更新:2006年9月30日
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雇用セーフティネット

●初出:月刊『潮』2001年11月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question雇用問題で「セーフティネット」を整備するという話をよく聞きます。
これについて教えてください。

Answer「セーフ」は安全、「ネット」は網ですから、「セーフティネット」は安全網という意味。サーカスの空中ブランコでは、万一のときブランコから落ちた演技者を受け止める網が張られますね。あれが、もともとのセーフティネットです。

 ところが今日では、この言葉は、「経済的あるいは社会的な大問題に対して、広く社会全体として備える安全対策」という意味で使われるようになりました。たとえば「失業の増大に備えるセーフティネット」「銀行の経営破綻から預金者を保護するセーフティネット」などです。

 もちろん雇用対策や預金者保護政策は、以前からあったわけですが、どちらかといえばそれは、何か問題が起こったとき、事後に個別に、受動的に行う対策と考えられていました。つまり、特別な問題に対する消極的な対策だったのです。

 これに対して「セーフティネット」は、問題が必ず起こると想定して、事前に広く社会全体に、能動的に安全網を張りめぐらせる対策。つまり、いつでもどこでも起こりうる問題に対する積極的な対策です。だからこそピンポイント的な対策と区別して、「ネット」という包括的な言葉が使われるわけです。

 日本ではここ数年金融不安が叫ばれ、どんな場合でも1000万円までの預金は全額保護するというセーフティネットがつくられました。しかし、1000万円の預金などないという庶民も毎日働いているわけですから、雇用は金融問題以上に生活に密着しているといえます。

 その雇用分野で失業率が増大したことから、セーフティネットの必要性が叫ばれるようになりました。雇用セーフティネットは、いま日本が全力を挙げて整備すべき、緊急の大問題なのです。

失業率が5%台に突入

Question失業率は
どれくらい増えたのですか?

Answer日本の完全失業率(季節調整値)は2001年7月に5・0%となりました。これは6月の4・9%を0・1ポイント上回り、政府がいまの調査を始めた1953年以来、初めての5%乗せ。ほぼ半世紀ぶりという悪い数字です。

 完全失業者(就業者以外で仕事がなく、1週間の調査期間中にまったく仕事をせず、仕事を探しているか、または求職活動の結果を待っている者)の数は6月から23万人増え、330万人となっています。

 その内訳を見ると、非常に興味深いことがわかります。まず、失業率を押し上げているのは自発的に離職した人の増加なのです。「自発的離職者」は、6月から15万人増えて114万人にものぼっています。また、学校を卒業したものの就職が決まらなかったという人も、6万人増えて18万人。一方、倒産やリストラなどによって離職を余儀なくされた「非自発的離職者」は、横ばいの99万人でした。

 また、企業に勤める雇用労働者数は増えていますが、商店主など中小・零細の自営業者で廃業する人が多く、全体としての就業者数は減っています。一方、求職者1人あたりに対する求人件数を示す「有功求人倍率」は0・60倍。6月からわずか0・01ポイントの低下で、ほとんど横ばいでした。

Question失業率増大の
原因は?

Answerいろいろ考えられますが、まず、景気が悪いこと。2000年の不況型倒産1万4372件、上場企業の倒産12件、負債総額約24兆円は、いずれも過去最悪です。企業倒産や従業員・パートの解雇など、リストラが猛威を振るっていることは間違いありません。自発的離職者も、企業が退職金を上乗せするなどして退職者を募る「早期退職奨励」に応じた人が多く、合理化の結果という面があります。

 バブル期の不良債権をかかえる金融、建設、流通などに加え、IT(情報技術)関連の家電・情報産業でもリストラが進んでいます。同時多発テロによってアメリカ経済の回復が遅れれば、日本経済はさらに打撃を受けます。

 また、製造業を中心に中国など海外への生産移転が進んでいます。IT化が進んでインターネットを利用する直販ビジネス(消費者がパソコンを通じて製品を注文し、工場から直接発送する)が盛んになり、販売店や問屋が中抜きされてしまうこともあります。公共事業を見直せば、建設業界の雇用は減って当然です。

セーフティーネットの中身は?

Question雇用セーフティネットには、
どのような対策が考えられますか?

Answer最初に説明したように、セーフティネットは失業してしまった人への後からの個別的な対策よりも、常態化しつつあり今後どんどん増えるであろう失業への包括的な対策に、重点が置かれなければなりません。

 失業手当てや失業保険の給付をやめるわけにはいきませんが、それに重点を置くのは間違いです。「失業のわな」という言葉があります。これは手厚い失業給付制度が整備されているために、かえって給付金に依存し失業状態に甘んじてしまう労働者が増えかねないこと。先進国に長期失業者が多い理由の一つですが、財政状態がきわめて悪い日本は、給付を拡大する余裕はありません。ですから、失業手当ての給付は失業直後の生活不安を解消するためだけの、限定的な政策とすべきです。

 一方、今後力を入れるべきなのは、第一に職業訓練や職業紹介などの再就職支援、第二に新しい雇用の創出であると思います。

 いま日本では「構造改革」が叫ばれ、政治でも経済でも、これまでの構造の抜本的な改革が求められています。重厚長大産業や、公的資金に過剰に依存している産業は、構造的に失業者を生まざるをえません。その人たちを、労働者を必要としている産業に速やかに移すために、職業訓練を実施したり、職業紹介システムを整備する必要があります。こうして、いわゆる労働力需給の「ミスマッチ」(働きたい人も、働いてほしい人もいるのに、うまくかみ合わない状態)を解消しなければなりません。

 新しい雇用の創出は、福祉、介護、教育、農林業、IT関連、環境対策など、いろいろ考えられます。介護保険ビジネスには続々と新しい業者が参入しました。商社を定年退職した人が補助教員として英語を教えたり、地方にUターンした若者が森林整備をしたりという政策も、どんどん導入すべきです。この点では、もっと規制緩和が必要ですし、NPOの力を借りるなど、柔軟な発想が必要であると思います。

新雇用対策案では不十分

Question政府は
どう動いていますか?

Answer小泉内閣は緊急雇用対策法案(仮称)をまとめ、年内にも実施する予定です。これを見ると、人材派遣期間の延長(1年の制限を、45歳以上に限り3年に)、訓練延長給付制度の拡充(失業手当ての給付期限後でも、訓練期間中ならば給付を受けられる)、中小企業むけ雇い入れ助成の新設(失業者を雇用した企業に助成金を支出)など、小手先の瑣末な対応が目立ち、あまり効果は期待できません。

 欧州では労使が話し合い、正社員の給料を減らしてパート採用を増やすような雇用対策まで実施しています。政府だけにまかせきりにしない、抜本的な対策が必要です。

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