更新:2006年9月30日
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ディーゼル車規制

●初出:月刊『潮』2003年12月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

ディーゼル車とは?

Question2003年10月から首都圏で「ディーゼル車規制」が始まりました。
どういうことですか?

Answerまずは、ディーゼル車について説明しましょう。自動車に積む一般的なエンジンには、ディーゼルエンジンとガソリンエンジンがあります。ディーゼルエンジンで走るのがディーゼル車です。

 エンジンは、シリンダーと呼ばれる円筒の中に、(1)霧状の燃料と空気を送り込み、(2)圧縮し、(3)爆発(燃焼)させてピストンを動かし、(4)排気するというプロセスを、毎分何千回も繰り返します。竹製の水鉄砲に入れた水が爆発と圧縮を繰り返し、柄《え》が行ったり来たりしているようなイメージですね。行ったり来たりの往復運動で車を回すには、蒸気機関車の動輪についているのと同じクランクという装置を使います。

 以上の原理は共通ですが、ディーゼルエンジンが空気を送り込み、圧縮してから燃料を噴射するのに対して、ガソリンエンジンは燃料と空気を混合したものを送り込んでから、圧縮します。爆発させるには、ディーゼルが圧縮熱で自然発火するのに対して、ガソリンエンジンは点火プラグで着火します。燃料も異なり、ディーゼルは軽油、ガソリンエンジンはガソリンを使います。

 このような違いからディーゼルエンジンには、ガソリンエンジンと比べて熱効率がよい(燃費がよい)、大きく頑丈に作れる、点火系統の故障が少ないといったメリットがあります。同時に、重い、振動や騒音が大きい、同じ大きさなら低出力、高速化にむかないといったデメリットがあります。

 そこでディーゼルエンジンは、船舶、バスやトラック、建設・農業機械(ブルドーザーやトラクター)、軍用車両(戦車)などに使われています。

 さらに、ディーゼルエンジンの大きなデメリットとされるのが、NOx(窒素酸化物)やPM(粒子状物質)を多く排出してしまうこと。これが、現在のディーゼル車両規制につながっています。

NOx、PMとは?

QuestionNOxやPMというのはどんな物質ですか?
詳しく教えてください。

AnswerNOx(窒素酸化物)は、NO、NO、NO、Nといった化合物の総称で、高温下で窒素と酸素が結合してできます。全体の5割を自動車が出しますが、工場からもタバコやストーブからも発生します。

 実はディーゼル車以外のガソリン車からも出ていますが、ガソリンエンジンの場合はNOx、HC(炭化水素)、CO(一酸化炭素)を同時に浄化する「三元触媒」を使って、それぞれ無害なN、CO、HOに変化させることができます。後処理によって問題のないレベルまで減らしているのです。ところがディーゼルエンジンは、排気中に酸素が多いので、この浄化装置が使えません。自動車から出るNOxの8割以上はディーゼル車によるとされています。

 NOxは刺激性があり、汚染がひどい地域で暮らしていると呼吸器障害を起こすといわれています。水に溶けると硝酸や亜硝酸となり、酸性雨の原因物質の一つにもなります。

 PM(Particulate Matter=粒子状物質)は、おもに黒煙(すす)、燃え残った燃料や潤滑油の成分、軽油中の硫黄分から生成される成分などからなります。ガソリンエンジンは、燃料と空気を混合したものを燃やすのでPMがあまり出ません。ディーゼルエンジンは、シリンダー内に燃料を噴射して空気と混ぜるので混合が不均一になりやすく、「燃料の蒸し焼き」(不完全燃焼)が生じて、黒煙やPMが出てしまいます。

 PMのうち大きさが10ミクロン(1ミリの100分の1)以下と細かいものはSPM(浮遊粒子物質)と呼びます。SPMは工場からも出ますし、自然界でも発生しますが、自動車から排出されるものが全体の4割以上を占めるといわれます。

 SPMは呼吸器に沈着してぜんそくなど慢性呼吸器疾患を引き起こすほか、微粒子が含む有害物質によるさまざまな影響――肺がんなどが懸念されています。

 石原慎太郎・東京都知事がディーゼル車対策の必要を訴えるのに、黒い粉入りのペットボトル(500ミリリットル入りの中ボトル)を振っていたのを、テレビで見た読者もおいでででしょう。

 東京都によれば、あのボトルには、平均的な大型ディーゼル車トラック(車両総重量20トン、最大積載量10トン程度)が1キロ走ったときに出す約1グラムのPMが入っていました。東京都は、東京都内では毎日、500ミリリットル入りのペットボトルを一杯にする真っ黒な粒子物質が、実に12万本分(約12トン)も大気中に排出されているとしています。

ディーゼル車規制までの経緯

Question今回のディーゼル車規制に至るまでの
経緯を教えてください。

Answer日本では高度成長期に公害問題がクローズアップされ、1968年には自動車の排出ガスを規制対象に含む「大気汚染防止法」が成立。これはその後改正が重ねられ、78年度の規制では当初の目標値 (乗用車の窒素酸化物の排出量0・25グラム/キロメートル)がクリアされ、当時としては世界でもっとも厳しい規制が行われるようになりました。

 しかし、大都市圏を中心に交通量の激しい地域では大気汚染は深刻なままでした。環境庁長官が大気汚染防止法で排出ガス中のNOx、HC、CO、PMなどの許容限度値を定め、運輸大臣が道路運送車両法で保安基準を定め、都道府県知事が排出ガス濃度の測定を行い、場合によっては交通規制措置ができるという仕組みはあっても、実効性に欠けていたのです。

 そこで1992年には「自動車NOx法」ができましたが、自動車走行量の伸びなどでNOの環境基準が到底達成できなくなったとして、2001年にはさらに強化した「改正自動車NOx・PM法」が成立。これは東京、神奈川、千葉、埼玉、大阪、兵庫の196市区町村に、新たに愛知や三重を追加した276市区町村が対象。これらの地域ではトラックやバス(ディーゼル以外も含む)とディーゼル乗用車のNOxとPMの排出基準が定められ、適合しない自動車は一定の猶予期間後、使用・所有できなくなりました。

 一方、石原知事の東京都は「国の対策はまったく生ぬるく、都民の安全が守れない」と、ディーゼル車排出ガス対策を緊急で最優先の課題と位置づけ、1999年から「ディーゼル車NO作戦」を展開。都民、事業者、国に対して、ディーゼル車の使用を規制し、利用のあり方を改めるよう働きかけを始め、2000年には、「環境確保条例」を制定しました。これが、今回のディーゼル車規制というわけです。

不適合車は運行禁止

Question都のディーゼル車規制の内容は、
どのようなものですか?

AnswerPM(粒子状物質)に関する都独自の規制値を設け、これを満たさないディーゼル車の都内運行を禁止しました(違反者には50万円以下の罰金や氏名公表の罰則)。2003年の10月から、新車登録後7年を経過したトラック、バスなどに適用されています。

 この結果、規制値を満たさないディーゼル車は、買い換えか、都が指定する粒子状物質減少装置の装着が必要となりました。この動きに埼玉、千葉、神奈川県も同調して条例を制定し、首都圏一都三県の全域で規制値を満たさないディーゼル車が走れなくなったのです。

 この規制は、とくに零細の運送事業者には厳しいものですが、タバコを吸えない道路がある世の中。黒煙を上げながら走る自動車の締め出しは、やむを得ないでしょう。低公害車を導入する際の価格差を国や自治体が補助するなどの支援措置や融資制度を活用して、スムーズな移行が望まれます。メーカーにも低公害化技術のいっそうの開発を期待したいものです。

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