更新:2008年8月16日
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公的資金

●初出:月刊『潮』1998年2月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question「公的資金」という言葉が、連日ニュースに登場します。
どういう意味ですか?

Answer「公的資金」という言葉には、厳密な定義はありません。百科事典や六法全書をめくっても、説明が出てくるわけではないのです。ですから政府や自治体のもつカネを公的資金といっても、個人や企業の納めた税金を公的資金と呼んでも、間違いではありません。公的年金・保険なども、公的資金と呼べるかもしれません。

 けれども、いまニュースを賑わせている「公的資金」は、銀行、証券、保険など日本の金融システムの安定が失われつつあるなか、その対策に支出される公のカネ、という意味で使われます。

 その場合にも、広い意味と狭い意味があります。広義には、日本銀行が日銀法二五条に基づいて無担保で実施する特別融資(いわゆる日銀特融)や、政府による保証、地方自治体による資金拠出などが、公的資金に入ります。

 日銀特融は、証券不況の昭和四十年に山一証券に対して発動されました。今回の山一の自主廃業でも実施されています。東京都が信用組合問題で資金を拠出し、知事の公約違反と話題になったのも、記憶に新しいところです。

 狭義には、政府の財政資金(つまり国民の支払った税金)を投入する場合に限って、公的資金といいます。旧住宅金融専門会社(住専)処理では、損失の穴埋めに六八〇〇億円の財政資金が投入されました。これには、住専に貸し込んだ農林系金融機関を救済するだけではないかと、国民から強い批判の声が上がりました。

金融システム不安の解消策

Questionふつうの会社がつぶれそう、あるいは倒産したというとき、公的資金なんて出ませんね。
なぜ、金融機関の場合だけ、公的資金を出すという話になるのですか?

Answer一番の理由は、銀行も、証券も、保険も、預金者、投資家、契約者など、広く大衆の資金を集めているからです。

 ふつうの企業が倒産したとき影響を受けるのは、社員を別にすれば取引先だけです。その多くは会社であり、自らの経営判断に基づき倒産企業と付き合い、利潤も得てきたわけです。利潤を得るためにはリスクを負うのは当然で、倒産で影響を受けたからと、公的資金で面倒を見る筋合いはありません。

 しかし、金融機関の場合は、ある銀行が危ないかどうかという経営判断など、したくてもできない個人が、カネを預けています。しかも、数が多いのです。この個人を、ふつうの企業の取引先と同一視はできません。もちろん預金者と投資家とでは区別すべきですが。

 もう一つの理由は、金融機関、とくに銀行の経営不安や倒産が、連鎖的な影響を引き起こしやすいからです。連鎖倒産というのは、ふつうの企業にもあります。ある企業が倒産し、体力の弱い下請けや取引先が共倒れになるような場合です。これなら影響は限定的といえます。

 しかし、金融機関の場合は、ある銀行の破綻をきっかけに、多くの金融機関で預金の引き出しや短期金融市場での資金引き揚げなどが起こり、金融機関の連鎖的な破綻を招く恐れがあります。そうなると、金融恐慌というべき大変な状況になってしまいます。

 ご承知のように、日本ではバブル崩壊以後、銀行や信用組合の破綻が相次ぎ、「上位二〇行は安泰《あんたい》。とくに都市銀行はつぶさない」という大蔵省の宣言も空しく、北海道拓殖銀行までが破綻しました。証券業界では、三洋証券が倒産し、四大証券の一角、山一証券が廃業を決めました。保険では日産生命が破綻しました。

 ここまで破綻したのは、放漫経営を続け不良債権処理に失敗した、一〇〇〇億円単位の簿外債務があったなど、明らかに問題のあった金融機関ばかり。しかし、日本の金融システム不安は拭いきれず、不安を解消する抜本的な対策が求められています。そこで、公的資金の投入という話が浮上してきたのです。

一〇兆円の国債発行構想も

Question公的資金の投入には、どのような方法が
検討されているのですか?

Answer現在、自民党や野党、財界、金融系シンクタンクなどから、さまざまな方法が提案されています。大蔵省だけが、自らの責任問題に火がつき、金融と財政の分離が決定づけられることを恐れて、ダンマリを決め込んでいます。

 口火を切ったかたちの宮沢元総理の私案は、預金保険機構の積立金だけで金融機関の破綻処理がまかないきれないとき、同機構が政府保証債を発行して資金を調達し、資金不足を解消するというもの。

 預金保険機構は、金融機関が毎年積み立てている保険金と日銀からの借入金(最大一兆円)によって、破綻する金融機関の預金払い戻しに備える仕組み。二〇〇一年三月末までは預金全額(それ以降は一〇〇〇万円まで)が保護されることになっています。ところが積立金は、年間五〇〇〇億円にも満たず、拓銀が破綻した時点で、すでに赤字なのです。

 そこで、この機構が発行する政府保証債を大蔵省資金運用部が引き受け(郵便貯金などを財源とする財政投融資資金で購入し)ます。預金保険機構が国から借金をするわけで、返済できなくなれば、その時点で税金が投入されます。

 その後、梶山元官房長官が提唱し、自民党が検討に入ったのは、一〇兆円規模の新型国債を発行し、これで得られた財政資金を、預金保険機構に直接投入するという案。これは国が一〇兆円の借金をして、預金保険機構に入れるということですが、その借金を返す償還財源の担保に、政府の保有するNTT株式を当てます。

 このほか、自民党は、金融機関の発行する優先株を引き受ける(株を買うことで金融機関に公的資金を拠出する)機関をつくることを検討していました。梶山提案が出た後は、新型国債の発行で得た資金で、優先株を購入することも検討しています。

目的は預金者保護に限定

Question宮沢案にしろ梶山案にしろ、預金保険機構に
十分おカネを積む、ということですね?

Answer預金保険機構に潤沢《じゅんたく》な資金があれば、金融機関が破綻しても預金者は保護されるため、取り付け騒ぎのようなことは起こらないというのです。その準備をしておいて、生き残ることのできない金融機関はつぶれてもよい、という政策です。

 右のような構想が実現するかどうかは、現時点では断言できませんが、一〇兆円の公的資金投入ならば、金融システム不安を回避する効果はあると思います。

 しかし、いくつか釘を刺しておかなければならないことがあります。

 第一に、公的資金投入の目的は、あくまで預金者保護であり、金融機関の保護や救済ではないことを貫くべきです。預金者の保護が結果的に金融システムの安定に結びつき、金融機関がつぶれないで済むということはあるでしょう。しかし、公的資金を個別の金融機関救済のために使うことは、もはや許されません。

 この点、自民党が検討している公的資金による金融機関の優先株購入は、そのまま受け入れるわけにはいきません。倒産した後の受け皿機関ならば株式購入できる、というように歯止めをかけるべきです。

 第二に、金融システム不安の解消のために公的資金を使う以上、銀行、証券、保険など対象となる業界は、いっそうの合理化を推進しなければなりません。豪華な保養施設や高価なゴルフ会員権は手放すべきですし、給与水準も引き下げるべきです。

 第三に、破綻した金融機関の経営責任が徹底的に問われなければなりません。同時に行政責任も徹底的に問われるべきです。ここまでくれば、もう大蔵省の解体(金融と財政の分離)は避けられない事態であると思います。

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