更新:2008年8月16日
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学校五日制

●初出:月刊『潮』1992年10月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

月一回、第二土曜が休みに

Question一九九二年九月から学校五日制が始まると聞きました。
その背景や問題点を知りたいのですが。

Answerはい。九二年二月、学校五日制を検討してきた文部省の「社会の変化に対応した新しい学校運営等に関する調査研究協力者会議」は、二学期から月一回、第二土曜日を休業日とするよう提言しました。

 文部省はこれを受けて省令を改正し、学校教育法施行規則の「休業日」の項に「毎月の第二土曜日」を追加。九月一二日の土曜日から、全国の国公立幼稚園、小、中、高校、特殊学校で、月一回の学校五日制が始まることが決まりました。わが国に近代学校制度が整った明治以来、一世紀続いた学校六日制の幕が閉じられたのです。

 毎月第二土曜日は日曜日と同じあつかいで、教職員も原則として休みになります。また文部省は、休業日をそれぞれの学則で定めている私立学校に対しても、同様の措置をとることを要請しています。昨年五月の日本私立中学高等学校連合会の調べでは、全国約一三〇〇校のうち約一〇〇校がすでに週五日制を実施、その半分以上は完全五日制でした。受験実績を重視する私立校には、当面現行通りというところもあるようですが、中長期的には私学も五日制に同調するものと考えられています。

学校五日制導入の背景

Questionいま、なぜ、学校五日制
なのでしょうか?

Answer学校五日制は、なんらかの教育的な必然性があって導入が決まったわけではありません。その背景にあるのは、労働時間の短縮、企業における週休二日制の普及といった大きな社会動向です。「ゆとりある生活」や「本当の豊かさ」の追求と言い換えてもいいでしょう。

 わが国はGNP(国民総生産)世界第二位、一人当たりGNPでもアメリカをはるかに抜く世界トップクラスの経済大国です。しかし、それはおカネという物差しから見た豊かさに過ぎなかったのでは、と反省する声が強まっています。労働時間を年間一八〇〇時間に短縮すること(九一年度実績は二〇〇八時間)、完全週休二日制普及促進のため週四〇時間労働制へ移行すること(現行は四四時間制)などは、時代の大きな流れなのです。

 親の勤める会社や店や役所で週休二日制が進んでいるのに、子供の通う学校だけが週休一日制というのは、やはりおかしいと思います。週休二日制は社会全体の流れで、学校もそれにしたがうのは当然でしょう。今回は「月一回五日制」が導入されたわけですが、大人たちの完全週休二日制の普及にともなって子供たちの休日が増え、やがて「隔週五日制」から「完全五日制」に移行することは確実です。

Question「日本人は働き過ぎだ」と批判する
外国の学校は、週五日制ですか?

Answerはい。欧米先進諸国では学校五日制はごく当たり前です。しかもその歴史は古く、イギリスやフランスでは十九世紀の末頃から始まっています。ドイツなど五日制の学校と六日制の学校が混在している国でも、五日制への移行が急速に進んでいます。また、各国の例をみると必ずしも土日が休みではなく、水曜と日曜あるいは木曜と日曜が休みという例も多いようです。

「ゆとり」の時間をカット

Question第二土曜日が休みになると、
授業時間数が減るのですね?

Answerいや、そうではありません。学習指導要領には年間標準授業時数というものが決められており、今回その改定はありません。先の調査研究協力者会議の報告では、年間標準授業時数に留意しながら、各学校で適切に対応するとしています。そこで、小中学校では教科外活動や学校行事を精選する、高校では標準を上回っている教科の時数を削ったり、ほかの曜日に上乗せする、といった対応が考えられます。教科の時間はこれまで通りで、学校行事や「ゆとり」の時間を削るわけです。

 しかし、「ゆとりある生活」を求める社会の動きに呼応した学校五日制ならば、授業時間を削減して子供にも「ゆとり」を与えるのが本当でしょう。休みは増やすが、これまで通りのものを詰め込むというのでは、子供が学校で過ごす一時間当たりの「学習量」は増えてしまいます。これは、今回導入された学校五日制の中途半端な点のひとつです。

 文部省では、将来導入される隔週五日制(第二・第四土曜日を休みにする案が有力)までは、学習指導要領の改定なしに対応できると考えているようです。完全五日制では、学校行事を削るなどという小手先の対応は通用せず、学習指導要領を改定して年間標準授業時数を削ることが必要になるでしょう。

「第二の学校」が心配だが

Question土曜日が休みになると、
塾通いが増えないかと心配ですが?

