更新:2008年8月16日
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規制緩和

●初出:月刊『潮』1993年11月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

過剰規制の元凶は官僚制

Question「規制緩和」がニュースで盛んに取り上げられていますね。
どういうことですか?

Answerはい。日本は明治以来、強力な中央集権体制を作って近代化を進めましたが、これを支えてきたのが「官僚制」でした。近代的な官僚制の特徴は、合理的な分業体制、法律にのっとった行政執行、ピラミッド型をした階級制度など。企業や軍隊組織もそうですが、こうした合理的・効率的な組織は、何かひとつ目標を与えられると能力を最大限に発揮します。日本の官僚制にとっての目標は「欧米に追いつけ、追い越せ」で、これはどうやら数字の上では達成されたわけです。

 しかし、官僚制も人が作る組織ですから、行き過ぎが起こります。分業体制は、「省あって国なし」とか「局あって省なし」といわれる縦割りのセクショナリズムへ。法律尊重は、硬直化した法律万能主義や杓子《しゃくし》定規な先例主義へ。階級制度は、出世が最大関心事のことなかれ主義や、身内だけを守る家族主義へと変質し、弊害が目立ってきます。

 官僚制が温存し続ける過剰な公的規制も、こうした弊害のひとつ。規制や規則といったものは、もともと経済・社会活動を円滑に進めるための「手段」にすぎません。ところが、官僚のセクショナリズムや法律万能主義などによって、それ自体が「目的」であるかのようになってしまうのです。そこで、産業がまだ育たず国際化も進んでいなかった「追いつけ、追い越せ」時代には意味があっても、今ではすっかり時代遅れという規制が、いつまでも残ることになります。これを改めて、必要のない規制は廃止したり緩和しようというのが「規制緩和」です。

発展を阻害するケースも

Question廃止したり緩和したほうがいい規制とは、
どのようなものですか?

Answerいくつか典型的な事例をあげてみましょう。

 たとえば、自動車電話や携帯電話のリース制度。いまのところ自動車電話や携帯電話は、事業者がユーザーに電話端末を貸し出す方式しか認められていません。これは移動電話サービスの導入当時、電話機の小型化が不十分で価格も高かったため、売り切りでなくリース方式を採用して市場をじっくり育てようと、郵政省が考えたからです。アメリカなど海外メーカーの参入から国内メーカーを守るというねらいもありました。

 しかし、日本では携帯電話の普及が思ったように進まず、普及率はアメリカの四・四%、イギリスの二・七%に対し一・五%にとどまっています。いまでは、その最大の原因は、携帯電話機が店で自由に売られていないことだと考えられています。アメリカは八〇年代の終りから、この問題を日米経済摩擦の懸案のひとつとしてきたのです。

 あるいは、CATV(ケーブルテレビ)の規制もよく話題になります。日本では、多チャンネル化の本命ともてはやされたCATVが一向に普及せず、業者のほとんどは赤字をかかえています。CATVでは、たとえば東京・文京区のCATV局は、区域を越えてサービスしてはならないという厳格な規制があります。文京区にある視聴者の家から道一本隔てた新宿区の隣家が申し込んでもダメなのです。また、地域外の企業が経営してはならない地元事業者要件というのもあります。こうした規制がCATVの成長を阻害する原因だというのは、業界の常識。これも所管は郵政省です。

 全省庁トップの二〇〇〇件近い許認可を抱える運輸省も、過剰な規制や繁雑な行政手続きを残している省庁の典型のようにいわれています。たとえばタクシー運賃は許可制で、同一地域同一運賃の原則が厳格に貫かれ、増減車も厳しく規制されています。合理化を進めたタクシー会社が値下げしようと申請しても、必ず却下されてしまいます。

 また、JR各社は運輸省に対し、運賃と別建ての特急料金などの設定自由化、臨時ダイヤの事前届け出制廃止、車両に使う素材の基準見直しなどを求めてきました。このうち料金自由化は、独占企業のJRに認めると値上げにつながるだけという見方もあり、不要かどうか意見が分かれるところ。しかし、毎年同じ臨時電車を走らせるのにこと細かく書き込んだ分厚い届け出書が必要とか、車両の窓には安全ガラスの使用を義務づけどんなに強く軽い強化プラスチックでもダメといった規制は、緩和の余地があると思われています。

