●初出:月刊『潮』1995年12月号「市民講座」●執筆:坂本 衛
伊豆半島東方沖で群発地震が続きました。
どんな状況だったか教えてください。
はい。気象庁は、一九九五年九月十二日、静岡県伊豆半島東方沖を震源とする群発地震が十一日の朝から始まったと発表しました。
十一日午前七時から翌日午後九時までの観測によると、地震の回数は一八六回。規模は最大でもマグニチュード(M)2・6で、すべて普通の人には感じられない無感地震でした。一方、東伊豆町に置かれた地殻の体積ひずみ計は、十日ころから縮みの変化を示し始めました。この変化は、過去の群発地震の際にもみられたものです。微小地震の回数は、その後いったん激減し、十三日は午後四時までに二回しか記録されていません。
しかし、数日間の小康状態の後、十八日午後になって再び活発化。十八日正午から午後九時までに一七六回の地震を数えました。いずれも無感地震です。その後は回数も減り、群発地震は終息したかのように思われました。ところが地震は、九月二十九日の朝から、またまた活発化したのです。
九月末からの群発地震では、
震源が移動したようですね。
その通りです。九月十一日から始まった地震の震源は、伊東市川奈崎の東方沖合、東西約五キロメートル、南北約三キロメートルの範囲に集中していました。九月末から始まった地震の震源は、伊東市汐吹崎沖で、以前の震源より四〜五キロメートル北西、やや陸地よりです。
一方、地震の規模はより大きくなり、回数も増えました。二十九日は、熱海市網代や伊豆大島の津倍付《つばいつき》などで、震度1〜2の有感地震を十四回観測。無感地震も含めると合計一六二六回の地震を記録しました。十月三日の午後五時まででは実に六二六〇回を数え、うち有感地震は一〇〇回。十月一日にM4・8、伊東や網代で震度4(中震)を観測したほか、震度2〜3の地震がしばらく続きました。
気象庁は、十月四日、一連の群発地震で火山性微動と思われる揺れを観測したと発表。ただし、振幅がきわめて小さく回数も少ないため、ただちに噴火につながるとは考えられないとしました。
十月五日からは小康状態に入り、群発地震は終息にむかい始めました。けれども六日、伊豆半島から約五五キロメートル離れた神津島で、震度5の強震が発生。伊豆半島東方沖との関連が議論されました。距離が遠く直接の関係はないという説と、このあたり一帯の地震活動が活発化しているのだから関係ありとすべきだという説があり、結論は出ていません
被害の程度は
どうでしたか?
十月一日の地震では、JR伊東線(熱海〜伊東)が線路の点検のため一時間半ほど運転を停止したほか、水道管からの水漏れ、壁のタイル落下といった被害が出ました。
しかしいっそう深刻なのは、伊東や熱海の主要産業である観光への影響です。伊東温泉旅館協同組合によると、群発地震の影響で宿泊予約客のうち二〜三割がキャンセルを申し出たそうです。観光客が減ると、土産物店や鉄道・バス・タクシーなどの売り上げも減ります。魚市場の価格も下がり、漁業にも影響が出ます。
また、地震のたびに身構え、もっと大きな揺れが来るのではと心配する人々は、精神的にも肉体的にも、金額に換算できない大きな被害を受けました。人間だけではなく、犬や猫などのペットが体調を崩したという話もあります。
伊豆半島東方沖の群発地震は、
どのような仕組みで発生したのですか?
伊豆半島東方沖は、日本列島のいたるところにある「地震の巣」の一つです。この付近では、一九七八年から群発地震が断続的に起こっており、八九年の群発地震では、海底火山(手丘海丘)が噴火しています。九三年にも群発地震が起こるなど、ここ十数年で三十回近い群発地震が起こっているのです。
プレートテクトニクスと呼ばれる地球物理学理論によると、地球表面はいくつかの巨大な岩盤(プレート)でおおわれ、この岩盤は年数センチメートルという速度でゆっくり移動しています。伊豆半島東方沖では、北西方向に動くフィリピン海プレートという岩盤が、陸側のプレートの下に沈み込んでいるのです。
このような場所では、引っ張る力や圧縮する力が作用して地震が頻繁《ひんぱん》に起こります。また、地下のマグマが、地震でできた地中の裂け目を通って上昇し、マグマだまりをつくります。そこからさらにマグマが上昇して地表に吹き出せば、噴火が起こり火山ができます。こうしたマグマの動きも地震としてとらえられます。
今回の群発地震も、以上のような仕組みで起こったと考えられています。ただし、気象庁が発表した火山性微動にはやや疑問が残ります。火山性微動は、マグマやガスの動きや流れを表わす揺れで、ふつうの地震とは波形が異なり、周期も長いのです。火山性微動が強まると、マグマが地表寸前まで上がってきて、いよいよ噴火する前兆になります。
しかし、今回、気象庁が観測したと発表した火山性微動は、東大地震研究所の分析では「雑音の可能性が強い」というのです。マグマが上昇してきていることは確かだが、火山性微動としてとらえるまでには至らないというのが、東大地震研の判断です。
今年は阪神大震災がありましたし、先日もメキシコの地震で
津波注意報が出るなど、心配です。これからどうなるでしょうか?
まず、伊豆半島東方沖の群発地震については、ひとまず終息したと考えてよいでしょう。もちろん、今回のものが一段落したということであり、同じような群発地震は、今後も起こる可能性が強いと思います。場合によっては、海底火山の噴火なども起こりえます。ただし、噴火の場合はハッキリした前兆がありますから、けっして恐れる必要はありません。避難する時間は十分あります。
むしろ、警戒すべきは、いつかは起こるだろうと思われている東海地震や神奈川県西部地震だと思います。日本列島でここ数年起こっている巨大地震の頻度が、残っている限りの過去の記録と比べて、かなり高くなっていることは間違いありません。フィリピン海プレートが関係する地震の頻度も大変高くなっています。専門家の見解を総合すると、東海地震や神奈川県西部地震の警戒信号は、すでに黄色から赤へ変わったというべきでしょう。
最近の大地震を調べると、ほとんどの場合、専門家が「あそこは空白域だから危ない」と事前に指摘しています。阪神大震災も例外ではありません。長い空白が続いている南関東直下型地震への警戒も怠ってはならないでしょう。どの家庭でも、柱や壁の補強、家具の固定、非常持出袋の準備、飲料水や食糧の備蓄、消火器の設置を必ず行ってください。
そうした地震は、
予知できないのですか?
東海地震については、何日か前に警戒宣言が出される可能性がありますが、南関東直下型は、現行システムでは予知できないでしょう。
現在の科学水準では、何月何日何時にどこでどの程度の地震が起こるという予知は、まったく不可能です。ですから、そのような噂を耳にしたら、根も葉もない悪質なデマと考えてかまいません。
しかし、予知の可能性がまったくないわけではありません。たとえば、阪神大震災の直前には震源付近で、いま思えば巨大地震の前兆だったという小さな地震が、連続して起こっています。また、巨大地震の前には地下で岩石の破壊が起こるので、これによって発生する電磁波をとらえれば、予知の可能性があります。国や自治体は、こうした分野に、もっと予算と人を注ぎ込むべきだと思います。
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