更新:2008年8月16日
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デフレ・スパイラル

●初出:月刊『潮』2001年6月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question「デフレ」や「デフレ・スパイラル」という言葉を、
ニュースでよく見聞きします。どういうことですか?

Answerデフレはデフレーション(deflation)の略で、もともと通貨量の縮小と、それにともなう物価の下落を意味します。反対の言葉は、インフレまたはインフレーション(inflation)。こちらは通貨量の増大と、それにともなう物価の上昇を意味します。

 実例を上げましょう。一九一四年に第一次世界大戦が始まると、ヨーロッパ各国は戦費調達のために金本位制を停止し、不換紙幣(金に変えられない紙幣)をどんどん発行しました。

 世の中に出まわる紙幣の量が増えても商品やサービスの量が変わらなければ、おカネの価値は下がります。たとえば、昨日まで一〇〇円で買えたパンが、今日は一五〇円出さなければ買えなくなります。この物価上昇がインフレーションです。

 ヨーロッパでは戦後も厳しいインフレが続きましたので、こんどは各国は、国営企業の儲けや民間から集めた税金をため込むことで国の財政を黒字にして、通貨量の縮小に努めました。世の中に出まわる紙幣の量が減れば、おカネの価値は上がります。一〇〇〇円もしたパンが、五〇〇円、三〇〇円と下がってくるわけです。この物価下落がデフレーションです。

 ところが、この過程で各国の経済──生産や消費や投資が沈滞し、倒産や失業が増大して、深刻な不況に見舞われてしまいました。これが一九二九年の世界大恐慌につながったのです。

 このように物価下落は経済活動を衰退させ、倒産や失業の増大を招くことがあります。そこで、デフレやデフレーションという言葉は、ただの物価下落でなく「物価の下落と不況が同時に進む状況」を意味するようになりました。

 逆の現象であるインフレも、日本の高度経済成長期がそうであったように、物価上昇と好況が同時進行することが多いのです。

物価下落と不況化の悪循環

Question物価が下落すれば家計は助かるし、そう悪いことではないように
思うのですが、なぜ不況に結びついてしまうのですか?

Answerたとえば、技術革新でコンピュータを安く製造できるようになったという場合なら、問題はありません。コンピュータ会社はコストが安いぶん値下げしますが、儲けはちゃんと確保します。一方、製品を買う人が増えますから、利益は以前より大きくなるでしょう。より安く便利になる消費者も、文句はありません

 しかし、世の中の需要(物を必要として購入しようとする量)と供給(物を生産して販売しようとする量)のバランスが崩れて、需要が供給を下回っているときは、そうはいきません。景気が悪くて物が売れず、企業が過剰な在庫に苦しむ状況ですから、企業は仕方なく製品の価格を下げることになります。

 その結果、コストに比べ製品が安くしか売れないので、企業の採算は悪化し、生産活動が低下します。すると、下請けや流通や小売りなど取引先の売り上げも減ります。電力会社や電話会社の売り上げも減るでしょう。新しい工場を建て機械を入れる設備投資も停滞しますから、不動産業や建設業やメーカーの売り上げも減ってきます。従業員の賃金が下がったり、合理化で解雇も増えていきます。

 また、物価が下落していると、借金を返しにくくなります。借りている一億円という表示額は変わらないのに、同じ額を稼ぐのが以前より難しくなる(実質的な債務が増える)からで、貸し付けのこげつきや倒産も増大します。

 倒産や失業が増え、解雇されない社員も給料が下がるとなると、消費はますます落ち込みます。するといっそう景気が悪くなり、物が売れなくなります。さらに売るために値下げする、という悪循環に陥ってしまうのです。

 こうした物価下落と不況の悪循環がデフレ・スパイラル。スパイラルは「らせん」で、ぐるぐる回りながら経済が沈んでいくわけです。一九二〇年代から三〇年代の世界経済は、このデフレ・スパイラルに陥ったのでした。

現在の日本はデフレ状況

Question物価が下落し、倒産や失業も多い現在の日本は、
デフレ状況といえるのですか?

Answerいえると思います。日本はデフレ・スパイラルのとば口に立っているという人もいます。

 まず物価下落ですが、総務省が発表した二〇〇〇年の消費者物価は、前年に引き続いて対前年比▲〇・七%と過去最大の落ち込み。物価は明らかに下がっています。それなのに、家計消費支出は八年連続で減少しているのです。

 原因はいろいろといわれていますが、消費者の側から見ると、第一に、企業のリストラによる失業の増大、所得の伸びの鈍化、可処分所得の減少。第二に、バブル崩壊によるマイナス資産の増大、ローンの過重負担。第三に、買いたいものがあまりない市場の成熟、飽和化など。

 生産者の側から見ると、第一に、現地化の進展によって中国や東南アジア製の安い工業製品や衣料などが大量に出まわっていること。家電製品の多くはメイド・イン・ジャパンではないし、ユニクロや百均(百円均一)もアジア製です。第二に、規制緩和やIT化によって問屋などが整理され、流通コストが大幅に低下したこと。

 一方の景気も、アメリカのITバブル崩壊や景気原則から、日本の株価が急速に沈み込み、不況感が強まってきました。日銀が四月初めに発表した三月の企業短期経済観測(短観)によると、企業の景況観を示す指数が大企業で二年三か月ぶりに悪化。中小企業の三分の二、大企業の半数以上が、景気は悪いと見ています。

 四月の政府月例経済報告でも、三か月連続して景気は前月より悪化したという判断。現状は「景気は弱含み」で、今後、景気後退の局面に入る可能性もあると見ています。

 景気の悪いとき、政府や日銀が「そう悪くない」という判断を繰り返し、つねに後手後手に回ったのが九〇年代でした。経済の実態は政府の判断以上に悪いと考えるのが自然でしょう。

抜本的な構造改革を

Question本格的なデフレ・スパイラルに陥らないためには、
どうすればよいのですか?

Answerさまざまなデフレ要因があっても、金融制度をはじめ日本経済の市場システムや情報システムは、昔とは比べものにならないほど整備されています。政府や自治体、企業、家計の基礎体力も世界トップクラスで、日本が世界有数の豊かな経済大国であることは、間違いありません。そう簡単にデフレ・スパイラルに落ち込んで抜け出せなくなることはないでしょう。

 しかし、日本経済にはいくつか大きな問題があります。第一に、不良債権の処理が遅れ、これが金融機関はじめバブルで傷を負った企業の足枷となって、社会にカネが回らない原因となっています。第二に、政府や自治体が巨大に、非効率になりすぎて、構造改革を阻んでおり、その無責任なバラマキ行政が莫大《ばくだい》な負の資産となりつつあります。第三に、社会保障システムがガタガタで、国民の将来への漠然とした不安が拭いきれず、消費が伸びません。

 根底にあるこうした巨大な問題は、ゼロ金利にしようが証券税制を改正しようが、解決しません。十年後、二十年後の日本をどうするという長期ビジョンを立てて、抜本的な構造改革を進めなければ、現在のデフレ状況から脱出することは難しいと思います。

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