更新:2008年8月16日
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計量法改正

●初出:月刊『潮』1992年3月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

計量法の意義

Question近く計量法が改正され、長さの単位のミクロンや熱量の単位のカロリーが
使われなくなるという話を聞きました。どういうことですか?

Answerはい。まず計量法について説明しておきましょう。計量法は、長さや重さを測る(計量する)ための基準を定め、適正な計量が行われる環境をつくって、経済の発展や文化の向上を目指す法律です。現行法は一九五一年に公布されました

 計量という行為は人類が物々交換を始めたときからあるわけですが、最初はその基準が部族や部落ごとにまちまちでした。しかし人びとの交易圏の拡大とともにだんだんまとまってきます。とくに中央集権国家が成立すると、”度量衡の統一”が行われるのが普通です(度量衡《どりょうこう》は、長さ・容積・重さのこと)。目的は主として租税単位の統一ですが、秦の始皇帝も、ヨーロッパのカール大帝(シャルルマーニュ)も、わが国の豊臣秀吉も、みなこれには力を注ぎました。

 近代日本でも事情は同じで、一八八五年に度量衡取締条例ができ、九一年には度量衡法が制定されました。メートル法をもとに尺貫法などを定めたもので、その後の科学技術の発展を背景に温度、密度、圧力の計量も追加されています。現行法はこの度量衡法の流れをくむ法律で、長さ、質量、時間、電流、温度、光度などの計量単位を、国際単位系(これについては後述します)に準じて定めてあります。法に決められていない単位による取引や証明は禁じられているのです。また、計量器の製造販売の取り締まりや規制、計量器の検査などについて定めが置かれています。

国際単位系とは?

Questionその計量法が
どう改正されるのですか?

Answer改正のポイントは二つあります。第一は、いま触れた「国際単位系に準じて」という部分を一歩進めて国際単位系への移行を急ぐこと。第二は計量器に関する諸規制の見直し。改正法は次期通常国会で成立する見込みです。第一のポイントから説明しましょう。

 国際単位系とは、メートル条約のすべての締結国が採用できる唯一の実用的な計量単位系として、一九六〇年にパリの国際度量衡総会で採択された単位系(系はある原理に基づいて体系づけられた全体、システムという意味)のこと。フランス語ではsyste`me International d'unite'sでSIと略します。英語ではinternational system of unitsです。

 どういうものかというと、まず互いに独立した概念として認められる七つの物理量──長さ、質量、時間、電流、熱力学温度、物質量、光度について単位の名称と記号をあたえ、大きさを定義します。これらを基本単位といいます。たとえば長さの基本単位はメートルで記号はm。質量の基本単位はキログラムで記号はkgです(重量や重さとは別。同じ物体でも地球での重量と月での重量は違いますが、質量は変わりません)。次に、物理的な定義式などによって基本単位を組み合わせてできる単位のうち特別なものにも名称と記号をあたえ、これを組合単位(組み合わせ単位、または組立単位/組み立て単位)と呼びます。

 一例をあげると物理学では「力=質量×加速度」という式が成立します。そこで力の単位としてニュートン(記号はN)を導入し、「1N=1kg×1m/s2」(または1kg×1m×s−2)と定めるのです。kg、m、sは基本単位、その組み合わせでできたNは組合単位です。SIで定められている組合単位には、周波数を表すヘルツ(Hz)、圧力のパスカル(Pa)、仕事量や熱量を表すジュール(J)、照度のルクス(lx)などがあります。

重量キログラムはニュートンに

Questionなにやら頭が
痛くなってきました

Answerもう少しの辛抱です(笑)。ところで現在の計量法では、力の単位として重量キログラム(キログラム重ともいい、記号はkgwまたはkgf)を採用しています。筆者が二十年前に中学校で初めて物理学を習ったときも、力の単位はニュートンではなくキログラム重でした。これは「地球表面で質量1sの物体が受ける重力の大きさ」を表すのですが、重量という言葉と質量の単位を重ねたわかりにくい名称で、記号も統一されていません。

