更新:2008年8月6日
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ICJ(国際司法裁判所)の勧告的意見

●初出:月刊『潮』1994年8月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question国際司法裁判所が、核兵器の使用の違法性について
勧告的意見を出しましたね。その内容を知りたいのですが。

Answerまず初めに、国際司法裁判所とはどういうものか、
説明しておきましょう。

 国際社会で、紛争を裁判によって平和的に解決しようという動きが起こったのは、十九世紀以降のことでした。常設された国際裁判所の第一号は、第一次世界大戦後にできた「常設国際司法裁判所」です。

 現在の「国際司法裁判所」は、第二次世界大戦後にこれを受け継ぎ、国連の主要機関の一つとしてオランダのハーグに設置されました。裁判所は、国の代表でなく個人の資格で選ばれる一五人の裁判官で構成され、日本からは小田滋裁判官が加わっています。

 国際司法裁判所の裁判は、一審制で、紛争当事国の双方が付託する(裁判所にゆだねる)ことによって始まり、判決はその事件と当事国だけに拘束力をもちます。国境や大陸棚などの境界線問題、亡命事件、内政干渉など、これまでに一〇〇件近い問題が付託され、約六〇件の判決が出て、おおむね尊重されています。

勧告的意見までの経緯

Question核兵器の使用の違法性についての勧告的意見は、裁判の判決とは違うようですね。意見が出されるまでの経緯を教えてください。

Answer国際司法裁判所は、国際裁判の判決を下すほかに、もう一つ重要な役目をもっています。それは、国連総会、安全保障理事会、国連機関などの諮問に応じて、法律問題について勧告的意見を出すというもの。こちらは判決とは違って、拘束力や強制力こそありませんが、各国は権威ある裁判所の意見として尊重します。

 今回は九三年五月、国連機関の一つである世界保健機関(WHO)総会で、環境や健康への影響という観点から、核兵器が国際法上適法かどうかについて国際司法裁判所の勧告を受けるべきだ、という決議案が採択されたのです。

 WHO総会の議題に上るまでには、日本人医師を中心とした核戦争防止国際医師会議の働きかけがあったといわれています。

 一方、非同盟諸国や開発途上国には、米ロなど一部の核保有国だけが、核の軍事力を背景に国際社会で特別な地位を維持していることへの根強い不満があります。たとえば核拡散防止条約は、核保有国以外に核が広がらないための条約ですから、裏から見れば「核クラブ」の特権を保証する条約とも考えられ、反対する国が少なくないのです。

 こうした国が、国際司法裁判所の勧告は核保有国に対する揺さぶりになると考え、WHO総会で賛成に回りました。

 さらに、九四年秋の国連総会では、非同盟諸国代表のインドネシアが、核兵器の使用の違法性について国際司法裁判所の勧告的意見を求める決議案を出し、これも採択されました。WHOの諮問だけでは、WHOの管轄外という理由で裁判所から門前払いを食わされる恐れがあるため、国連総会が判断を求めているのだと念押しをしたわけです。

 これを受けて国際司法裁判所は、各国の意見を求め、ハーグに証人を呼ぶなどして合議を重ねて、九六年七月八日に勧告的意見を出したのでした。

一般的には違法だが……

Question国際司法裁判所の意見では、
核兵器の使用は国際法に違反するのですか?

Answer国際司法裁判所の勧告的意見の骨子は、次のようでした。かっこ内は裁判官の票決です。

一、国際司法裁判所は、国連総会の要請について勧告的意見を示すことにした。(賛成一三、反対一)

一、核兵器の使用や核兵器による威嚇を認める伝統的、慣習的国際法は存在しない。(全員一致)

一、核兵器の使用や核兵器による威嚇を禁じる伝統的、慣習的国際法も存在しない。(賛成一三、反対一)

一、国連憲章第二条四項(威嚇・侵略の自制)に反し、第五十一条(自衛権)の条件を満たさない核兵器の使用や核兵器による威嚇は違法である。(全員一致)

一、核兵器による威嚇や核兵器の使用は、核兵器に関する条約のみならず、武力紛争に適用される国際法、とりわけ人道に関する国際法を侵してはならない。(全員一致)

一、核兵器の使用や核兵器による威嚇は、一般的には武力紛争に適用される国際法、とくに人道に関する国際法に違反する。しかし、国際法の現状を考慮すると、国家が存亡の危機にあるときの自衛のための核兵器による威嚇や核兵器の使用は、合法か違法か結論できない。(賛成七、反対七の可否同数。裁判長賛成)

一、核軍縮を推進し、核兵器を厳格で有効な国際統制下に置く責務がある。(全員一致)

Questionうーん。
もって回った言い方ですね。

Answer今回の判断はそれだけ難しかったのだということをわかっていただくために、あえて紹介しました。解説が必要でしょう。

 まず「核兵器を認めたり禁じたりする国際法はない」と述べています。国際法は、長年かけて積み重ねられてきた国際的な慣行や条約などの全体を意味しますが、核兵器はその後で登場したため、何の規定もないわけです。

 続いて「国連憲章の定めに反する核兵器の使用は国際法違反だ」といっています。これは、通常兵器を使っても違反ですから当然ですね。

 さらに「核兵器の使用は、国際法上の人道に関する原則を侵してはならない」とします。つまり、核兵器を非戦闘員を巻き込む無差別攻撃に使うような場合(広島と長崎がその例です)は国際法違反だと判断しています。

 しかし、「核兵器の使用や威嚇は、一般的には国際法違反だが、国家存亡の急に際して自衛のためだけに使用することは、合法か違法か判断できない」と、最終的な判断を棚上げにし、悪くいえば逃げているわけです。

やむをえない判断

Question「核兵器はどんな場合でも違法である」
という意見を期待していたのですが。

Answerたしかに玉虫色で歯切れの悪い意見だと思われる方は少なくないと思います。ハーグに出向いて意見陳述した広島市長も、「たいへん遺憾だ。国際司法裁判所の権威を貶《おとし》めるものだ」と声明を出しました。被爆者や市民団体からも失望や怒りの声が上がりました。

 しかし、このような結論が出たのも無理はないのです。仮に国際司法裁判所が「核兵器はどんな場合でも違法」という意見を出したとすると、米英仏ロ中をはじめNATO諸国、旧ソ連圏諸国、日米安保条約を結ぶ日本などは、戦後五十年間違法な兵器によって守られてきたことになります。現在でも、有力な国の大部分が、国際法上許されない兵器による防衛体制に組み込まれていることになります。

 その体制は簡単には改めようがありませんから、ほとんどの国は国際司法裁判所の判断を無視するでしょう。すると、裁判所の権威は地に落ちてしまいます。その事態を回避するには、「裁判所の判断になじまない」と門前払いすれればよいのですが、それは国際司法裁判所無用論につながりかねません。ですから国際司法裁判所は、難問によく答えたと思います。

 しかも「一般的にいえば国際法違反」という部分は、従来からは一歩踏み込んだ判断です。また、日本の「原爆裁判」で一九六三年に東京地方裁判所が出した判決の「残虐な原爆投下は国際法違反」という判断を、裏打ちする見解も含まれています。

 国際司法裁判所のベジャウィ裁判長は、勧告的意見について「国際法上の核兵器に関する不備を指摘し、各国に修正を促すだけでも意義がある」と述べました。今回の勧告的意見を、わずかでも前進の一歩ととらえて、核軍縮交渉の進展に役立てたいものです。

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