更新:2008年1月10日
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限界集落

●初出:月刊『潮』2008年2月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

消滅の危機に直面

Questionニュースに限界集落という言葉が
出てきました。どんな意味ですか?

Answer「限界集落」は、長野大学の大野晃教授が一九九一年に提唱した言葉であり、考え方です。

 集落は「人が集まって住んでいる場所」をいい、広い意味では村落と都市の両方を含みますが、ここではもっとも狭い意味。都市に対していう村落(農村、林村=林業村、漁村など)のうち、数戸以上の住居がまとまっていて、住民の社会生活の基本的な単位になっていれば、これが一つの集落です。町や村などの自治体を、住居のまとまりごとに小さく分けた地区のことと考えてよいでしょう。

 集落は日本全国いたるところにありますが、その中で存在できるかできないかという限界に近づいている集落を、大野教授は「限界集落」と名付けました。具体的には、六五歳以上の高齢者が住民に占める割合が五〇%を超えた集落をそう呼びます。

 大野教授は、二〇年ほど前には高知大学で林業について研究しており、四国の山村などで実態調査を重ねました。山村では、安い輸入木材に押されて林業が衰退。高齢化や若者の流出も進み、手入れが行き届かない人工林が荒廃して、集落の存続すら危うくなったケースが見られたのです。

 かつては「過疎地域」、つまり人口が少なすぎる地域という言葉が使われましたが、実態はもっと深刻で、集落によってはギリギリの段階まで追いつめられている。そこで、「限界集落」という言葉によって強く警鐘を鳴らしたわけです。

 国土交通省と総務省が共同で調査し、二〇〇七年八月に取りまとめた「国土形成計画策定のための集落の状況に関する現況把握調査」によると、全国の過疎地域(人口一一二八万人)にある六万二二七三集落のうち、六五歳以上の高齢者の割合が五〇%を超える集落の数は七八七八。うち住民全員が六五歳以上という集落の数は四三一。一〇年以内に消滅すると思われる集落は四二三、いずれ消滅すると思われる集落は二二二〇もありました。

田畑や山が荒廃

Question限界集落がかかえる問題を、
もっと詳しく教えてください。

Answer高齢者が住民の過半数を占める限界集落は、当然、高齢化がもたらす問題をかかえています。

 働けなくなることによる収入の減少、孤独な一人暮らし老人や老夫婦の増加、医療や介護の問題などです。若い世代が流出し商店も店じまいして、地域の活気が失われ、遠くの店や医院に通わなければならなくなります。限界集落をかかえる町や村では、産業の衰退や税収の減少が、行政サービスの低下を招きます。すると、ただでさえ不便な山村で、バスの本数が減ったり路線が廃止されたりします。かつて集落の住民総出でやった冠婚葬祭も満足にできなくなり、伝統文化や芸能が廃れていきます。

 以上の問題は、高齢化にともなって都市、たとえば郊外の古いニュータウン団地でも起こるかもしれませんね。しかし、限界集落は、都市では起こらないさらに重大な問題をかかえています。

 都市は、異なる職業に就く多くの人が集まって住む場所で、住居と職場は離れていることが多いでしょう。これに対して、村落や集落は、農業、林業、漁業などに従事する人が住む場所で、住居と生産の場所がほとんど同じです。だから、都市に住むサラリーマンが高齢化しても会社は(新しく若い人が入って)荒廃などしませんが、集落に住む人が高齢化すると林や田畑が荒廃してしまいます。

 日本では「中山間地域」(農林水産省の用語で山間農業地域と中間農業地域を合わせた地域で、平地周辺から山間までの傾斜地や山林が多い地域)が、国土総面積の七割を占めています。この地域では、傾斜地に棚田や段々畑を作ったり、スギ、ヒノキ、カラマツなどの針葉樹を植林してきました。

 しかし、限界集落では高齢者が傾斜地に入るのが難しく、耕作放棄地が拡大します。人工林は、下刈り(幼木保護のため下草を刈る)、枝打ち(節のない材を得るため枝を落とす)、除伐(不要な樹木を切る)、間伐(発育を助けるため植林を間引く)といった手入れを欠かせませんが、これも満足にできなくなって、山は荒れていきます。

 ひょろひょろとモヤシのような針葉樹が密生して暗い林は、土壌が露出して保水力を失い、渇水、土砂崩れ、鉄砲水といった災害を引き起こします。河川に流れ込む土砂の量も増え、生態系を変えたり、川や海までも濁らせてしまいます。

箱モノ主義ではダメ

Question限界集落の問題を、
どう解決していくべきでしょうか?

Answerこの問題は、少子高齢化、医療や介護、地域の  産業や交通、災害や環境、伝統や文化などを含む、極めて広範囲にわたる問題です。しかも、たとえば三メートルの雪に閉ざされる集落と冬でも暖かい集落では解決すべき問題が違い、たいへん複雑です。ですから、解決には国を挙げての長期的な戦略が必要だろうと思います。

 何より確認しておくべきは、これまで数十年間、農村や山村を荒廃させてきた過去のやり方は、もう通用しないということです。

 日本では一九六〇年頃に過疎が社会問題化して以降、七〇年の過疎地域対策緊急措置法に始まる一〇年ごとの時限立法で、指定市町村に対して補助金の特例を設けるなどしてきました。これに投じた予算は三五年間で八〇兆円に迫るといわれています。それでも集落の消滅を止めることができない以上、金の使い方に問題があったのではないかと反省すべきです。道路、橋、トンネル、社会福祉施設といった「箱モノ」をいくら建設しても、過疎は止まず、集落の消滅は避けられません。

 また、日本は国土の三分の二が森林という世界有数の森林国ですが、その四割が針葉樹の人工林というイビツな姿をしています。戦後、拡大する木材需要を満たすために植林しましたが、六〇年の木材輸入自由化以降、九割近かった木材の自給率は一割台にまで落ち込んでいます。一方、国有林野の管理と経営を担う林野庁は、莫大な赤字をかかえながら、森林の荒廃に有効な対策を打ち出せていません。日本の人工林の四割は必要な手入れがなされていないのです。日本の林業政策に大きな問題があることを深刻に反省すべきです。

住民の主体性が鍵

Question具体的には、どんな対策が
考えられますか?

Answerまず必要なのは、消滅が避けられない集落か、  さまざまな手立てを講じれば限界集落から抜け出す可能性がある集落かを見極めることでしょう。

 どうしても消滅が避けられない集落の森林は、人手のかからない管理のあり方への転換も検討すべきです。森林の木の種類の多様化や、伐期の長期化が必要かもしれません。

 限界集落から抜け出せそうな集落や、放っておけば限界集落になりそうな集落(五五歳以上が住民の過半数を占める「準限界集落」)は、存続に全力を挙げなければなりません。それには、やはり住民の自立、住民による主体的な地域づくりが鍵だと思います。国や県が対症療法的に金を落とす延命措置ではダメで、住民が真剣に地元の産業を再生し、自立の道を獲得しなければなりません。

 限界集落への支援には、大野晃教授が提唱する「流域共同管理」(上流域の森林荒廃という問題は下流域の問題でもあることから、流域住民が一体となって流域社会を再生する)という考え方も重要です。森林保全を新しい公共事業ととらえて国や自治体予算を投入していく道もあるでしょう。空き家や廃校を利用して都市住民を集落に呼び寄せる、里山整備にボランティアを活用する、自然保護区を拡大しエコツーリズムを普及させ地域振興を図るなど、さまざまな取り組みに期待したいところです。

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