更新:2008年8月6日
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インフルエンザ

●初出:月刊『潮』1995年3月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Questionこの冬はインフルエンザが流行するのでは、と心配されて
いますね。この病気について、くわしく教えてください。

Answerはい。インフルエンザは、流行性感冒(流感)ともいい、インフルエンザウイルスが引き起こす感染症のひとつです。

 かぜ(普通感冒)、結核などさまざまな病気が人から人へ移り、ときに流行することは昔から知られていました。十九世紀になると、こうした感染症のうち、あるものは「細菌」と呼ばれる微生物(たとえば結核菌)によって起こることがわかってきました。これは十七世紀に発明された顕微鏡のおかげです。しかし、明らかに感染症と思われるのに原因となる細菌が見つからない病気も、少なくありませんでした。

 それが、細菌よりも小さい「ウイルス」と呼ばれる微生物による病気だとはっきりわかったのは、電子顕微鏡が登場した一九三〇年以降のこと。いまでは、かぜはかぜウイルス(ライノウイルス、コロナウイルスなど)、インフルエンザはインフルエンザウイルスによって起こることがわかっています。

この冬の流行は三種類

Questionインフルエンザウイルスにも
何種類かあると聞きましたが。

Answerええ。インフルエンザウイルスはA、B、Cの三つの型があり、A型とB型はさらにいくつかにわけられます。流行するウイルスの型は年によって異なります。C型は力が弱くあまり問題になりませんが、やっかいなのはA型。A型ウイルスはその構造が少しずつ変化し、ときに急激に変化する(不連続変化)という特徴があります。B型でも同じような変化が起こりますが、A型ほどではなく、流行の程度もA型のほうが強いのです。

 この不連続変化によって新型ウイルスが登場すると、インフルエンザは大流行します。一九一八年から一九年にかけては「スペインかぜ」として世界的に大流行し二五〇〇万人が死亡しました。戦後の日本では、四七年のイタリアかぜ、五七年のアジアかぜ、六八年の香港かぜ、七七年のソ連かぜなど、ほぼ十年周期で流行しています。最近では、八九年に一〇七万人、九二年に八七万人のインフルエンザ患者が出ています。

 国立予防衛生研究所によると、この冬流行の兆しが表れているのは、A香港型、Aソ連型、B型の三種類。二種類のインフルエンザが同時に流行することは珍しくありませんが、三種類というのはあまり例がありません。一度インフルエンザにかかって治っても、別の型のインフルエンザにかかることがありますから、注意が必要です。昨シーズンは患者数が七・五万人と大変少なかったのですが、今シーズンは四〇〜五〇万人以上にのぼる見込みです。

インフルエンザの症状は?

Questionインフルエンザの症状を
教えてください。

Answerまず、急の発熱、頭痛、悪寒、だるさ、せき、鼻水などで始まります。やがて筋肉痛、衰弱、食欲不振などが起こり、ときに嘔吐もみられます。初期には、顔面の紅潮、目の結膜の充血、咽頭の充血などを生じます。インフルエンザの始まりは、いわゆるかぜと区別しにくく、確実にインフルエンザと診断するには血清の抗体価検査(ウイルスに反応して血の中にできる抗体の量を調べる)が必要です。

 インフルエンザの熱は、ふつう三〜四日で下がり、せき以外の症状も軽くなって、たんが出るようになります。熱が下がっても数日は元気が出ません。その他の症状として、まぶしさを感じたり、眼痛、めまい、不眠などのほか、子供では鼻血がみられることがあります。

 インフルエンザそのものは、死に至るようなことはまれで、自然に治ります。ただし、気管炎、気管支炎、中耳炎、肺炎などの合併症を引き起こしやすいので、注意が必要です。とくに抵抗力の弱い幼児や高齢者、他の病気やけがなどで衰弱している人は気をつけてください。

暖かくして寝るのが一番

Questionインフルエンザの治療法は、
どういうものですか?

Answer実は、インフルエンザに特効薬はありません。かつて、ABOBという薬が使われたことがありますが、現在ではまったく使っていません。アメリカでは、A型インフルエンザに対してアマンタジンという薬が使われているようですが、日本では使っていません。インフルエンザだけではなく、かぜも、はしかも、ウイルスが引き起こす病気に効く薬──ウイルスを直接やっつける薬は、いまのところ存在しないのです。ペニシリンやストレプトマイシンといった抗生物質が効くのは、細菌(細菌が引き起こす病気)だけです。

 したがって、インフルエンザやかぜにかかったら、まず安静にすること。「かぜは三日寝て治せ」といいますが、暖かくして寝ていることが一番です。そして、体に備わっている抵抗力によって自然に治るのを待つわけです。食事は高エネルギーのものを少なめに取ります。温かく柔らかいものがよく、卵酒も暖かくして眠るためにはよいでしょう。仕事や学校は、熱がある間は休んだほうが無難です。また、感染性が強いので、患者は赤ちゃんやお年寄りには近づかないことです。

 あとは、対症療法(病気の原因はそのままに痛みなどの症状だけを和らげる治療法)しかありません。頭痛、発熱、筋肉痛などには解熱鎮痛剤を、鼻水には抗ヒスタミン剤を、せきや喉の痛みにはうがいをという具合です。ただし、インフルエンザに解熱鎮痛剤のアスピリンを使うと、ライ症候群という重大な病気を引き起こすと強く疑われています。アスピリンは熱を抑えると同時に抵抗力を弱めてしまうという意見もあり、インフルエンザには使うべきではありません。

 合併症が起こった場合には抗生物質が用いられます。気管支炎や中耳炎などは、インフルエンザウイルスに侵された気道粘膜に他の細菌が取りついて起こるので、抗生物質が効きます。かつてインフルエンザで多数の死亡者が出たのは抗生物質がなかったからで、現在では致命的な合併症はまずみられません。三〜四日たっても熱が引かない、症状も軽くならないという場合は、合併症や他の病気を疑って医者に行くべきです。

どう予防するか?

Questionインフルエンザを予防するには、
どうしたらよいのですか?

Answerかぜや、その他の感染症と同じく、インフルエンザは、抵抗力の弱い幼児や高齢者がかかりやすい病気です。また、睡眠不足や疲労、二日酔い、食事の不摂生などがあると感染しやすくなります。ですから、予防の第一は、食事を規則正しく取り、十分な睡眠を取ることでしょう。そして、外から帰ったらうがいを励行すべきです。また、ふだんから皮膚を鍛える乾布摩擦や水泳をするのもよいと思います。

 もっとも、規則正しく元気に生活していてもインフルエンザにかかるときはかかるので、絶対という予防法はありません。なお、マスクは予防には無効とされています。

 インフルエンザには、予防接種という予防法もあります。しかし、インフルエンザは、はしかなどと違って流行するウイルスの型が変わるため、適合するワクチンを接種することが難しいのです。しかも、驚くべきことにインフルエンザの予防接種が有効だという証拠がどこにも存在しません。さらに、発熱や吐き気といった副作用が多いことだけは、はっきりしています。そこで、これまで三歳から一八歳までの幼児・学童・生徒を対象に、幼稚園や学校で強制的に行われていたインフルエンザの予防接種は、九四年一〇月から取り止めとなりました。希望者は医師に相談すれば受けられますが、はっきりいって全然お勧めできません。

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