更新:2006年9月30日
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北朝鮮核実験

●初出:月刊『潮』2006年12月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

実験失敗の見方も

Question北朝鮮が核実験を強行しましたね。
この問題を解説してください。

Answer北朝鮮は2006年10月9日、同国北東部の咸鏡北道《ハムギョンプクト》で核実験を行いました。国営朝鮮中央通信は「地下核実験を安全に成功裏に実施した」と報じ、日本はじめ各国で人工爆発によると見られる地震波を観測。アメリカは連日、空軍機を飛ばして大気を採取・分析し、検出された放射性物質から確かに核実験が行われたと断定しました。

 核爆発では自然界にほとんど存在しない放射性物質が出ます。短期間で崩壊するため、過去の核実験や原発事故で出たものが残っていることはなく、検出されれば最近の核爆発の証拠になります。地下核実験の場合でも、数日〜1か月といった時間をかけて気体が地上に出てくるのです。もっともごく微量ですから、日本で健康被害が発生する心配はありません。この点は安心してください。

 ところで、原子爆弾にはプルトニウム型と濃縮ウラン型の二つがあります。アメリカが長崎に落としたのは前者、広島に落としたのは後者です。北朝鮮は寧辺《ヨンビョン》にある原子炉の使用済み核燃料からプルトニウムを取り出しているとされ、今回の核実験はプルトニウム型だったと見られています。

 各国の推定によると、爆発の規模はTNT火薬換算1キロトン程度で、初めての実験としては小規模すぎます。小型核爆弾は作るのが非常に難しいからで、このため、今回の実験は失敗だったのではないかと疑われています。

 1999年の東海村JOC臨界事故(バケツ何杯分かのウラン溶液を大きな容器に集めたら核分裂を始めた)からもわかるように、核分裂を起こすのは難しくありません。しかし、瞬時に大規模な連鎖反応を起こすには、爆縮(球の中心に核分裂物質を置き、周囲の火薬の爆発力を中心に向かって集中・圧縮させる)技術が必要で、これが難しいのです。

 ですから北朝鮮が、ただちにミサイルに搭載できる核兵器の開発に成功したわけではありません。

核保有国として交渉

Question北朝鮮は、各国の反対を無視して、
なぜあんな無茶をしたのですか?

Answer北朝鮮は2004年9月に外務次官が「使用済み核燃料棒8000本の燃料を兵器化した」と言明し、2005年2月には核兵器保有を宣言。2006年7月には「テポドン2」などミサイル7発を発射しました。これに対し国連の安全保障理事会が北朝鮮非難決議を全会一致で採択すると「自衛的戦争抑止力を強化する」と反発。10月3日には「核実験を行う」と声明を出し、全世界が断念するよう強く警告したにもかかわらず、核実験を強行しました。

 これら一連の動きの狙いは一つ。核を持っていることを国際社会にハッキリと示し、今後の交渉を有利に進めようという狙いでしょう。

 一部のマスコミは、核ミサイルがいまにも日本に落ちてくるといわんばかりの扇情的な報道をしていますが、北朝鮮には周辺国やアメリカを攻撃するつもりはありません。

 ブッシュ大統領以下の米政府首脳は、安全保障条約に基づいて日本や韓国を守ると繰り返し述べています。これは「北朝鮮の攻撃には核攻撃を含むあらゆる手段を講じて反撃する」という意味。アメリカは北朝鮮が生物化学兵器(毒ガスや細菌兵器)を使っても核攻撃すると公言しています。万一そうなれば北朝鮮は消滅し、政府や軍首脳の命の保証もありません。自らの生き残りを至上命題とする金正日政権が、そんな自殺行為に出るとは思えません。

 北朝鮮は、フセインのイラクの二の舞にならないように核武装したいのだと解説する人もあります。しかし、狭い国土で原爆を使っても国土が荒廃するばかりで意味がなく、核兵器を使う準備が整う前にアメリカが先制攻撃する可能性も大きいので、核武装は最終的な目標ではないでしょう。

 北朝鮮は、核保有国宣言を出しても口先だけのハッタリと考えていた国際社会に、少なくとも核実験を実施できる段階にあることを見せつけて、アメリカを交渉の場に引っ張り出し、「さあ、どうするか? 核兵器を捨てるか開発を断念してもいいが、条件がある。まず体制を保証し、それなりの経済援助もしてほしい」と言いたいわけです。北朝鮮は、何かしてほしいことがあっても、それを恫喝《どうかつ》としてしか表現できない特殊な国なのです。

初の北朝鮮制裁

Question核実験に対する
日本をはじめ国際社会の対応は?

