更新:2008年5月31日
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EU拡大(2007)

●初出:月刊『潮』2007年3月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

27か国に拡大

Question2007年元旦にEU拡大のニュースを聞きました。
どういうことですか?

AnswerEUは「The European Union」の略で、欧州連合のこと。2007年からブルガリアとルーマニアが加盟し、EUは27か国に拡大しました。

 まず、EUの歴史をざっと振り返っておきましょう。「ヨーロッパを一つに」という考え方は中世から、「征服して一つに」という意味ならば紀元前のローマ帝国時代からあります。しかし、ヨーロッパは二十世紀になってなお、世界的な大戦争に二度までも火を着けた戦乱の大陸でした。

 第二次大戦ではドイツ、イタリアを中心とする枢軸国と英仏をはじめとする連合国が戦い、ドイツ500万人以上、ポーランド650万人以上、ルーマニア100万人近くが死に、これ以外の国も軒並み数十万人の死者を出しています。この戦乱に終止符を打ち平和なヨーロッパを築こうというのが、EUのそもそもの出発点なのです。

 そこで1950年、フランス外相シューマンが、軍事力の基礎的な産業である石炭と鉄鋼を共同管理する超国家的機構を創設することを提唱しました。近代のドイツとフランスの戦争は国境付近の石炭と鉄鋼の取りっこですから、共同管理して戦争の芽を摘んでしまおうという発想です。

 これを受けて1952年、フランス、西ドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクがヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)を創設。57年にはローマ条約が結ばれ、翌58年から同じ6か国がすべての分野で経済統合を目指す欧州経済共同体(EEC)と、原子力エネルギー共同開発・管理機構の欧州原子力共同体(ユーラトム)がスタート。この三つの機構が現在のEUの始まりでした。

 その後、73年イギリス、86年スペイン、ポルトガルなど西側主要国が順次加盟。2004年にはハンガリー、チェコ、スロバキア、ポーランドなど東側諸国を中心に10か国が一挙に加盟し、25か国に拡大。今回さらに2か国が増えたわけです。

分断解消の総仕上げ

Question今回の2か国の新たな加盟には、
どんな意味があるのですか?

Answer2004年5月のEU拡大は、1980年代末に東西冷戦が終わり、ソ連圏の東欧諸国が崩壊したという背景がありました。ソ連の支配と社会主義の呪縛《じゅばく》から解放された各国は、すぐ西側民主主義国の仲間入りはできなかったものの、政治、経済、社会体制の再構築という準備に10年以上を費やし、その後に加盟しました。

 今回の2か国も東側からの参加で、基本的には前回と同じ流れです。ブルガリアとルーマニアは黒海に面し、これより東はウクライナやトルコというヨーロッパの辺境。東欧諸国の中でもいちじるしく遅れていた地域で、EU加盟への準備が3年間、余計にかかったわけです。

 EUとしての意味を考えると、今回の2か国の加盟で、東西対立によって分断されていたヨーロッパが再び一つになった、といえます。2007年は、ローマ条約(欧州経済共同体設立条約)の締結からちょうど半世紀。この節目の年にヨーロッパ分断解消の総仕上げが行われたことは、象徴的な意味が大きいと思います。

 この結果、EUの域内総人口は約4億9000万人で中国、インドの次。GDP(国内総生産)の合計は11兆ユーロ(約1700兆円)で世界の4分の1を占め、アメリカの9兆ユーロを上回る巨大な存在となりました。

 単一通貨のユーロを使う国も13か国に増え、ユーロはドルの一極支配を崩壊させました。世界各国で外貨準備をドルからユーロにシフトさせる動きが進んでいます。EUは、軍事力だけを見れば超大国アメリカに及びません。しかし、アメリカと肩を並べる経済力、あるいはアメリカが持たない歴史や文化を背景にするEUの「ソフトパワー」は、アメリカをしのぐといっても過言ではないでしょう。

イギリスに移民殺到

QuestionEUが拡大すると、域内格差も
拡大するのではありませんか?

