更新:2008年8月6日
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「行政評価」制度

●初出:月刊『潮』2000年7月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question「行政評価制度」という言葉を新聞で見かけました。
どういうことですか?

Answer日本は一九九〇年代初めにバブル経済が崩壊した後、景気低迷が長く続いています。IT(情報技術)関連など明るい兆しが見えてきたのは、ごく最近のこと。莫大な不良債権を処理する過程で、多くの企業が倒産したり合併で姿を消し、生き伸びた企業も人員削減や事業見直しといったリストラを続けているのは、ご承知の通りです。

 ところが、民間企業が血のにじむようなリストラを重ねる一方で、国や地方自治体など行政の合理化はなかなか進みません。その理由は、国や自治体には競争がなく、税金で運営するため絶対につぶれないからです。

 「お役所仕事」という言葉は昔からあり、減反《げんたん》で農地を減らすと同時に大規模干拓《かんたく》で農地を増やす、ほとんど誰も使わないような鉄道や道路を敷き、橋を架け、トンネルを掘り、ダムを築き、港湾を整備し、公民館や美術館を建てる(いわゆる「箱物行政」)といった例は、枚挙《まいきょ》に暇《いとま》がありません。

 とりわけ日本は、明治の初めに欧米列強に対抗する中央集権国家を目指し、強力な官僚制度をつくりました。この中央官僚は、名実ともに「天皇の官吏」であり「お上」《おかみ》の代行者でしたから、官尊民卑の伝統が始まります。敗戦で憲法が変わると、官僚は「公僕」ということになったものの、役人の法規万能主義、秘密主義、画一主義、先例踏襲、縄張り主義、一家意識などは相変わらずのまま、今日に至っています。

 しかし、これだけ民間でリストラの嵐が吹き荒れ失業者も増えると、国や自治体のムダを放置するわけにはいきません。行政の仕事の実態を分析し、仕事内容や実施方法などから生じるムダを見つけ出して、早急に改善する必要があります。そうしないと、民間の努力が行政部門のムダで帳消しになり、日本経済はいつまでたっても浮上できそうにありません。そのチェックシステムが「行政評価」制度なのです。

行政評価のポイント

Question「行政評価」とは、具体的には
どういう仕組みなんですか?

Answer企業には、売上高、利益率、シェア(市場占有率)といった評価の物差しがあります。その物差しにしたがって、今年は売り上げを去年より一〇%伸ばそうという目標を掲げて、そのために営業を強化する、新製品を投入する、広告を打つなどと計画を立てます。一年後には、実は八%の伸びにとどまったとか、予想以上に業績が上がり前年度比一五%増だったという結果が出ますから、それをもとに計画を修正することができます。

 現実には、企業の各部門でさらにキメ細かい目標が立てられています。自動車工場ならドアの取っ手の溶接目標時間は一台あたり何秒、宅配便の営業所なら荷物一個あたりの配送目標時間が何分何秒という具合。こうして実際の業績を評価し、目標と結果の食い違いを分析したうえで、さらに新しい目標を立てるのです。

 しかし、行政ではそもそも評価の物差しがありません。ですから「行政評価」を導入するのに第一に必要なのは、行政の各部門で仕事を評価する物差しを作り、数値によるわかりやすい行動目標を立てることです。

 この評価の物差しは、予算をいくら使ったとか所管する企業に評判がよかったというのではダメ。あくまで、予算を使った結果はどうなのかという成果主義、そして行政サービスを受ける国民や市民にとってどうなのかという顧客第一主義に立たなければ、意味がありません。

 第二に、立てた目標と現実の達成度を評価する必要があります。このとき重要なのは、官僚による密室主義を排し、市民あるいは第三者の視点からチェックすることです。官僚が自己採点し自己評価するのでは、行政評価としては不十分です。

 第三に、評価の結果を広く市民に情報公開する必要があります。国や自治体では競争原理が働きませんから、情報公開をして成績の悪い部門は世間の冷ややかな目にさらされるというシステムにしなければ、改善に結びつきません。

評価の結果が自治体の長や議会にフィードバックされ、新しい政策に反映されるためには、情報公開の仕組みが不可欠でしょう。

中央省庁再編を機に国でも

Question日本では、どの程度進んでいますか?
外国ではどうなんでしょう?

Answer海外の先進諸国は、日本がバブル経済で好調だった頃にドン底を経験した国が多く、八〇年代から政府や自治体で「行政評価」の導入が進みました。サッチャー首相のイギリスでは、大手スーパーチェーンの取締役を政府顧問に招いて省庁の行政評価を進め、その後、社会保険事務などを執行庁(エージェンシー)として政府の外に切り離す大改革に踏み切りました。

 アメリカでも、大都市の九割、全体でも六割以上の自治体で、行政評価制度が導入されています。有名なカリフォルニア州のサニーベイル市では、「信号のメンテナンスは一機につき〇・五人×時間で済ませる」(作業員一人なら一時間で二台、二〇機あって二人なら五時間)というような目標を細かく立てて行政改革に取り組みました。その結果、一〇年で市役所職員の労働生産性は四四%向上し、しかも行政サービスコストは三三%も下がったといいます。

 日本では三重県の例が有名で、九五年に就任した北川正恭知事のもと行政評価制度を推進。約三〇〇〇の事業を毎年評価した結果、このところ毎年二〜三〇〇件の事業を廃止し、数十億円を節約できたといいます。三重県にならって制度を導入する自治体も増えていますが、あくまで試験的とか、役人自らが評価し情報公開もなしというケースも少なくないようです。

 国レベルでは、二〇〇一年一月からの中央省庁再編に合わせて「政策評価制度」が導入される予定です。これは、各府省に政策評価を専門にする課を設置し、新しい政策、一定期間をへて未着手や継続中の政策、社会状況の変化で見直しが必要な政策などを評価するもの。同時に総務省に民間有識者を含めた評価委員会を設置し、各府省にまたがる政策などを評価します。結果は公表され、必要ならば総務大臣が各大臣に勧告したり首相に意見具申できます。

「行政評価法」の制定を

Question行政のムダは
十分に省けるでしょうか?

Answer国が予定している制度は、中央省庁再編関連法に盛られていますが、官僚が自らの仕事を自らチェックするというのが基本ですから、あまり実効性が上がらない懸念があります。

 また行政のムダは、政府本体はもちろんですが、その強い影響下にあり天下りの受け皿になっている特殊法人や、省庁再編と同時に新しく発足する行政法人などにも少なくありません。これをどう評価していくかも課題です。

 さらに、総務省の評価委員会が政府全体に目配りをするとされていますが、公安委員会などの例を見ると委員会では役不足。もっと規模が大きく一定の権限もある第三者機関を作って評価したほうが効果的でしょう。

 ですから公明党が主張しているように、新たに「行政評価法」を制定するなどして、もっと実効性のあるシステムを作ったほうがよいと思います。同時に、マスコミやアカデミズム(学界)はもちろん、私たち国民や市民の一人ひとりが、行政評価という視点から国や自治体を監視するという姿勢を忘れてはなりません。

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