更新:2008年8月6日
現代キーワードQ&A事典の表紙へ

道州制

●初出:月刊『潮』2006年7月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

地方制度調査会が答申

Questionニュースで道州制について見聞き
しました。どういうことですか?

Answer国は一つですが、地方には住民に身近な基礎的自治体である「市町村」と、これを包括する広域的自治体である「都道府県」の二つがあります。日本の地方制度は「市町村制」と「都道府県制」からなる二層システムを採用しているのです。

 市町村と都道府県はともに「普通地方公共団体」ですが、都道府県はその仕事(権能)のうち、広域的なもの、統一的な扱いが必要なもの、市町村にゆだねるのが不適当な規模のものを処理し、合わせて市町村間の調整をすることになっています。

 都道府県の始まりは、明治維新から三年後の廃藩置県(一八七一年)。このとき東京・大阪・京都が府に、三〇〇ほどあったその他の藩が県になりました。明治政府は維新で忠勤に励んだ藩と朝敵になった藩を峻別し、前者は県名に藩名を使わせ(山口や鹿児島など)、後者や日和見だった藩は郡名や山河名を使わせています(名古屋は愛知、金沢は石川、松江は島根など)。これを府県制と呼びますが、一八八八年には一道三府四三県と、今日の都道府県制と同じかたちに整理されました。

 もっとも、府県を代表し統括する知事は天皇に任命される官吏であり、府県の仕事の大部分は国が知事に委任する仕事(国政事務)でした。明治時代の府県は国の行政区画にすぎず、地方自治という考え方そのものが存在しなかったわけです。

 日本が第二次世界大戦に負け、戦後の民主的な改革が始まると、新憲法に地方自治の章(第八章)が設けられ、官選知事は廃止となり、知事公選制が導入されました。

 しかし、現在の都道府県のあり方には、さまざまな問題があります。一二〇年ほど前から区域が変わっていませんから、交通の発達や情報化の進展によって人・モノ・カネが自由に行き交うようになっても同じ枠組みのままでよいのか、という疑問があります。また、都道府県は依然として国の出先機関としての性格を色濃く残しています。

 大きな枠組みの国(政府)が外交・防衛・経済などの国家行政を担当し、もっとも小さな枠組みの市町村が住民に密接する生活・福祉・教育などの行政を担当する。──ここまではよいとして、両者の中間にある都道府県の区域や役割は従来通りでよいのかという議論は、一九五〇年代から始まりました。

 これが、最近の地方分権や小さな政府を目指す議論のなかで「道州制」の導入としてクローズアップされてきたのです。首相の諮問機関である地方制度調査会は二月、道州制のあり方に関する答申をまとめ、「道州制の導入が適当」と提言しています。

都道府県制を道州制に

Question地方制度調査会が出した答申の
内容を、具体的に教えてください。

Answer答申は、第1「都道府県制度についての考え方」で、(1)市町村合併の進展等による影響(この三月末に一八二一になる見込みなど市町村合併が進み、都道府県から市町村への大幅な権限委譲が可能に)、(2)都道府県の区域を越える広域行政課題の増大(都市化・過疎化の同時進行や人口減少などに起因する課題、財政的制約の増大、企業・大学・研究機関のネットワーク形成、地方と海外が直接結びつく動きなどで、都道府県の区域を越える広域行政課題に対処できる主体の検討が必要)、(3)地方分権改革の確かな担い手(国が実施している事務には、都道府県や、事務の広がりに見合った区域を持つ広域自治体に委譲することが望ましいものが多い)の三点を指摘します。

 第2「広域自治体改革と道州制」では、右のような都道府県制度の問題に対する方策として、現行制度でも都道府県合併の活用などが考えられるが、進んで我が国の将来を見通すときには、広域自治体改革を国のかたちの見直しにかかわるものとして位置づけることが考えられるとし、その具体策としては道州制の導入が適当と提言しています。