Answerブルガリアやルーマニアは国民の平均月収が200〜300ユーロ(3万〜4万数千円)で、他のEU諸国25か国平均の3分の1程度にとどまっています。汚職や組織犯罪も根深く、麻薬や人身売買が横行しています。社会基盤や生産設備も時代遅れで質の悪いものが多く、ブルガリアのコズロデュイ原発ではロシア製原子炉2基が廃棄されることになりました。

 両国にはEUから今後7年間に約350億ユーロ(約5兆5000億円)の援助が行われる予定ですが、これに不満を持つ国も少なくありません。

 また、EUは域内でモノ・カネ・ヒトの流通を自由にして経済統合を進めていますが、先進諸国の悩みのタネは人の移動。域内では、加盟国民は労働許可証なしに就労できるというのが原則ですが、2004年の東欧諸国加盟に際しては、旧加盟国に労働者の受け入れ制限措置が認められました。

 しかし、経済が好調なたとえばイギリスは、移民を受け入れて労働力不足を補おうと考え、制限を設けませんでした。それで当初は年間1万3000人程度の流入を見込んだところ、2006年半ばには2年間で正規の雇用労働者40万人以上、自営業者や不法就労者約20万人、その家族を合わせると実に100万人以上が流入したと判明。英南東部のピーターバラ市では人口16万人の1割が移民で、市営住宅の入居待ちが7000人に達してしまいました。結局イギリスは、東欧からの移民に職種制限を設けることにしました。

 ただし、ブルガリアやルーマニアが貧しいといっても、経済成長率は低くありませんし、低賃金を背景に企業進出も進んでいます。時間はかかるでしょうが、EU域内の格差は少しずつ解消していくでしょう。

大きな曲がり角

Question今後はどうなりますか?
EUは拡大を続けるのですか?

Answer今回のEU拡大は一つの大きな節目ですが、同時に、踊り場というか、大きな曲がり角でもあります。というのは、現時点での加盟候補国はトルコ、クロアチア、マケドニアの3国ですが、加盟のメドが立ちそうなのはクロアチアだけ。それも実現は2010年以降になりそうだからです。

 EUは2006年末の首脳会議で、従来の積極的な拡大方針を転換することを決定しました。これには、EU憲法の批准がフランスとオランダの国民投票(2005年)で否定され足踏みしていること(全加盟国が批准しないと発効せず、現在は棚上げ状態)、新たに加盟した東欧諸国をデメリットの大きいお荷物と見る国が増えていること、スペインやイギリスのテロ事件で各国が内向きの姿勢を強めていること、などが理由です。

 また、マケドニアは古代にはアレキサンダー大王が出て、15世紀以降長くオスマン帝国の支配下にあった地域。そのイスラム教のオスマン帝国の後を継ぐ国がトルコですから、どちらも純粋なヨーロッパとは言い難いという声もあります。とくに、トルコのEU加盟が実現すれば、これは世界史的な大事件といえるでしょう。

 少なくともEU諸国の間では、戦争が勃発する可能性は限りなく小さくなっています。「多様性の中の統合」を標榜するEUは、可能な部分から協力や共同事業を始め、「小異を捨てて大同につく」を実践し、50年もかけてここまで拡大してきました。10年先か20年先かわかりませんが、EUに異教徒の国、異文化の国トルコが参加できれば、世界平和への大きな一歩となります。アジアに生きる日本は、そんなEUの歩みを、おおいに参考にすべきだと思います。

EU(欧州連合)加盟27か国

加盟年(国の数) 加盟国
1958年の原加盟国(6)フランス、ドイツ(当時は西ドイツ)、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク
1973年の加盟国(3)デンマーク、アイルランド、イギリス
1981年の加盟国(1)ギリシア
1986年の加盟国(2)スペイン、ポルトガル
1995年の加盟国(3)オーストリア、フィンランド、スウェーデン
2004年の加盟国(10)チェコ、エストニア、キプロス、ラトヴィア、エストニア、ハンガリー、マルタ、ポーランド、スロヴァキア、スロヴェニア
2007年の加盟国(2)ブルガリア、ルーマニア

作成:「潮」編集部(2007年1月現在、駐日欧州委員会代表部ホームページより)

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