更新:2008年8月16日
現代キーワードQ&A事典の表紙へ

異常気象

●初出:月刊『潮』1993年10月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

四〇年ぶりの冷たい夏

Question一九九三年の夏は雨が続き気温も上がりませんでしたね。
ニュースで「異常気象」という言葉を耳にしましたが、どういうことですか?

Answerはい。九三年の日本の夏は、たしかに「異常」とか「異変」という言葉を使いたくなるような出来事が頻発しています。

 たとえば、七月下旬に台風が三つ続けて上陸しましたが、これは五〇年ぶりのこと。七月の平均気温も北日本、東日本の太平洋側を中心に五月中旬並みの低温となり、岩手県大船渡では観測史上最低の一七・六度を記録。月間日照時間も熊谷で五〇・六時間と、平年の四割に満たない史上最少を記録しました。

 一方、降水量は関東や西日本の太平洋側で軒並み平年の二〜三倍となり、枕崎では平年の四倍の九七九ミリと観測史上最大を記録。八月六日に鹿児島に降った雨量は二五九・五ミリで、わずか一日で平年八月の雨量二一三・一ミリを突破しました。また、東北地方の梅雨明けは八月中旬で、長梅雨は南部で七一日間、北部で七二日間続き、いずれも史上最長。八月に入って東京地方に低温注意報が出たのも初めてのことでした。東京では、日中最高気温三〇度以上の真夏日が七月は五日、八月は二十日現在で四日と、それぞれ平年の一四・一日、二一・八日を大きく下まわっています。

 ところで気象庁では、気温や降水量などが、過去三〇年以上にわたって観測されないほど著しく高いか低い場合に「異常気象」と呼んでいます。五〇年ぶりとか、観測史上最低、最少といった記録が相次いだことから、七月の日本の気象は異常気象だったと考えてよいでしょう。気象庁は、今年の夏は一九五四年に匹敵する約四〇年ぶりの冷夏であると発表しています。

 そして、この異常気象は、実は世界的な現象なのです。アメリカでは中西部のミシシッピ、ミズーリ川流域が大洪水に見舞われました。カナダは冷夏、ヨーロッパでも例年になく大西洋からの低気圧の進入が見られ低温続き。中国も長雨で洪水が発生し、アルゼンチンも洪水に襲われています。

偏西風の大蛇行が原因

Question四〇年ぶりの冷夏という異常気象を
招いた原因は、なんですか?

Answer異常気象の原因はいくつか挙げられていますが、主な原因は「偏西風の蛇行」と考えられます。偏西風というのは、赤道や極地方を除いた中緯度地域で西から東に向かって吹く帯状の風のこと。天気が西から東に変わっていくのは偏西風のせいです。また、ジェット気流という言葉を聞かれたことがあると思いますが、これは偏西風帯の中でとくに強く吹いている気流をいいます。

 さて、北極方向から地球を見ると、偏西風は左回りのリング状に吹いているわけですが、今年の夏は目立って蛇行し、リングに歪みができました。とくに日本付近では偏西風が南に大きく蛇行したうえ、南北二つの流れに分かれました。この二つの偏西風の流れに挟まれた形になって、日本の北に冷たく湿ったオホーツク海高気圧が停滞。同時に、例年ならばオホーツク海高気圧を北に押しやって日本の上に張り出す太平洋高気圧が、今年は未発達で日本列島まで届きませんでした。その結果、高気圧の谷間にできる前線が日本付近に停滞し、長梅雨や豪雨、低温を招いたのです。

 赤道の北の太平洋上──北緯一〇度〜二〇度のミクロネシアやフィリピン海東部で発生する台風は、太平洋高気圧のへり(西側の境界)に沿って北上します。そして例年ならば、日本付近に太平洋高気圧が発達しているため、七月に台風が上陸することはまずありません。しかし今年は、高気圧のへりが、高気圧に覆われているはずの沖縄あたりに位置し、台風がこれに沿って北上。四国や九州に上陸する結果となりました。

 アメリカ中西部でも偏西風が南に膨らむように蛇行して寒気が南下。同時に東部では高気圧が発達してメキシコ湾から湿った暖気が北上し、両者がぶつかって記録的な大雨をもたらしました。一方、偏西風が例年より北寄りになっているアラスカでは高温が続いています。このように偏西風の蛇行は世界的な現象なのです。

エルニーニョも影響

Question偏西風のほかに、
どんな原因が考えられるでしょうか?

