更新:2006年9月30日
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EU拡大

●初出:月刊『潮』2004年7月号「市民講座」●執筆:坂本衛

EU拡大とは?

QuestionEU拡大という言葉がニュースや新聞によく出てきます。
これについて教えてください。

AnswerEUは「The European Union」の略語です。日本語に訳すときは「欧州連合」または「ヨーロッパ連合」ですが、しいて訳す必要もないでしょう。

 EUとは、1993年11月1日にマーストリヒト条約(92年2月にオランダ最南端の都市マーストリヒトで調印。EU条約ともいう)が発効して誕生したヨーロッパ諸国の超国家的な統合機構のこと。

 欧州連合(EU)という名前は国際連合(UN=国連)に似ていますね。国単位で加盟するところも同じですが、決定的に違うことが一つあります。

 国連は、あくまで独立の存在としての加盟国が集まるもので、各国の独立性は国連に入っても入らなくても変わりません。加盟国同士が戦争することだってあります。これに対してEUは、各国の独立性をある意味で弱めながら全体の統一を強め、加盟国全体でEUという一つの巨大な国に近づける連合なのです。

 たとえばEUのうち主要11か国は1999年から(後にギリシャも2001年から)共通の通貨「ユーロ」を導入し、2002年3月以降は各国の古い通貨(硬貨と紙幣)が使えなくなりました。話す言葉や書く文字や文化は異なっても、関税はなくモノの行き来は自由で、おカネも同じ通貨を使い、全体として一つの巨大な市場を形成しているわけです。

 EUは、欧州委員会(30人。日本でいえば内閣にあたる)、欧州議会(732人)、欧州裁判所、欧州中央銀行(日本でいえば日本銀行にあたる)など、国家が持っている機構もちゃんと備えています。

 ところでこれまでEUの加盟国は15か国でした。これに2004年5月1日から新たな10か国が加わって、EUは一回り大きくなりました。「EU拡大」とは、このことを指しています。

これまでのEUの歩み

Questionヨーロッパはなぜ統合を目指すのですか?
歴史的な経緯を教えてください。

Answer「ヨーロッパを一つに」という考え方は中世から(「征服して一つに」という意味ならローマ帝国時代から)あります。この考えを初めて具体的な運動にしたのは、1923年に「汎ヨーロッパ」を著したオーストリアのクーデンホーフ・カレルギー伯爵(映画『カサブランカ』で主人公がアメリカに逃がす反ナチス活動家のモデルとされ、母は日本人の青山光子)。彼は、第一次大戦で疲弊《ひへい》し、アメリカに主導権を握られソ連の脅威に直面するヨーロッパの再建には、統一ヨーロッパが必要だと訴えました。しかし、現実にはヒットラーのナチス・ドイツが征服によってヨーロッパ統一を企て、第二次大戦が勃発します。

 その結果ヨーロッパはますます疲弊し、戦後は米ソの影響の下、東西に分かれてしまいました。東側諸国はソ連のほうしか向いていない衛星国。ヨーロッパ統合の動きは西側の自由主義諸国で具体化します。1950年にはフランス外相シューマンが、軍事力の基礎である石炭と鉄鋼という産業部門を共同管理する超国家的機構の創設を提唱しました。近代のドイツとフランスの戦争は国境付近の石炭と鉄鋼の取りっこのようなものですから、共同管理して戦争の芽を摘《つ》んでしまおうという発想です。

 これを受けて1952年、フランス、西ドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクの6か国がヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)を創設。58年には同じ6か国が、すべての分野で経済統合を目指すヨーロッパ経済共同体(EEC)と、原子力エネルギー共同開発・管理機構のヨーロッパ原子力共同体(ユーラトム)を創設しました。この三つの機構が現在のEUの始まりです。

 その後、67年に三つが統合してヨーロッパ共同体(EC)となりました。73年にイギリス、デンマーク、アイルランドが、81年にギリシアが、86年にスペインとポルトガルが加盟。さらに93年にECがEUに変わり、95年にはオーストリア、スウェーデン、フィンランドが加盟して15か国になりました。

「異質」な東側にまで拡大

Question今回新しく加盟した一〇カ国は、
どのような国ぐになんでしょうか?

Answer今回加盟したのは、ハンガリー、チェコ、スロバキア、ポーランドの4か国と、旧ソ連でバルト3国のエストニア、ラトビア、リトアニア、そして旧ユーゴスラビアのスロベニア、地中海のキプロス、マルタの合わせて10か国です。

 この結果、EU25か国は人口が4億5000万人(国では中国、インドの次)、GDP(国内総生産)で世界の4分の1を占める巨大な存在となりました。

 もっとも、数が15から25はずいぶん増えたようですが、肝心なのは中身。2002年のデータによれば、従来からの加盟15か国は人口3億7960万人に対し、新規加盟10か国は7490万人。GDPは9兆1690億ユーロに対し4440億ユーロ。一人あたりGDPは2万4150ユーロに対し5930ユーロ。新規加盟国の人の所得は、従来からの加盟国の4分の1と格差が大きいのです。

 新規メンバーはかつて「鉄のカーテン」の東側にいた旧共産圏。西欧に対して中欧・東欧と呼ばれた国ぐにです。産業の近代化が立ち後れ、農業など第一次産業のウェイトも高くなっています。当然、賃金が安いので、工場を進出させるなど先進諸国からの投資は進むはず。しかし、ある程度産業が発展しインフラストラクチャー(道路、鉄道、水道、電力などの産業基盤)も整っている、教育水準が高く労働力の質が高い、交通の便がよいといった条件によって、投資先はしぼられます。

 そこで注目されるのは中欧のハンガリー、チェコ、スロバキア、ポーランドなど。これらの国ではインフレや競争の激化が起こるでしょう。工場が進出しそうもない国では、EU内の他国に労働者が流出することもありそうです。古くからのEU加盟国では、日本企業がこぞって中国や東南アジアに出ていったときのような空洞化が起こるかもしれません。

 いずれにせよEUの拡大は、東西分断の歴史に終止符を打つと同時に、EUに「同質な国ぐにの連合」から「異質な国ぐにとの共存」へという性格の変化をもたらすものといえるでしょう。

EUは今後どうなる?

QuestionECはさらに拡大していくのですか?
日本にとっての影響はどうでしょう?

AnswerEUはブルガリア、ルーマニアとの加盟交渉を進めており、順調ならば2007年に加盟が実現する見込み。加盟を申請しているトルコとの交渉は、政治的な条件を満たせば????今年12月以降に始まる予定。昨年、新たにクロアチアが加盟を申請しましたが、こちらはまだ先の話です。なお、スイス政府は95年に加盟を申請しましたが、その年の暮れに行われた欧州経済領域(EEA)加盟に関する国民投票で加盟が否決され凍結中です。トルコはイスラム教の国で、ヨーロッパというよりアジア的な国ですから、加盟までには相当に紆余曲折がありそうです。

 トルコまで入れば拡大は一段落で、問題は質的な統合をどこまで強めていくか。全体で一つの国に近づけるといっても各国の主権は貫かれますし、ナショナリズムの感情も消えません。しかし、出発点にあった「石炭と鉄鋼が戦争の原因だから共同管理して平和を目指す」という政治的な狙いは世界史上も極めて重要な方向性であり、EUの今後が注目されます。

 日本にとっては、EUという域内での投資先が増えますし、EUの拡大で全体の経済水準が上がれば輸出にもプラスでしょう。アジアの中での日本のあり方を考えるうえでも、EUの目指す方向は参考になりますし、もっと参考にすべきだと思います。

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