 第3「道州制の基本的な制度設計」では、広域自治体として、現在の都道府県に代えて道または州(仮称)を置き、地方公共団体は道州と市町村の二層制とすると結論。区域例として別紙に三つの案を掲げています。第一案は九道州で、北海道、東北、北関東信越、南関東、中部、近畿、中国・四国、九州、沖縄に区分。第二案は一一道州で、第一案の北関東信越、南関東、中部を北関東、南関東、北陸、東海に分け、さらに中国と四国を分けるもの。第三案は一三同州で、第二案の東北を南と北に、九州を南と北に分けるもの。首都の東京については、二三区部だけを道州またはそれに相当する何らかの自治体とする考え方もある、と特記しています。

 第4「道州制の導入に関する課題」では、地方が直面する諸課題への対応は猶予を許さないものであり、権限委譲や地方税財政制度の改革が、道州制の導入に向けた検討を理由として遅れることにないように、と注文をつけています。また、現在の都道府県間の広域連携や市町村への権限委譲などが今後いっそう広く行われることを期待し、さらに道州制の導入は国民生活に大きな影響を及ぼすものであるから、国民的な論議が幅広く行われることを期待すると結んでいます。

もっと国民的な議論を

Questionでは、道州制の導入は確実だと
考えてもよいのですか?

Answer自民党も民主党も道州制の導入を公約に盛り込んでおり、財界でも関西経済連合会や日本経団連が提言しています。一〇年あるいはそれ以上の中長期的な将来構想として道州制に反対する人は、あまり見当たりません。新聞社の知事アンケートで明確に反対表明したのは、福島と兵庫だけです(二七人の知事が賛成。ただし、時期尚早、権限委譲が先などの理由で判断を留保した知事が一八人)

 都道府県が国と市町村の間に位置する「中二階」のような中途半端な存在であることは確かです。国から市町村への補助金や起債申請は都道府県庁を経由し都道府県が実質的な審査を行う、都道府県知事は市町村に対するさまざまな指揮監督権や許認可権を持つなど、同じ地方自治体でありながら市町村を支配し、場合によっては自治を損なう場合すらあります。県の土木部長が国土交通省(旧建設省)の省内人事(国からの出向)で決まり、県の公共工事が国、中央の政治家、大手ゼネコンによってコントロールされてきたことも事実です。

 県名一つとっても地元の人びとが望んだわけではないケースがあり、県境も明治政府が経済圏や文化圏を無視して恣意的に決めたケースがあります。本当に住みやすい日本をつくるためには、現在の都道府県境にこだわる必要はないはずです。

 しかし、何のための道州制導入かは、もっと突き詰めて考えたほうがよいでしょう。道州制は地方分権を推進するために導入するのです。その実現には長い時間がかかりますから、それまでに国と地方の役割分担や財源配分をさらに見直し、都道府県や市町村に財源の裏打ちのある権限委譲をいっそう進める必要があります。ところが中央官庁の抵抗で、いわゆる三位一体改革(国が地方に支出する補助金削減、国から地方への税源移譲、地方交付税見直しを一体とする改革)はまだまだ不十分。この状態で、たとえば道州制の区域割り案だけが独り歩きするような事態は、避けなければなりません。

 国と地方の長期債務残高は八〇〇兆円に迫り、日本の国家財政は火の車ですが、国の負担を地方に押しつける道州制導入では困ります。地方に税源を移譲したが道州間の格差が広がってしまうとか、道州がむやみに立派な庁舎や議会を建てて市町村を支配するというのも、ありそうなことです。

 道州制の導入をそのような失敗に終わらせないよう、今回の提言を叩き台として、ゆっくりと、しかし幅広く、国民的な議論を積み重ねていく必要があると思います。

「現代キーワードQ&A事典」サイト内の文章に関するすべての権利は、執筆者・坂本 衛が有しています。
引用するときは、初出の誌名・年月号およびサイト名を必ず明記してください。
Copyright © 2006-2015 Mamoru SAKAMOTO All rights reserved.

Valid CSS! Valid XHTML 1.0! Another HTML-lint がんばりましょう! 月刊「潮」 坂本 衛 すべてを疑え!!

現代キーワードQ&A事典の表紙へ
inserted by FC2 system