更新:2008年5月31日
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排出権取引

●初出:月刊『潮』2008年3月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

CO2と地球温暖化

Question新聞で「排出権取引」という言葉を見かけます。
どんな意味ですか?

Answer排出権《はいしゅつけん》取引について説明する前に、地球温暖化の話をしておきましょう。

 生命の誕生以後、生物が絶滅せずに今日まで生き続けていることから、地球表面の平均温度は、数十度以上やマイナス数十度以下といった極端な高温や低温が長く続いたことはないと思われています。つまり、地球の温度は、だいたい安定しています。

 地球は、つねに太陽に照らされ、熱を受け取っていますね。それでも極端な高温にならないのは、地球が宇宙空間に熱を逃がしているからです。この熱は、赤外線として地表面から放射されています。

 この赤外線の一部は、大気中の水蒸気のほか、二酸化炭素(CO2)、メタン、フロン、亜酸化窒素などの「温室効果ガス」によって吸収され、外に向かいません。ですから、温室効果ガスが増えると、熱がこもって地球は温暖化していきます。

 もっとも水蒸気は、海にフタをすることなどできず、放っておくしかありません。水蒸気が増えて雲が増えれば、地球が太陽光を反射する割合も増え、地球が受け取る熱を減らすともいわれます(現在でも雲その他が3割を反射している)。火山の噴火が出すCO2も地球を暖めると思われます(噴火が活発だった3億年前は、大気中のCO2濃度が現在の10倍で気温も10度ほど高かったとされている)が、これも手の打ちようがありません。

 問題は、19世紀末に始まった産業革命以降、人類が石油や石炭などを大量に燃した結果、大気中のCO2が増え、これが地球温暖化の主な原因ではないかと疑われていることです。

 産業革命以前と比べて、大気中のCO2が30%ほど増加したことは確か。しかし、地球の気温はもともと変動しており、最近の気温の変化が100%CO2の増加によるとは断言できません。グリーンランドの氷床《ひょうしょう》の研究からは、数十年間に数度の気温変化は珍しくないと考えられますので。それでも、さまざまな研究が進むにつれて、地球温暖化には人類の活動が関係しているとの見方が有力になってきました。現在では、人類はCO2の排出をできる限り減らすべきだという考え方が、世界の大勢を占めています。

京都議定書で導入

Question排出権取引の「排出」は、
CO2の排出のことですか?

AnswerCO2を含むいくつかの温室効果ガスの排出をいいます。1997年に京都で開かれた気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3)では、各国が2008〜2012年の第一期約束期間内に温室効果ガスの排出を減らす数値目標を決定しました。「京都議定書」と呼ばれる文書に記された約束で、削減率は1990年の排出量(日本の場合はCO2で12億6100万トン)を基準として、日本6%、EU(欧州連合)7%、アメリカ8%、ロシア0%、全体で5・2%などとなっています。

 排出権取引は、この京都議定書で「排出量取引を認める。締約国会合においてガイドラインなどを決定する」と書かれている仕組みです。

 ある国が温室効果ガスの削減を熱心に推進し、目標数値を余裕でクリアした場合、この国は、あと何万トン分かを排出することができたわけです。そこで、この何万トン分かを排出権(排出する権利)として、他国に売ってよいことにします。

 また、別の国が温室効果ガスの削減をサボって、目標数値より排出が増えてしまう場合、この国は増えた何万トン分かを、他国から排出権を買うことで帳尻合わせをしてよいことにします。

 以上が排出権取引です。温室効果ガスは、地球全体で減らさなければ意味がありませんから、削減に努力した国ほど得をするように、このような仕組みが採用されました。京都議定書には規定されていませんが、企業間での排出権取引もあって、ヨーロッパではすでに始まっています。

 排出権取引のほか、京都議定書では「クリーン開発メカニズム」が規定されています。これは、先進国が開発途上国に対して技術・資金などを支援し、現地で温室効果ガスの排出量を削減したり吸収量を増加(たとえば植林による森林の増大)させる事業を実施したときは、その排出削減量の一部を先進国の削減量に組み入れてよいというものです。

ヨーロッパが積極的

Questionヨーロッパの排出権取引は、
どんな仕組みなんですか?

Answer2005年にスタートした欧州排出量取引制度(EU‐ETS)と呼ばれる制度で、EUはこれを世界標準にしようと積極的に推進中です。

 京都議定書では「共同達成」といって、EUのように複数の国が共同して温室効果ガス削減の数量目的を達成することを認めています。そこでEUは、全体で7%の削減になるように域内各国で排出枠を再配分。各国は、EU‐ETSの対象となる施設に排出枠(排出権)を交付します。対象施設はEU域内の発電所、石油精製、製鉄、セメント、大型ボイラーなど約1万2000のエネルギー多消費施設です。これらが出すCO2は、EU全体の排出量の45%以上といわれています。

 たとえばEU域内にある火力発電所は、1年ごとに政府に前年のCO2排出量を提出します。それが交付された排出枠より少なかったときは、出さなかった分をほかの企業に売ってよいのです。逆に交付された排出枠より多かった企業は、どこからか排出枠を買ってこなければいけません。なお、排出超過分については別途、課徴金を支払いが義務づけられています。

 EUでは、EU‐ETSを、相互認証協定を結んだ場合には、他の先進国の国内排出量取引制度と相互乗り入れできるようにしています。つまり、EU以外の企業をこの制度に取り込もうとしているわけです。排出権取引の舞台はロンドンの市場で、2006年にはその規模が3・5兆円に膨れあがったといわれています。

 ところで、排出権取引にもっとも不熱心な先進国の一つが日本です。日本では、高度成長期に公害が社会問題となったほか、国内に資源がないため1970年代の石油ショックの衝撃が大きく、当時から省エネが叫ばれ、CO2などの削減が進みました。

 ですから大企業を中心に、京都議定書の基準となる1990年には世界トップクラスの温暖化防止策を実施していたという思いが強いのです。経団連はじめ経済界は、業界や企業ごとに排出量の上限を決めるキャップ制に反対で、排出権取引にも消極的です。「もともと乾いたタオルなのだから、しぼっても水は出ない」というのです。

日本は消極的すぎ?

Question日本が地球温暖化対策に消極的と思われる心配は、
ありませんか?

Answer心配どころか、確実にそう思われています。世界銀行がまとめた各国の温暖化対策の状況によると、日本はCO2排出量上位70か国のうち61位、中国やインドより下の最低と判定されました。電力会社が低価格を理由にCO2を多く排出する石炭の利用を増やしたこと、国内総生産や人口の伸び以上にCO2排出量が増えたことなどが理由です。

 政府の「京都議定書目標達成計画」見直しに向けて2007年末に環境省と経済産業省がまとめた最終報告によると、温室効果ガスの排出は2005年度で1990年度より7・7%も増加。環境税の導入や国内排出権取引の導入も見送られ、代わりに「クールビズなどの国民運動」で最大1050万トンのCO2削減など、実効性がともなわない見込み数字が列挙されました。京都議定書の目標達成は実現できないことが確実でしょう。このままでは、「環境」が最大のテーマとなる2008年7月の洞爺湖サミットにおける日本の立場が懸念されます。

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