更新:2008年8月16日
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新ラウンド(コメ開放)

●初出:月刊『潮』1992年1月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

大詰めを迎えたウルグアイ・ラウンド

Questionウルグアイ・ラウンドが大詰めを迎え、わが国はコメ問題で決断を迫られている
というニュースを耳にします。どうなるのでしょう?

Answerはい。まずウルグアイ・ラウンドについて説明しておきましょう。これはガット(関税貿易一般協定)という関税や貿易に関する国際的な機構(会議や紛争処理の場。本部はジュネーブ)で話し合われている一連の多角的貿易交渉のこと。数十か国が集まって会議を重ね、貿易の自由化にむけてさまざまな貿易障壁を取り除こうというのです。一九八六年九月に南米ウルグアイで開かれたガット閣僚会議から始まったので「ウルグアイ・ラウンド」と呼ばれています。

 関税の引き下げが主なテーマだった過去のラウンド(ケネディ・ラウンドや東京ラウンドなど)と今回のラウンドが大きく異なるのは、モノの取引に適用されていたガットの原則を、金融や投資、情報、通信、知的所有権、サービスといった新分野にも広げようという点。モノの取引以外の貿易──サービス貿易は金額にして世界貿易の四分の一以上を占めるといわれますが、この分野の国際秩序はまだ整っていません。サービス貿易の新しい国際ルールを確立しようというのがウルグアイ・ラウンドの大きな目的です。

 ところが一九九〇年あたりから農業というテーマがクローズアップされてきました。この問題では各国の利害が激しく対立、交渉は難航してきましたが、最近になって米国とEC(ヨーロッパ共同体)が歩み寄りをみせ、早ければ年内にもウルグアイ・ラウンドが決着する可能性が強まっています。六年越しの交渉はいよいよ大詰めを迎えたわけです。

農業交渉のポイント

Question農業問題では、どんなことが
話し合われているのですか?

Answer自国の農業を保護するために各国がとっている政策は、おおむね次の三つに分けられます。(1)国内農業の保護(政府による農産物買い支えや最低価格の保証、補助金支出など)、(2)国外農産物の輸入規制(輸入禁止や数量制限などの輸入障壁)、(3)輸出農産物に出す補助金(生産コストの一部を政府が補助金として負担、農産物価格を引き下げて競争力をつける)の三つです。一言でいえば、この三つをそれぞれなるべく削減して自由貿易を推進しようというのがウルグアイ・ラウンドにおける農業交渉。そして、日本、米国、ECの三者が激しく対立しています。

 (1)〜(3)のそれぞれについて、三者のこれまでの対立点を紹介すると、まず(1)国内農業の保護では、米国は保護の度合いを数値化し(補助金額に換算し)その七五%以上を削減すべきと主張しますが、日本とECは三〇%を削減目標にしています。(2)国外農産物の輸入規制では、米国が「関税化」という考え方を打ち出し、ECもほぼ賛成しています。これは輸入禁止や数量制限をなくす代わりにすべての農産物に関税をかけ、その税率を段階的に引き下げようという方式。米国案では十一年後に税率を五〇%以下にするとなっています。対する日本はコメを含むすべての農産物の関税化には反対という立場です。(3)輸出農産物に出す補助金では、日本はすべて撤廃、米国は補助金額の九〇%以上の削減を主張していますが、ECは三〇%の削減にとどめるべきとしています。

米国とECが接近、日本は苦境に

Question最大の対立点は
なんですか?

Answerこれまでもっとも大きく対立していたのは、輸出農産物に出す補助金問題です。農産物をほとんど輸出していない日本には関係ない(全廃と主張すればよい)のですが、米国とEC間では八〇年代後半から補助金つきの小麦輸出競争が激化し、この問題がウルグアイ・ラウンドで取り上げられるきっかけになりました。しかし最近になって米国とECが歩み寄りの姿勢をみせはじめました。九一年十一月九日にはブッシュ米大統領とドールEC委員長が会談、ウルグアイ・ラウンドの年内決着に合意しています。会談では米国が農業輸出補助金の削減を三五%でどうかと提案、また、国内農業の保護についても五年間で三〇%の削減という妥協案を出しました。EC内部で農業保護の立場を鮮明にしてきたドイツやフランスも妥協の動きをみせています。

