更新:2008年8月6日
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フランス核実験

●初出:月刊『潮』1995年10月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Questionフランスが、九月から南太平洋で核実験をおこなうと聞きました。
なぜ、いま、核実験なのですか?

Answerはい。フランスは一九九二年四月から核実験を中止していました。しかし九五年の六月、シラク(大統領)新政権が、ムルロア環礁《かんしょう》で核実験を再開すると発表しました。

 ムルロア環礁は、タヒチ島南東一二〇〇キロの南太平洋にあるフランス領の環礁で、六六年からフランスの核実験場となっています。計画によると、この環礁に直径一・五メートルの縦穴を掘り、深さ六〇〇メートルから一〇〇〇メートルの地点に核爆発装置を埋め、上をコンクリートで固めて爆発させ、さまざまなデータを取ります。実験は九月から九六年五月まで、合計八回が予定されています。

 米ソの冷戦構造が崩れ、軍縮や核廃絶が世界的に叫ばれているいま、なぜ、核実験が必要なのかというのは、大変もっともな疑問です。実は、フランスの核実験は、近い将来、包括的核実験禁止条約(略称CTBT)が成立しそうだからこそ、計画されたのです。

CTBTまでに「駆け込み」実験

Question核実験禁止条約が成立しそうなのに実験するとは、
どういうわけですか?

Answer現在、核兵器を保有しているのは、アメリカ、ロシア(旧ソ連)、イギリス、フランス、中国の五大国です。七〇年三月に発効した核不拡散条約(略称NPT)は、この五大国は核兵器をもたない国に核兵器(その管理も含む)を渡さず、核兵器製造も援助せず、また、核兵器をもたない国はそれらを受けとらず、援助も受けないと定めています。

 この核不拡散条約は、今年四月から五月にかけてニューヨークで開かれた再検討会議で、無期限延長が決まりました。そして、同時に採択された「核不拡散と核軍縮の原則と目標」で、(1)包括的核実験禁止条約に関する交渉は九六年までに終わらせる、(2)その条約が発効するまで核保有国はできるかぎり核実験を自制する、と決まったのです。

 ところが、「できるかぎり自制する」という表現は、「場合によって核実験をしてもよい」とも受け取れます。実際、フランスはそのように取り、いわば包括的核実験禁止条約までの駆け込みで、実験の再開を打ち出したわけです。中国も同様で、すでに五月と八月に地下核実験をおこなっています。

 アメリカとロシアは、一九四〇年代に原爆実験を成功させ、とくにアメリカは実戦で二回も使っています。どちらも、さんざん核実験を繰り返し、もう実験の必要もないほど、核兵器に関する経験とデータを蓄積しています。

 これに対して、五大国のうち四番目と五番目に核を持ったフランスと中国は、もっと実験を重ねる必要があると主張しています。どちらも強い国家意識と独自の軍事戦略をもち、伝統的に米ソが主導する核秩序維持に反発してきた国で、そもそも七〇年の核不拡散条約にも加盟していません。また、フランスは有力な武器輸出国でもあり、自国の兵器産業の維持や強化を狙っているのだという見方もあります。

南太平洋諸国は強く反対

Questionフランスの核実験再開には、
反対の声も強いようですが?

Answerアメリカなど核大国は、自分のところがさんざん実験してきたので、フランスの考えも理解できるといった反応でしたが、とりわけ強硬に反対したのは、ニュージーランドやオーストラリアをはじめとする南太平洋諸国でした。

 フランスから見ればちょうど地球の反対側のムルロア環礁も、これらの国々にとっては目と鼻の先。しかも、南太平洋は八六年のラロトンガ条約によって非核地帯となってます。ニュージーランドもオーストラリアも、豊かな自然に恵まれて環境保護への意識も高いうえ、どちらもアングロサクソンの国で、フランスなにするものぞといった気概をもっています。

 ニュージーランドのボルジャー首相は「フランス政府は国際世論を愚弄《ぐろう》している。人道目的以外でのフランスとの軍事協力を中断する」とのべ、マッキノン外相は実験再開を伝えにきたフランス大使に「出て行け」といったほか「他国を無視してやりたい放題とは、まるでナポレオンだ」とのべました。多国籍議員団を乗せた抗議船を仕立て、ニュージーランド海軍がこれに付き添って、ムルロア環礁を目指すという計画も進んでいます。

 オーストラリアの首相も抗議と同時に防衛協力の凍結を発表。労働組合はフランス製品のボイコットを呼びかけ、ブリスベーン市は仏ニース市との友好都市提携を破棄し、消防隊員組合はシドニーのフランス総領事館が出火しても消火活動をおこなわないと宣言(パースでフランス領事館が放火されたため数日後に撤回)するなど、国民的な抗議の声が巻き起こりました。

 また、国際環境保護団体「グリーンピース」は抗議船「虹の戦士2号」(初代「虹の戦士」は八五年にフランスの核実験に抗議するためニュージーランドに寄港中、フランス情報機関によって爆破され、カメラマンが死亡)を派遣。立ち入り禁止海域でフランス海軍の艦艇に催涙ガスを打ち込まれ、乗組員が拘束されました。このほか、北欧諸国、オランダ、イタリア、東南アジア諸国なども核実験再開に強い反対の声をあげています。

 自国の領土内で実験する中国については、地球の裏側の旧植民地で実験するフランスに比べると、抗議の声はいくぶん弱いようですが、やはり各国から抗議を受けています。

 もっとも、フランスも中国も、包括的核実験禁止条約は必ず締結するとはいうものの、核実験を中止する気配はありません。

日本の抗議の声は

Question唯一の被爆国である
日本の反応はどうでしょう?

Answerそうですね。核実験再開をフランス外相から電話で聞いた河野外相が「非核保有国の信頼を著しく裏切るものであり、遺憾の意を表明せざるをえない」と強い調子で抗議したほか、村山首相も日仏首脳会談などで遺憾の意を伝え、再考を求めています。また、国会でも衆参両院が全会一致で「中国の核実験に抗議し、フランスの核実験に反対する決議」を採択しました。被爆者団体や反核・環境などの市民団体、自治体、地方議会なども、抗議声明をフランス政府に送るといった意思表示をしています。

 しかし、国としての対応は、ニュージーランドやオーストラリアなどと比べると、かなり迫力不足で、腰が引けているように見えます。どうも日本では、二国間の関係維持が大切といった意見が大勢をしめ、怒りや抗議をあらわにすることを控える傾向があります。

 スミソニアン博物館が企画した原爆展示が、アメリカの旧軍人団体などの反対によってつぶされたときも同じでした。アメリカは、何十万人かの戦闘員の命が救われ、戦争終結を早めたのだから、原爆投下は正しい選択だったと主張しています。しかし、原爆を赤ん坊や子供たちを含む非戦闘民に対して警告なしに投下することが、そんな理由で正当化できるはずがありません。きちんと説明すれば、そのことはアメリカ国民にもきっと通じると思います。

 けれども日本は、そうしませんでした。アメリカが、国として原爆投下の正当性を主張しているのに、日本は、国として反論しなかったのです。

 ムルロア環礁やその周辺では、核実験が島の経済を潤す一大産業となっています。しかし、たび重なる実験で、実験場で働く労働者には放射能による被害が出ています。それを検証し、核実験反対の声をあげることは、広島や長崎を経験した唯一の国、日本の責務だと思います。

 間違っているときには間違っているというのが本当の友人でしょう。抗議すべきときにきちんと抗議しなければ、国際社会では尊敬も信頼も得られないのではないでしょうか。

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