 国税庁が所管する酒税法に定められている「ビールの製造免許に関わる最低製造数量基準」というのもあります。これは、ビールの製造量が年間最低二〇〇〇キロリットル以上ないと製造免許が取得できないという規制。このため、日本でビールを作ることができるのは大手メーカーだけで、日本酒の地酒のような「地ビール」はありません。この基準を引き下げれば、各地にバラエティに富んだ御当地ビールが生まれるはずなのです。

細川内閣の規制緩和策

Question細川内閣は緊急経済対策の目玉として
規制緩和を掲げましたが、その内容は?

Answer九三年九月一六日、細川内閣は緊急経済対策の柱として、九四項目の規制緩和策を打ち出しました。これには、いま説明した携帯電話の売り切り制導入、CATVの地元事業者要件廃止とサービス区域制限の緩和、タクシー料金の多様化と増減車の弾力化、ビールの製造免許に関わる最低製造数量基準の引き下げなども入っています。しかし、鉄道の特急料金などの設定自由化は見送られています。

 これ以外の規制緩和を紹介すると、国境を越えるテレビ放送の受信・発信の実現(郵政省)、宅地開発規制の緩和(建設省)、宅地開発等指導要綱の行き過ぎ是正(建設省・自治省)、パスポート有効期限を五年から一〇年に延長(外務省)、百貨店など流通系クレジットカードの利用範囲制限を緩和(通産省)、大規模小売店舗の営業規則の見直し(通産省)、トラック事業における繁忙期の車両移動に関わる届け出の緩和(運輸省)、車検の簡素化(運輸省)、薬店の取り扱い品目の拡大(厚生省)、保険制度改革(大蔵省)、劇場などでの誘導灯の基準見直し(自治省)など。ほとんどすべての省庁の仕事に規制緩和の余地があることがわかるでしょう。

 このほか、九四項目の中には入っていませんが、地域開発プロジェクトの円滑な実施を進めるため許認可の迅速化、独占禁止法の適用除外制度(一部業界に認められている価格カルテルなど)の見直しも規制緩和の一環として掲げられています。

社会に対する影響は?

Question規制緩和は、社会にどんな
効果や影響をもたらすのでしょうか?

Answer今回の公的規制の緩和が緊急経済対策の柱として掲げられたように、第一に、経済的な効果が期待できます。これは、規制緩和によって企業が手がけることのできるサービス範囲が広がり、新規参入者も増え、競争が激しくなって市場が活性化されるからです。値下げ競争や価格以外のサービス競争が激しくなるのは消費者にとって願ってもないこと。その結果、需要も増えますし、雇用の創出にもつながります。ただし、どのくらいの経済効果があるか見積もるのは容易ではありません。たとえば、ビール製造免許の最低数量基準が年一〇〇キロリットルになれば地ビールは二〜三年で数百億円規模の市場に育つという声がありますが、五〇〇キロリットルならば話が違ってきますから。

 第二に、心理的な効果が大きいと思います。規制緩和は、官僚制に対して不合理なシステムは切り捨てていくという圧力がかかり始めたこと、さらに規制の陰で守られてきた企業の利益も今後は必ずしも期待できなくなり、企業に自立と自己責任の確立が要求され始めたことを意味します。今回の規制緩和は、これまで各省庁が検討してきたものばかりで、まだまだ不十分という指摘が強いのですが、今後の方向制を示したことによる心理的な影響は小さくありません。

 問題は、官僚制や企業の抵抗を排して規制緩和の流れをどこまで強く、大きくできるか。また、規制緩和が本格化したときに起こりうる倒産や失業といった事態を、どうやって切り抜けるかでしょう。この点では、大幅な地方への権限委譲(地方分権化)や現在の省庁システムの統廃合まで視野に入れるべきですし、業界や企業の再編も不可避になると思います。つまり規制緩和は、単なる経済対策にとどまらず、日本の経済構造を抜本的に改革するための突破口のひとつなのです。

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