 実は、これはわが国がいちばん恐れていた事態。これまでわが国はECが農業保護の削減に消極的な限り、日本だけが市場開放に積極的になる必要はないという姿勢でした。しかし、米国とECが(1)と(3)の分野で妥協にむけて動き出したため((2)は以前から大筋で意見が一致しています)、残る最大の問題はコメという情勢になりつつあります。米国とECが「われわれは妥協しあったのだから日本も」という言い方でコメの市場開放を迫ってくれば、わが国は孤立し、非常に苦しい立場に立たされることになります。

コメの関税化は拒否

Questionコメについてのわが国の姿勢を
詳しく教えてください。

Answer先ほどの三つの分類では、コメは(2)の国外農産物の輸入規制に入ります。日本は、コメの流通、販売などを政府が一元的に管理することを定めた食糧管理法で、コメの輸入を事実上禁止しているのです。食糧管理法は「国民食糧ノ確保及国民経済ノ安定ヲ図ル為」に「食糧ヲ管理シ其ノ需給及価格ノ調整並ニ配給ノ統制ヲ行フ」(第一条)もの。日本が各国を説得する言い方では「食糧安全保障の立場から」となります。わが国の穀物自給率は三〇%程度と先進国では珍しい低さ。米国やフランスは百数十%、島国のイギリスでさえ八〇%近いのです。それだけ食糧の輸入依存度が高いわけで、安定供給を図るために主食のコメだけは手厚く保護して当然だというのです。

 仮に米国やECのいう「関税化」をコメにも適用するとしますと、これは最初は二〇〇%や三〇〇%の高い関税率でもよいが輸入だけはできる形にせよということですから、食糧管理法の改正が必要になります。そもそも食糧管理法は米騒動直後にできた米穀法がルーツ。第二次大戦中の一九四二年に成立した戦時統制法で、これまでも手直しを繰り返しており、八一年には米穀通帳の廃止、個人によるコメの贈答容認、卸や小売業者への競争原理の導入などの改正を行っています。しかし、今回は参議院で与野党逆転という状況があるため、食糧管理法の改正が国会をすんなり通らない可能性が大。国内の農業関係者の反発は猛烈で、農村を支持基盤とする政治家も反対。ひとたび関税化を認めると、コメの完全輸入自由化に対する歯止めが関税率だけとなり、ある程度税率が下がれば、生産コストが低い海外のコメはどんどん輸入されることになりますから。そこで日本政府は、例外なしの関税化は拒否──言い換えると「コメだけは関税化の例外にせよ」と主張しているのです。

ある程度の譲歩はやむなしか

Questionしかし、わが国はコメの関税化拒否を
貫けるのでしょうか?

Answer九一年十一月七日、ウルグアイ・ラウンドの貿易交渉委員会でドンケル・ガット事務局長が示した報告書に「例外なしの関税化」という言葉が盛り込まれるかどうか注目されたのですが、「関税化は農業改革の基本的柱」という表現にとどまりました。政府はこれでコメを関税化の例外として認めさせる余地は残ったと見ているようですが、事態は依然として厳しく、例外なしの関税化で押し切られる可能性もないとはいえません。たとえコメの関税化が避けられたとしても、コメ市場の部分的な開放(一定量の輸入を認める)は必至の情勢です。

 先に説明したようにウルグアイ・ラウンドのテーマは農業だけではありません。わが国の今日の繁栄は自由な国際貿易のお陰であり、わが国が今後も貿易に依存して生きていかなければならないことは明らかです。日本にとってウルグアイ・ラウンドを成功させ、貿易に関する新しい国際秩序を構築する意義は、他国とはくらべものにならないほど大きいのです。真珠湾五十周年を契機として米国などでジャパン・バッシング(日本叩き)が過熱しつつある時期だけに、コメにこだわって国際的に孤立することは避けなければなりません。だから関税化拒否が建て前の政府も、本音ではやむなしと考えているフシがあります。いずれにせよ日本の農政が大きな転換期を迎えていることだけは間違いありません。

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