更新:2008年8月6日
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カルト

●初出:月刊『潮』1995年6月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question最近、一部の宗教集団に対して「カルト」という言葉が
使われているようです。どういう意味ですか?

Answerはい。「カルト」は「耕すこと」(耕地)や「世話」を意味するラテン語cultusからきた言葉で、もともとは「なんらかの体系化された礼拝儀式」を意味しました。文化や教養を指すカルチャーと同じ語源です。この「礼拝儀式」が、やがて「特定の人や物への礼讃」や「熱狂的な崇拝」という意味になり、さらにそのような「熱狂者の集団」あるいは「邪教《じゃきょう》的な集団」の意味になりました。

 いま使われているカルトは、およそ「熱狂的な宗教集団」の意味にとって間違いないと思います。ただし、言葉を使う人によっては、「邪教」や「異端」というニュアンスが加わることがあります。

 カルトと混同されやすい言葉に「オカルト」がありますが、こちらは「隠されたもの」を意味するラテン語occultumからきた言葉。念力やテレパシーなどの超能力、魔術や占星術や錬金術、霊媒《れいばい》や降霊術などにまつわる現象や研究をいい、隠秘学や神秘学などとも訳されます。

 あるカルトが、超能力をもつ(とされる)指導者へのオカルト的な信仰によって成り立っており、教義や儀式もオカルト的であることは珍しくありません。それで、カルトとオカルトが混同されてしまうのかもしれません。

 なお、カルトはさらに意味を転じて、「カルトムービー」や「カルトな小説」のように使われることがあります。これは「およそ一般むけではないが、マニアックな一部の人に熱狂的に支持される」というほどの意味。最近までやっていたクイズ番組「カルトQ」のカルトは「超おたく」といった意味合いです。

宗教の始まりはカルト的

Questionカルトは、宗教には
つきものだといえるでしょうか?

Answerええ。そういえると思います。どんな宗教でも、その始まりは「カルト的」だといえるでしょう。

 たとえばキリストは、ユダヤ教の司祭たちを痛烈に批判した異端者であり、当時の社会には受け入れられませんでした。だから十字架にかけられたのです。その直後に成立した原始キリスト教は、当時カルトという言葉があったとすれば、そう呼ぶにふさわしい存在だったと思います。王家に生まれながら出家した釈迦《しゃか》も、メッカを追われたマホメットも、多かれ少なかれ当時の社会秩序と対立し、当時の常識や道徳から逸脱しました。だからこそ、世界的な宗教の開祖となりえたのだともいえます。

 しかし、どんな宗教でも、たくさんの信者に信じられるようになればなるほど、カルト的な性格をなくしていきます。宗教の教えが、常識や道徳とあまりかけはなれていては、多くの信者を得ることはできませんから、教えが修正されるかもしれません。もちろん、その宗教の教えに大きな力があって、人々の常識や道徳のほうが次第に変わっていくこともあるでしょう。いずれにせよ、宗教は社会とうまく共存していき、カルトとは呼ばれなくなります。

 ですから、仏教、キリスト教、イスラム教など長い歴史をもつ世界的な宗教はもちろん、日本で信教の自由が実現した戦後にスタートした宗教を含めて、私たちのまわりにある多くの宗教は、カルトとは呼ばれません。

 現在、カルトといえば、主としてアメリカにあるさまざまな熱狂的な宗教集団を指すのがふつうです。

アメリカで問題に

Questionなぜ、
アメリカなのですか?

Answer現在、アメリカでもっとも大きな影響力をもつ宗教グループは、キリスト教のプロテスタント(新教)でピューリタン(清教徒)の伝統を受け継ぐ教会です。一六二〇年にメイフラワー号に乗って初めてアメリカに上陸したピューリタンたちは、今日でも「ピルグリム・ファーザーズ」として尊敬されています。本国イギリスでカトリック(旧教)から弾圧や迫害を受けて新天地を求めたかれらが、そもそも「カルト的」でした。その後、アメリカには、さまざまな人種や民族が移り住みます。フロンティアが西へ進むにつれて新しい教会が生まれ、ピューリタンの中でも新しい宗派が分かれていき、あるものはこれまた「カルト的」でした。

 なにしろ、インディアン以外だれも住んでいない広大な土地に、さまざまな人が移り住んだのです。孤独や不安にかられる人も多く、既成の宗教では心を満たされないという人も少なくなかったでしょう。一方、土地はいくらでもありますから、新しい宗教的な理想に燃えた人たちが共同生活を始めても、社会と衝突せずにすみます。こうしてさまざまなカルトや、カルト的な集団が成立していきました。この集団それぞれがアメリカの文化を担い、歴史をつくってきたといえるでしょう。もちろん、その過程でカルト的な性格をなくしていった集団も少なくなかったのです。

 ところが、一九七〇年あたりから、カルトによる狂信的な事件が起こり、問題とされはじめました。アメリカがベトナム戦争の泥沼にはまり、伝統的な価値観が崩壊して、カウンターカルチャーの動きが活発になったころからです。たとえば、一九六九年には「チャールズ・マンソン・ファミリー」が、女優シャロン・テートら八人を虐殺するという事件を引き起こしました。七八年には、ジム・ジョーンズの「人民寺院」が、南米ガイアナに移住したあと、信者九一四人の集団自殺を引き起こしました。

 最近では一九九三年に「ブランチ・デビディアン」というカルトが、五一日間の籠城のすえ警察やFBIと銃撃戦を繰り広げ、七七人が焼死(集団自殺かどうか不明)するという陰惨な事件もありました。人種・民族問題、貧困、犯罪の凶悪化、麻薬、教育の退廃、家庭の崩壊など、アメリカの社会的な矛盾が、こうした事件の背景にあることは間違いないでしょう。

問題視されるカルトは?

Question社会的な問題を起こさないカルトもあるのでしょう。
どんなカルトが問題なのですか?

Answer数える人によって違いますが、アメリカには、数百〜三〇〇〇のカルトがあり、信者は一〇〇万人とも三〇〇万人ともいわれます。アーミッシュと呼ばれ、いまだに電気や自動車を拒絶した一八世紀当時の質素な生活を送っている人々もいます。核戦争による終末を信じ、地下で共同生活するグループもあります。社会に迷惑がかからなければ、そういう人びとがいても何の問題もないわけです。

 ところが、アメリカには「カルト・アウェアネス・ネットワーク」というカルト監視組織をはじめ、五〇〇ほどの市民団体がカルト問題に取り組んでいます。監視組織や研究者などの見方をまとめると、問題になっているカルトには、次のような共通点があります。

 (1)信者と外部の接触をたち、繰り返し同じ情報を吹き込むなどして、マインドコントロールする。信者は、教祖の意のままに動くようになり、最終的には法律や常識は無意味となる。

 (2)多くのカルトが「近くこの世の終りがくるが、選ばれた者だけが神の国に行ける」という終末思想を語る。教祖は、ときにその日を予言するが、当たらなくてもその理由(教祖の祈念の結果など)をいうので、信者は信じ続ける。

 (3)信者の家族ともめるなど、社会と対立し始めると、そのことがカルトの結束固めに使われる。信者は、国家や警察が自分たちをつぶそうとしていると信じ、カルトは猜疑心《さいぎしん》と妄想《もうそう》に取りつかれていく。場合により武装集団と化す。

 これは、いま日本で問題とされている宗教集団に、ほとんどあてはまるようです。「カルトはアメリカの縮図だ」といった人があります。私たちが気づかないままに、日本の社会も、アメリカに近づいてきたのかもしれません。

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