Answerブッシュ米大統領は核実験直後に「平和と安全に対する脅威で挑発的行為だ。受け入れられない」と厳しく非難。中国も「断固反対する」と強い声明を出し、ソウルで会談した日韓両首脳も「絶対に受け入れられない」との意見で一致しました。

 国連安全保障理事会は10月15日未明、北朝鮮に対する制裁決議案を理事国15か国による全会一致で採択。決議案は「国際社会の平和と安全への明白な脅威が存在」と明記。安保理が、強制措置を認める国連憲章7章のもとで行動し、経済制裁などを定めた同章41条に基づく非軍事的措置を講じるとしています(中国の求めにより、42条に定めた軍事行動を取らないことを明確化)。

 また北朝鮮が、核兵器、核開発計画、その他の大量破壊兵器、弾道ミサイル計画を完全かつ検証可能な形で放棄することを義務化。核拡散防止条約(NPT)復帰も要求。国連加盟国には、核・ミサイル関連の物資、技術や兵器、「ぜいたく品」の北朝鮮への輸出を禁止。各国が北朝鮮に出入りする貨物の検査などを通じて大量破壊兵器の取引防止に向けた「協調的行動」をとることを義務とし、船舶検査を可能にしています(臨検措置は各国の独自判断による)。これに対して北朝鮮の国連大使は「不当な決議を全面拒否する」と述べて退場しました。

 日本政府は独自の制裁として、10月11日に北朝鮮籍を持つ者の原則入国禁止、14日に北朝鮮からの全品目の輸入禁止、北朝鮮籍船舶の日本入港禁止を発動しています。マツタケ、アサリ、カニなど農水産品の輸入が止まることになります。

当面は制裁と説得

Question制裁は効果があるでしょうか?
今後はどうなりそうですか?

Answer制裁の効果は、しばらく様子を見なければわかりません。有効かどうかは、経済的な結びつきが強い中国や韓国の行動にもかかってきます。

 1993年から94年にかけて、北朝鮮はIAEA(国際原子力機関)核査察拒否、NPT脱退宣言と状況をエスカレートさせ、瀬戸際外交を展開したことがあります。米クリントン政権は北朝鮮攻撃の可能性まで検討しました。この朝鮮半島危機では、北朝鮮が核開発を断念する見返りに、アメリカが軽水炉型原発を建設し重油を毎年50万キロリットル提供する「米朝枠組み合意」ができました。

 しかし、北朝鮮が2002年10月に濃縮ウラン生産計画を認めたため合意は破れ、以後アメリカは2国間交渉を拒否。そこで、中国やロシアが働きかけて、2003年8月に北朝鮮・韓国と日米中ロによる6か国協議が始まりました。これが2005年秋以降は中断したままで、アメリカは金融制裁で圧力をかけながら無条件の復帰を要求しています。

 そこで北朝鮮は脅威をますます煽っているわけですが、アメリカは2国間交渉はせず、二度と騙されないという構え。北朝鮮の核実験を容認できず6か国協議に復帰を求める点では、国際社会にも日米中ロ韓にも異論はないので、当面は北朝鮮の説得を続ける以外になく、我慢比べが続くでしょう。

 中国がいうように、現時点では「外交以外の解決策はない」のは確か。「対話と圧力」の言葉通り、経済制裁という圧力をかけつつ交渉の道を探るべきです。私たちは風説に惑わされず、事態の推移を冷静に見守る必要があります。

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