Answerそうですね。八六年の総理府の世論調査によると、小学校についてですが、現行通り週六日制がよいとする声が全体の六三・九%もありました。今回の五日制導入が決まってからでも、たとえば長崎県議会は「導入は時期尚早。再考を求める」との意見書を可決しています。こうした反対の理由のひとつに、第二の学校──学習塾通いが増え受験戦争に一層の拍車がかかるのでは、という心配があることは確かでしょう。

 朝日新聞社が全国四七都道府県の教育委員会担当者に調査した結果によると、一三の道府県が塾関係者への「自粛」を申し入れており、兵庫県のようにPTAを通じて保護者に対し「塾通いをさせないでほしい」と要請した県もあります。市内の塾関係者が自粛を申し合わせた例もあれば、五日制の受け皿となる「土曜プログラム」をつくった塾もあるようです(一九九二年八月十三日付『朝日新聞』)。

 しかし、文部省は八九年一二月に全国から六八の学校を調査研究協力校に選び(今年度の協力校は六四二校で隔週五日制)、五日制の試行を行いましたが、これらのケースを見る限り、塾通いの弊害はそれほど深刻ではないようです。親たちの反応もよく「子供と一緒に遊んだ」「のびのびと家族の休日を楽しんだ」といった声も聞かれます。

 大切なのは、学校五日制の対症療法は何かを考えることではなく、学校五日制を私たちあるいは子供たちがかかえている病の、根治療法と考えることでしょう。いまの子供は「疲れている」「無気力だ」「主体性に欠ける」「孤独だ」などといわれます。勉強はできても仲間と親しめない、テレビゲームは得意だが自然を知らないといった子供も多いようです。学校五日制は、そんな子供たちが人間性を回復するきっかけとして、とらえられるべきではないでしょうか。

養護学校などでは人材難も

Question塾通い以外に、
どんな問題がありますか?

Answer高校生などで土曜日のアルバイトが増え、非行に結びつくのではないかという意見もあります。しかし、休みやバイトが非行の原因になるなら、長い夏休みの間に非行に走る者は走っているはず。週五日制の私立校でとくに非行が目立つという話も聞きませんし、この意見には説得力がありません。

 遊び場がないとか社会教育施設がないという話もありますが、子供たちは放課後に学校以外のところでなんとか遊んでいるわけですし、学校が休みなのにわざわざ図書館に行く必要もないでしょう。それに第二土曜日は休みといっても、多くの学校では校庭や体育館を開放します。これには指導員が必要ですが、教職員が交代で出たりPTAの協力を求めるなどすれば難しくはありません。美術館や郷土史料館など公共施設を開放する自治体も多いようです。なかには繁華街の映画館を借り切って家族単位で招待する自治体までありますが、こうなると過保護というか、余計なお世話という感じすらします。

 そもそも土曜日が休みでない親やその子供はどうするかという問題も、日曜日が休みでない親がいる以上、仕方がないことと思われます。隔週五日制や完全五日制への移行に際して、週休二日制の普及度を慎重に見定める必要があるのはもちろんですが。

 ひとつ深刻なのは、障害児や障害者のいる養護学校などのケース。学外活動をしようにも、指導員に必要な経験や指導員の数が、普通の学校の場合とは大きく異なりますし、生徒の移動すら容易ではないからです。各自治体はボランティアを募るなど準備を進めていますが、人材確保には苦労しています。こうしたケースに対しては、社会全体の手厚い支援策が必要でしょう。

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