更新:2008年8月6日
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公的介護保険

●初出:月刊『潮』1996年11月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question公的介護保険の導入が検討されていますね。
まず、背景から教えてください。

Answer「高齢化社会」という言葉がありますが、日本はすでに「化」の文字がはずれ、文字通り「高齢社会」に突入しています。六十五歳以上人口が全人口に占める割合を「高齢化率」といいます。日本の高齢化率は二〇〇〇年に一七%、二〇二五年には二六%に達すると予測されています。女性八十二・九歳、男性七十六・六歳の平均寿命はいまも世界一。来世紀はじめには高齢化率も世界一になることが確実です。

 しかも、日本の高齢化は世界に例のない猛烈なスピードで進んでいます。高齢化率が七%から一四%になるまでに、欧米諸国は七十〜八十年から百年以上かかりましたが、日本はたった二十四年。この国では、さまざまな老人問題が対応策を準備する余裕のないまま噴出しています。その一つが老人介護の問題です。 高齢者が増えると、寝たきりや痴呆の老人が増えます。高齢者のおよそ五%が寝たきりになるといわれ、痴呆や虚弱な人を含めると高齢者の十人に一人が日常的な介護を必要とすると考えられます。しかし、少子化や核家族化、都市への人口集中、働く女性の増加、ライフスタイルの変化などの影響もあって、十分な介護が行われていません。

 「長男の嫁」など一部の人に過剰な介護が押しつけられたり、介護する人がいないため長期入院を続ける「社会的入院」の経費が老人医療費(一九九五年度は八・五兆円)の何割かを占めることも、大きな社会問題となっています。高齢社会が本格化すれば、こうした問題がますます深刻になることは目に見えています。

 そこで、老人介護にも健康保険のような社会保険制度を導入し、高齢者を社会全体でケアすべきだという検討が始まったわけです。導入を進める厚生省は、とくに在宅介護サービスを強化し、「社会的入院」の老人を家庭に戻して、医療費の削減を狙っています。

最終報告では調整つかず

Question公的介護保険は、
どのようなシステムになるのですか?

Answer公的介護保険のあり方を検討してきた「老人保健福祉審議会」(会長・鳥居泰彦慶応義塾大学塾長。厚生大臣の諮問機関で老健審と略)は、一九九六年四月、最終報告を菅直人厚相に提出しました。

 もっともこの最終報告、いくつかの重要な問題で話し合いがつかず、両論や複数案を併記するという、たいへん中途半端な報告でした。しかし、かえって問題の所在を浮き彫りにした報告書となっていますので、これをもとに公的介護保険の仕組みを紹介していきましょう。

 まず、保険の対象となるのは、原則として六十五歳以上の高齢者です。この年齢で寝たきりや痴呆になると、「要介護認定機関」で認定を受け、認定された程度に応じてサービスが受けられます。サービスはまったく無料というわけではなく、本人負担を一割とします。

 実際にサービスを行う保険者は、市町村が主体になる案と、国が主体になる案が、両論併記されました。住民と直結したキメ細かいサービスをするには市町村が望ましいのですが、財政難や地域格差を心配する市町村の声が強く、結論が出ませんでした。

 次に誰が保険料を支払うかですが、給付金の二分の一を国と自治体が公費で負担します。残り二分の一を、六十五歳以上の高齢者(被保険者)が支払う保険料と、二十歳以上が支払う負担金でまかないます。若年者の負担は、四十歳から求めるとの意見もありました。

 保険料の設定は、定額とし低所得者に軽減措置を講じる案、所得別に額を決める案、定額保険料に所得差による保険料を上乗せする案が併記されました。なお、事業主(企業)については、法律で負担を求める案が有力ですが、労使の話し合いにゆだねるべきだという意見もありました。

個別にケアプランを作成

Question給付される介護サービスは、
どのような内容ですか?

Answerたとえば、寝たきり老人の場合は、ホームヘルパー(泊まりで付き添い)、デイサービス(昼間施設に通う)、リハビリ、ショートステイ(施設に短期宿泊)、訪問看護、福祉用具の貸与のほか、二十四時間巡回サービスといったメニューが用意されています。

 こうしたサービスを現金に換算すると、寝返りのうてない寝たきり老人が、体の弱い配偶者と二人で暮らしているというような最重度の場合で月額二九〜二六万円。以下、重度が二五〜一八万円、中軽度一五〜一三万円、痴呆二〇万円、虚弱五万円程度となります。この金額の一割を本人が負担すれば、程度に応じたサービスを受けられます。ただし、施設の食費などは介護保険からは出ません。

 要介護と認定されると、医師やソーシャルワーカーなどが、本人の症状や希望、家族の状況や希望などを考え合わせて、個別にケアプランをつくります。施設に入るか在宅で介護するかも、本人や家族の状況と、周辺施設の定員などを勘案して決めるという仕組みです。

 なお、「祖父は重度と認定されたが納得できない。最重度ではないか」というようなケースは、自治体に「不服審査機関」が設置されますから、これに訴えて再審査してもらいます。

Question「年老いた親を家で介護したい。施設に入れずに家族が介護するのだから、介護保険から現金が給付されればありがたい」という人が少なくないのでは、と思うのですが。

Answerこれも審議会では結論が出ませんでした。家族介護への現金給付に対して消極的な論は、現金を支給すると女性が介護に拘束されがちになる、介護の質の確保が難しい、介護サービスの拡大が遅れるといった理由で、現物支給(サービス提供)に限るべきだとしています。

 一方、積極的な論では、家で家族に介護してほしいと希望する高齢者が多い、介護に必要な家計の支出は無視できないほど大きい、施設整備の遅れでサービスが受けられない場合は見返りとして現金を支給すべきであるなどの理由を掲げています。

もっと国民的な議論を

Question公的介護保険の検討は、
今後どのように進むでしょうか?

Answer老健審の報告を見ても、公的介護保険には問題が山積していることがおわかりいただけたと思います。とりわけ問題なのは、こうした議論が、国民的なレベルでオープンになされたとは、とてもいえないことでしょう。

 厚生省は、これだけ意見のまとまらない公的介護保険を、法案として「住専国会」に提出しようと画策。「最終報告」が出たのは九六年四月二十二日ですが、翌五月の連休明けには与党福祉プロジェクトチームの「サービスの給付対象、保険料の負担対象とも四十歳以上。保険者は市町村と都道府県。家族介護への現金給付は行わない」という方針をあっさり受け入れました。

 六十五歳以上でやっと給付が始まり、二十歳から負担する制度など、とても国民の納得を得られないというわけです。それはそうですが、若年者の負担を二十歳以上から四十歳以上とすれば、負担者の数が四割近く減ってしまい、保険料の総額もそれだけ減少します。また「世代間が連帯し、国民全体で高齢者を支える」という理念も崩れてしまいます。

 結局、厚生省が基本理念を捨ててまで提出にこだわった公的介護保険法案は、六月閉幕の住専国会には上程されませんでした。総選挙を意識して見送りとなったのです。

 しかし、老人介護の問題が社会的な大問題であることには変わりありません。目先の選挙への影響がどうなどと、政争の具にしている場合ではないのです。もっと国民的な議論を積み重ね、国民全体が負担を分かち合う制度を築き上げなければならないでしょう。

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