローマクラブはその後も『転機に立つ人間社会』『国際秩序の再編成』『消費の時代を越えて』『人類の目標』『限界なき学習』といったレポートを作成。また、原則として毎年一回各国持ち回りで総会を開催するほか、最近では「地球的に考え、足元から行動」(Think Globally、Act Locally)というスローガンのもと、地球環境と地域行動を考える会議を各地で開いています。今回の福岡会議もその一環です。会議では『成長の限界』執筆者メドウス氏(現ニューハンプシャー大教授)も登場。今日の膨脹社会のひずみを鋭く指摘し「物質的な拡大政策を改めなければ、二十年以内に地球は破局にむかう」と強く警告しました。

地球環境悪化を予見

Question最近の地球環境問題の盛り上がりをみると、
ローマクラブの警告は先見性があったといえそうですね?

Answerそうですね。主として先進工業国へのメッセージだった『成長の限界』は、七〇年前半の時点でゼロ成長が必要と述べましたが、実際にはそうなりませんでした。各国では高度成長は止まったものの安定成長が持続し、当時の公害、エネルギー危機、学生運動が象徴する社会不安などは、ひとまず回避されました。私たちの周囲──ビルでも道路でも地下鉄でもなんでもよいのですが──を見渡せば、ここ二十年間の経済成長がもたらしたものがいかに大きいかわかります。この意味で『成長の限界』的な考え方は、しばらく忘れ去られていたのです。先進国は公害・環境対策や・省エネ対策に力を注いだので、一部にはローマクラブの役割は終わったとする見方も生まれました。

 しかし、一方でローマクラブの警告どおり問題がますます深刻化していたことに、人類はようやく気づいたようです。CO2増加による地球温暖化、オゾン層破壊、酸性雨、熱帯雨林破壊、砂漠化、海洋汚染、種の絶滅といった地球環境問題がクローズアップされてくると、『成長の限界』は発表当時よりいっそう真実味を増してきたといえるでしょう。

 環境問題のうちCO2問題は、かつての公害問題とは比較にならないほど大規模で解決が困難です。けれども代替エネルギーの開発は遅々として進んでいません。南側諸国の人口爆発や貧困は一向に改善されず、環境問題もからんで(南側は地球環境の悪化は先進国の責任と批判しています)南北問題はますます深刻になっています。共産圏の崩壊によって政治不安が高まっており、その復興も世界的な課題です。

 情報化や国際化、資本やサービス分野で国境がなくなる経済のボーダーレス化、メディア革命がもたらした世界の同時化などによるグローバル化の進行も、ローマクラブが主張する「地球的問題群」のアプローチの仕方や「かけがえのない地球」という発想の正しさを裏づけています。

第一次地球革命

Questionローマクラブは、現在の世界をどうとらえ、
地球的問題群をどのように解決すべきだと考えているのでしょうか?

Answer一九九一年秋に発表されたローマクラブの最新の報告書『第一次地球革命』では、現在の世界が先端技術を背景に新しい社会を形成しつつあり、しかも南の人口爆発、世界的な気象異常、食糧安全保障の脆弱《ぜいじゃく》性、エネルギー確保への不安、地政情勢の激変などが作用しあって、全体として巨大な変革を生みつつあるとします。これは人類社会がかつて経験したことのない急激な同時進行の変革で、対応を誤れば人類の存続に関わるというのです。

 そして「地球的問題群」の解決には「地球的解決方法」が必要だと説きます。まず三つの緊急事項として、軍需経済から民需経済への転換、地球温暖化とエネルギー問題、開発問題が掲げられています。同時に、硬直化して問題の解決力を失った現在のシステムに代わる「新しい政治のしくみ」を求めること、問題解決のカギとして「変化への適応能力」を高めること(学習、科学技術、マスメディアがそれを助ける)、新しい社会に対応する新しい倫理観や価値観を確立することの必要を力説しています。政治のしくみを改める必要や、倫理観の重要性は、ローマクラブの提唱者ペッチェイ氏が死の直前に口述した備忘録でも明確に主張されており、報告書はペッチェイ氏の遺志を継ぐものともいえるでしょう。

 しかし、『第一次地球革命』には(『成長の限界』とは違って)、はっきりした結論はありません。報告書は、それを出すことは不可能で、解決のための観察と提案──つまりヒントを提示するにとどめるという意味のことが書かれています。現在の地球がかかえる問題はそれだけ複雑なのですが、解決に立ち上がるのは私たち地球人ひとりひとりなのだというローマクラブのメッセージとも受け取れます。地球的問題群の解決には、私たち自身の意識改革こそが、いま、もっとも必要なのかもしれません。

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