更新:2008年8月16日
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コメ(米)部分開放

●初出:月刊『潮』1994年2月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Questionいよいよコメの部分開放が決まりましたね。
どう決着したのか、詳しく教えてください。

Answerはい。これまで、日本政府がコメの輸入を事実上禁止し、コメの完全自給を”国是”《こくぜ》としてきたことはご承知でしょう。しかし、これに対してアメリカなど海外から批判が強まり、最近ではコメが日本市場の閉鎖性の象徴とまで考えられるようになりました。

 そこで、この問題を扱う関税貿易一般協定・新多角的貿易交渉(ガット・ウルグアイ・ラウンド)の農業交渉では、厳しい折衝《せっしょう》が続けられてきたのです。そして、一九九三年十二月十五日の最終交渉期限を目前にした七日、ウルグアイ・ラウンドの市場アクセス分野を担当するジャメイン・ドゥニー議長から調整案が出されました。

 日本政府は十二月十三日、ついにこの調整案の受け入れを決断し、コメの部分開放が決まりました。細川首相は国会答弁で「苦悩に満ちたなかで最終的に決断」と語っています。資源のない貿易立国の日本は、自由で活発な世界貿易が生命線。とすれば、保護主義を排して自由貿易を推進するウルグアイ・ラウンドは、ぜひとも成功させなければなりません。そこで、国内的に大きな痛みをともなうことは覚悟のうえでの今回の決断となったわけです。これによって日本の農政は歴史的な大転換を迎えたといえるでしょう。

関税化は六年間猶予

Question日本が受け入れたドゥニー議長の調整案とは、
どのような内容なのですか?

Answerまず第一に、以下の(1)〜(5)の条件を満たす農産物については、一九九五年から六年間(農業合意の実施期間)関税化の特例措置を認めるというもの。「関税化」とは「コメに関税をかける」こと。そもそもアメリカの要求は、輸入禁止で国内のコメを保護するのではなく、何百%というような高い関税をかけて保護すべきだ──コメを関税化すべきだというものでした。調整案はこの要求をとりあえず退《しりぞ》け、条件付きながら、コメを関税化の特別な例外にするというのです。

 その条件とは、(1)八六年から八八年に輸入が国内消費の三%未満、(2)輸出補助金が支給されていない、(3)効果的な生産調整手段が実施されている、(4)食料安全保障、環境保護など貿易外の関心事項に該当する、(5)最低輸入量(ミニマム・アクセス)を国内消費量の四%から八%へ毎年〇・八%分ずつ増やす、の五つ。

 コメは当然(1)〜(4)の条件を満たしていますから、調整案の第一は結局、「コメは六年間は関税化しないでよい。ただし、一定量は必ず輸入しなければならず、しかもその量は四%から八%まで、段階的に増やさなければならない」ということになります。

 第二に、特例措置を実施期間後(二〇〇一年以降)も継続するかどうかは、実施期間中に協議を終えなければなりません。その協議で合意がなされた場合は、追加的で容認可能な譲歩を提示しなければならないとされています。ただし、その譲歩とは何であるかについては、特別書いてありません。

 第三に、特例措置を継続しない場合は、二〇〇一年以降、関税化へ移行します。その場合の最低輸入量は八%を維持することになります。さらに補足として、対象農産物の輸出国が食糧不足などで輸出制限をする場合、輸入国の食糧安全保障に十分配慮するという一項も付け加えてあります。

日本の主張をかなり反映

Questionドゥニー議長案に、日本の要求はどれくらい
反映されたのでしょうか?

Answer基本的には、日本の主張はかなり盛り込まれたと考えてよいと思います。というのは、政府はこれまで「例外なき関税化には反対」の姿勢を打ち出していました。これは細川政権誕生の際に連立八党派がコメ問題で交わした合意でもあったのです。今回は、コメをなんとか「関税化の特別な例外」とすることができ、この合意には反していないわけです。

 その代償として、ミニマム・アクセスは飲まされました。これは約一〇〇〇万トンとされる国内消費量の四%から八%。つまり九五年のコメ輸入量が四〇万トンで、これが年に八万トンずつ増え、二〇〇〇年に八〇万トンが輸入されると見込まれます。かなり厳しい水準と見るむきもありますが、今年の冷害によるコメの緊急輸入量は二〇〇万トンにも達する勢い。これに比べると、年間数十万トン程度ならやむなしという判断は妥当なところともいえます。実際、武村官房長官は「調整案は日本の主張が相当程度反映されている」との談話を出しています。また、食糧安全保障を強調した補足の一項も、日本の主張を入れたものと思われます。

 ただし、特例措置の継続が合意された場合に求められる「追加的で容認可能な譲歩」については問題が残りました。六年間の関税化の猶予《ようよ》がすんなり延長されるとは、とても思えない一項だからです。延長できたとしても、たとえばミニマム・アクセスをさらに拡大し一〇%以上にするとか、コメ以外の農産物の関税をさらに引き下げるといった条件を飲まされる可能性が大きいと思われます。

 コメ問題は実質的に日米の二国間交渉で、アメリカが譲歩したため今回のような調整案になったといわれますが、六年後の再交渉でアメリカがどう出るかは予断を許しません。アメリカは「レジスターがチンと鳴る」こと──つまり自国のコメがどれくらい売れるかが最重要課題と考えている節があり、六年間のアメリカ産米の輸入量が今後の焦点になりそうです。

農地の大規模化が不可避

Question日本の農業は、そしてコメづくりは、
今後どうなるのでしょうか?

Answerまず、国際競争力のない日本のコメを、抜本的にリストラクチャリング(再構築)することが不可避であると思われます。農林水産省では、農地を集約し大規模化することによって生産性を向上させ、コメに競争力をつけることを重要な課題と考えています。たとえば、政府が土地を買い上げて、コメづくり意欲の強い農家に売却する「土地買い上げ制度」の創設。あるいは、農地の大規模化によって農業から撤退した農家の所得の目減りを補填する「離農給付金制度」。さらに、平地が少なくコメづくりに向かないとされる中山間地の農家がコメ以外の農作物に転換する際の「所得補償制度」などが検討されています。

 わが国のコメづくり農家の耕作面積は平均〇・八ヘクタールと極めて小規模。アメリカの平均一四〇ヘクタールとは比べ物になりません。農水省が九二年に出した新農業政策では、稲作専業農家の目標耕作面積を一〇〜二〇ヘクタールと設定し、全耕作面積の八割をこうした専業農家に集約する方向を打ち出しています。先に挙げた制度は、この方向を推進するものです。

 また、食糧管理制度の抜本的な見直しも避けられません。現在の食管制度は、すでに自由米(制度上存在しないはずのいわゆるヤミ米)が政府米をはるかに越え、自主流通米と同じくらいの量に拡大するなど、完全に骨抜きになっています。そこへ、制度そのものが本来想定していない海外からのコメ輸入が始まるのです。コメの流通や販売などを政府が一元的に全量管理することを定めた食糧管理法は、改正する必要があります。輸入米も含めた新しいコメの管理政策、価格政策が求められています。

 これまで、日本の農政はくるくる変わる「猫の目農政」として、農家の不信感を増幅させてきました。また、消費者の視点も十分に反映されてきたとはいえないでしょう。しかし、いまのような農業の大転換期に、過去のような行き当たりばったりの対応は許されません。十年後、二十年後を見詰めて、腰のすわった農業政策を実行してほしいものです。

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