Answerエルニーニョ現象も、異常気象の原因のひとつではないかと考えられます。南米大陸の西岸、ペルー沖の海域は、ふだんは深海から昇ってくる栄養分に富んだ冷たい海水で満たされています。しかし数年に一度、赤道付近から暖かい水が流れ込み、水温が上昇することがあります。これがエルニーニョ現象で、世界有数の漁場であるペルー沖の漁獲高が激減するなど大きな影響をもたらします。赤道の南北両側で東から西に吹く貿易風が弱まって発生するといわれています。「エルニーニョ」はスペイン語で幼子(キリスト)を意味し、クリスマス頃に始まることが多いので、そう呼ばれるのです。

 エルニーニョでは、太平洋の東海域の水温が上昇しますが、この現象が起こると西太平洋では逆に水温が低下します。すると、西太平洋上でエネルギーを蓄え成長する太平洋高気圧は、十分に発達できなくなります。これが、太平洋高気圧が日本まで張り出さない原因というわけです。もっとも、今回のエルニーニョは、これまでとはちょっと変わっています。というのは、エルニーニョは数年に一度、短くても終息から二年程度間隔があって起こるといわれており、前回のエルニーニョは九二年九月に終わったばかりだからです。

 また、エルニーニョの原因とされる貿易風の弱まりはなぜ起こったか、世界的な偏西風の蛇行はどうして始まったかという異常気象の「原因の原因」については、よくわかっていません。偏西風やエルニーニョのほかに、フィリピンのピナトゥボ火山噴火(九一年)の影響や、CO2増加による地球温暖化の影響をいう人もいます。こうしたさまざまな現象が重なり合い、複合要因となっている可能性もあります。

日本経済に与える影響は?

Questionこの冷夏が
経済に及ぼす影響が心配です。

Answerそうですね。四〇年ぶりの冷夏で大きな打撃を受けたのは、まず海水浴場、海の家、遊園地のプールなど。片瀬江ノ島の人出は八月中旬までに約九〇万人と昨年の半分以下。滑り台つきプールが売り物の東京・としまえんでは、七月の入場者数が一八万三〇〇〇人とやはり昨年の半分以下でした。

 ビアホールは閑古鳥《かんこどり》が鳴き、ホテルのビール飲み放題フェアも全滅状態。ビール業界大手四社の七月の出荷量は六〇五九万ケースで前年同月比五%減。清涼飲料水、アイスクリーム、氷業界なども冷夏に泣き、夏物衣料も惨敗に終わりました。夏の大型商品のエアコンも、九一冷凍年度に過去最高の六九〇万台売れていたのが、今年の九三冷凍年度(九二年一〇月〜九三年九月)はよくて五五〇万台程度の見込み。家電メーカーは不況と円高に加えて、冷夏で足を引っ張られ散々です。秋葉原あたりでは、エアコンの売れ行きが昨年に比べて三〜四割減という家電量販店もあり、在庫過剰と資金繰り悪化で冬のボーナス商戦の仕入れにまで影響が出そうな雲行きです。

 野菜も不作で、スーパーでもキャベツ一個三九八円、キュウリ三本一九八円など九二年の二〜三倍。首都圏にキャベツを供給する群馬県嬬恋村、トマトやキュウリを供給する福島県などでの出荷量は、軒並み昨年の三分の二程度。ブドウ、ナシ、カキなど果物の出来も悪く、日照不足で甘みが少ないうえに、雨をかぶって日持ちがしないようです。さらに心配なのが米。低温と日照不足で作柄が悪く、イモチ病も発生。前回の凶作は一九八〇年でしたが、これに近づくという予想もあります。政府在庫米が減って米の緊急輸入の可能性すら出てきたという声もささやかれています。

 一方、冷夏が天の恵みとなったのがマツタケ。低温とジメジメした気候で大量発生し、産地では昨年の一〇倍は取れたという声もあります。もっとも、消費者の手に渡る価格は一〇分の一とまではいきませんが。そのほか冷夏がプラスだったのは、電力不足の心配がなくなった電力業界と、海水浴場の代わりに客を集めた映画館くらいなものでしょう。いずれにせよ、冷夏によるマイナスのほうがはるかに大きいことはたしか。秋の訪れは例年より早そうですが、それまでに少しでも暑くなってほしいものです。

「現代キーワードQ&A事典」サイト内の文章に関するすべての権利は、執筆者・坂本 衛が有しています。
引用するときは、初出の誌名・年月号およびサイト名を必ず明記してください。
Copyright © 1993-2015 Mamoru SAKAMOTO All rights reserved.

Valid CSS! Valid XHTML 1.0! Another HTML-lint がんばりましょう! 月刊「潮」 坂本 衛 すべてを疑え!!

現代キーワードQ&A事典の表紙へ
inserted by FC2 system