更新:2006年9月30日
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企業買収

●初出:月刊『潮』2006年1月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

株式を取得し経営支配

Question企業買収のニュースをよく見聞きします。
どういうことですか?

Answerまず、多くの企業が採用している「株式会社」の仕組みを説明してから、企業買収について解説することにしましょう。

 株式会社は、会社が株式(株、株券)を発行し、株主がこれを買って会社に出資する仕組みです。会社は、大衆投資家を株主として、社会全体から広く大規模な資本(おカネ)を調達できます。株式を売買する市場が証券市場で、会社が成長し、証券取引所の審査をパスして、市場で株式売買が始まることを「株式公開」「上場」などといいます。

 上場会社の株式は、おカネがある程度(数十万円以上が一般的)あれば誰でも証券会社を通じて購入できます。業績がよく今後も成長が見込めそうな会社の株式は、ほしい人が多いので値上がりし、業績がパッとしない会社の株式は、手放したい人が多いので値下がりします。会社は株主に対して、業績と保有株数に応じた配当金を支払います。

 ところで、会社の元手である資本金を株式を持つ株主が出しているわけですから、法律的には「株式会社は株主のもの」です。実際、株式会社の最高の意思決定機関は株主総会で、これが会社の経営責任者である代表取締役を選任します。株主総会の議決権は、各株主が持つ株式の数(1000株や10万株という数)に応じて票数が決まるのです。

 ということは、ある株主が株式の過半数を持っていれば、自分の意に沿った経営陣を送り込み、その会社の経営権を握ることができます。つまり、証券市場での株式売買によって、株式会社を実質的に手に入れることができるのです。これが「企業買収」の典型的なやり方です。

 買収する側は、対象企業の株式の過半数を取得するか、そこまではいかないにせよ、株主総会でとくに重要な案件である合併、役員解任、営業譲渡などの特別決議を拒否できる3分の1超の株式取得を目指すことになります。

市場外で買うときはTOB

Question企業買収するとき、
株式は証券市場を通じて買うのですか?

Answer普通は証券市場を通じて買います。大株主と交渉するなどして証券市場を通さずに買うこともできますが、証券取引法は証券取引所の売買以外での株式買い付けは原則として公開買い付けによらなければならないと定めています(ただし株数の5%以内の取得であれば適用除外)。

 「株式公開買い付け」は「TOB」(Take-over Bid)ともいい、買い付け目的、価格、予定株数、期間などを公告する制度。具体的には、12月×日から×日まで、一株800円、取得予定株数2000万株などと新聞で告知し、応募してきた人びとの株を買います。これらの情報が明らかにされないまま証券市場外で大量の株式が売買されると、多くの株主の利益が損なわれ市場の信頼性が揺らぎかねないことから、この制度が設けられています。

 証券市場で株式を買い集めたり、TOBを準備しているらしいという話が伝わったりすると、買われる会社の株式が値上がりしてしまい、買収する側の採算が取れなくなることもよくあります。

 企業買収には、買収される側の会社も望んで協力する「友好的買収」と、買収される側の会社が望まずに抵抗する「敵対的買収」とがあります。TOBは、友好的・敵対的買収のどちらの場合でも使われます。

 なお、会社を手に入れる方法は、企業買収だけとは限りません。A社がB社を手に入れたいとき、話し合いによってA社とB社が「合併」し、存続会社をA社とするやり方もあります。新規事業への参入や得意分野の強化を狙って大きな会社が小さな会社を合併する「吸収合併」の結果は、買収した場合とさほど変わりません。そこで、合併と買収は「M&A」(Merger and Acquisition=企業合併・買収)とひとくくりに表現されることもあります。

 B社の株主が持っている全株式を(同額の)A社の株式と交換する「株式交換」という方法もあります。これまでB社の株主だった人はA社の株主となり、A社はB社の全株式を持つ(B社を完全な子会社とする)わけです。A社は、現金を用意しなくても自社株を発行することで、B社を買収したの同じ結果が得られます。

増加するM&A

Question企業買収は、増えているのですか?
増えているならば、その理由は?

Answerこれまで日本では、終身雇用や年功序列をはじめ、従業員を家族のように扱い、系列やグループ企業を重視する「日本的経営」が重視されてきました。一方、会社を物のように売買する企業買収は敬遠され、「企業買収=企業乗っ取り」というイメージで語られることが少なくありませんでした。

 しかし、バブル経済の崩壊と同時にグローバル化の波にさらされた企業は、倒産に追い込まれたりリストラを余儀なくされるなど、日本的経営の見直しに迫られました。そのなかでM&A(合併・買収)が経営戦略の一環として定着してきたのです。

 野村證券経営調査部のまとめによると、日本企業に関わるM&Aの総件数は1993年から96年まで600件台だったのが、90年代後半に目立って増加。2002年に2374件とピークを迎え、その後も年に2100件以上で推移しています。

 これは、企業間の株の持ち合い解消が進み浮動株の比率が高まった、M&Aが事業再編やグループ再編(不採算部門の売却や得意部門の強化)の手法として使われている、デフレ状況でカネ余りが続いている、世界的な低金利で投資ファンドなど海外の資金が日本市場に流入している、株式市場が低迷し企業の株価が低水準である、などが背景にあります。

 2005年に入ると、インターネット関連企業のライブドアがニッポン放送の株式を買い占めて話題を呼びました。最近では、やはりネット関連の楽天がTBSの株式を2割近くまで買い進め、事業提携を迫っています。ネット関連企業は、売上高こそテレビ局より1ケタ少ないのですが、成長率が高く、ワンマン企業で創業者が株式の大半を押さえて市場に出回る株式が少ないため、株価が高いのです。すると、株数と株価をかけ算した総和である「株式時価総額」が、極めて大きくなります。

 たとえば楽天は、年商450億円ほどの小さな企業ですが、株価が高い時期には時価総額が1兆円を超えており、これは神戸製鋼所や三菱自動車といった大企業なみの水準。時価総額が大きい企業は資金調達力が大きく、他社の株式を買う余裕が生じるため、小が大を飲み込むような企業買収が可能となるケースもありえます。

ルールや制度の整備が必要

Question企業買収についての問題点には、
どんなことがありますか?

Answerまず、日本の企業買収は過渡期で、さまざまなルールや制度の整備が必要だということです。

 たとえば敵対的買収に対する企業防衛策に「ポイズンピル」(=毒薬条項)と呼ばれる仕組みがありますが、どのような条件ならばそれが認められるのか、ハッキリしません。あまりに過剰な企業防衛策は、会社を守るというより経営陣の地位を守るだけの手段になってしまう恐れが強いのですが、どこからが過剰かという見極めもついていません。

 また、「会社は株主のもの」と声高にいう投資ファンドが、実は比較的安い株式を大々的に買い、株価が急上昇した時点で売り抜けるような手口も目立ち、証券市場にマネーゲーム的な株式の買い占めが横行する恐れもあります。企業の歴史的な成り立ちから親会社が子会社よりも小さいままで、グループが買収に対して弱いという例も見受けられます。

 企業買収をめぐっては、まだしばらくの間、試行錯誤や混乱が続くだろうと思います。

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