 しかも定義に地球の重力という、もともと場所によって異なるはずの量を、一定とみなして使っています。「馬一頭が出す力を一馬力という」との定義よりは厳密ですが、「1N=1kg×1m/s2」の明快さには遠く及びません。重量キログラムは材料の強度を調べるときに加える力の単位として使われていますが、これを削除しニュートンを導入しようというのが、今回の改正の方向です。

 同様に熱量や仕事の単位にカロリー(記号はcal)があります。これは十九世紀半ばから使われている単位で、「0・001kgの水の温度を1度上昇させるのに必要な熱量を1カロリーという」のです。しかしこの定義では、温度や気圧によって一単位の大きさが微妙に異なってしまいます。一方SIの熱量の単位はジュール(記号はJ)で、これは「1J=1N×1m」という式で求められますからシンプルで、しかも厳密です。改正計量法ではカロリーを削ってジュールにします。

 なお、栄養学でいうカロリーは右のカロリーの1000倍(キロカロリー)をいい、記号はCalです。この単位は糖尿病患者の食事管理で「1日△カロリーまで」と使ったり、「豆腐100グラムで×カロリー」などという表現が広く浸透しています。これをジュールと言い換えてもメリットはなく、混乱が生じるだけですから、栄養学のカロリーはこれまで通り存続します。

計量器の検定制度も見直し

Question計量法改正の二つめの
ポイントを教えてください。

Answer現在の制度ですと、計量器は原則として都道府県などの検定を受けることが義務付けられています。そのやり方は一品ごとにチェックする「毎個検定制度」で、毎年三千数百万個の計量器が検定を受けているといわれます。しかしこの方式には問題もあります。

 この制度では、なんといっても検定に膨大な手間がかかります。また海外で一度検定に合格した外国製の計量器でも日本で販売するときは検定し直すことになります。それだけ販売までに時間や手間がかかり、海外からは一種の非関税障壁だと批判されかねません。さらに個々の計量器の目盛り誤差が許容範囲内であれば承認されるわけですから、製品の構造や耐久性に問題があるとしても検定を通ってしまう可能性があります。

 そこで改正計量法では、一定の製造・品質管理能力があると認められたメーカーが作った計量器については個々の製品の検定を免除する「型式検定制度」を導入します。これが改正の第二のポイントです。ただしメーカー格差が広がるという懸念もあり、中小企業に対する技術指導などの対策が必要です。

移行には猶予期間も

Question尺貫法がなくなってメートル法の物差ししか手にはいらなくなり、大工さんが困ったという話を聞いたことがあります。混乱はありませんか?

Answer混乱が生じないよう、移行に際しては猶予期間が設定されます。たとえば重量キログラムをジュールに変えるには七年、圧力のパスカルを導入するには同じく七年、長さの単位のミクロンをやめマイクロメートルとするのには五年という具合です。

 これらの単位は、工場や研究所では使われていますが、尺貫法ほど生活に馴染んだものではありません。1ミクロンは100万分の1メートルですが、こんな小さな単位は家庭では使いませんからね。つまり技術者や研究者など、数や方程式や単位をあつかってもあまり「頭が痛くならない」人たちが、時間をかけてゆっくり変えていくわけですから、混乱を心配する必要はないと思います。学校教育の現場でも、SIを使ったほうが先生は楽だし、生徒の理解も早いはずです。使いやすく国際的にも統一されているSIへの移行は全世界の趨勢なのです。

 一部の業界は、その業界だけで通用する伝統的な計量単位を持っています。たとえば真珠業界は「もんめ」(1もんめ=3・75グラム)という単位を使っており、これは国際的にも通用しています。今回の計量法改正は、こうした単位をすべてやめSIに統一することを強制するというものではありません。一般に使われているカロリーと同様に、もんめの存続も認められます。

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