更新:2008年8月16日
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雇用調整

●初出:月刊『潮』1992年11月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

有効求人倍率は一倍以下

Question最近、雇用調整とか雇用不安という言葉が、新聞やテレビによく登場しますね。
その実態や今後の見通しを知りたいのですが。

Answerはい。ちょっと前まで経済界は「人手不足」を訴えていましたが、一九九二年に入ると正反対の「人員過剰」を言い出し、夏ごろからは雇用調整の動きも本格化してきました。

 雇用情勢を示す指標のひとつに「有効求人倍率」があります。これは公共職業安定所に申し込んだ求職者数に対する求人数の割合。倍率が一より大きければ大きいほど、職を求める人より採用したい企業のほうが多く、求人難となります。逆に一を割り込んで小さければ小さいほど、就職難を意味します。労働省によると、この有効求人倍率(季節調整値)は、九一年三月の一・四七倍をピークに七月の一・〇四倍まで一六カ月連続して低下しました。本誌が読まれるころには八月の数値も発表ずみで、おそらく一倍を割り込んでいるでしょう。

 たぶん〇・九九とか〇・九八という数字だと思いますが、それなら求職と求人がだいたい同じだから悪くないではないか、と思われるかもしれませんね。しかし、最近は職安へ行って職を探す人が減り、就職情報誌がその役目を果たしています。大企業も職安に求人を出さず、自前で求人広告を出すのです。その利用者が少ない職安で求人倍率が一倍というのですから、企業からの求人はかなり減っており、雇用情勢は深刻だと考えなければなりません。

ホワイトカラーも標的に

Question企業における人員過剰の
原因はなんですか?

Answer一言でいえばバブルの崩壊でしょう。バブルの時代、企業は異常な株高を背景に株式市場から巨額の資金を調達し、それを設備投資へ回して急激に事業を拡大してきました。ものを作れば売れるような好況ですから、社員もどんどん採用しました。総務庁の労働力調査によると、わが国の雇用者数は八五年の四三一三万人から九一年の五〇〇二万人と七〇〇万人近くも増えています。

 しかし、株価や地価などの異常な膨脹が調整される過程で、まさに「バブル崩壊不況」と呼ぶべき景気後退が始まり、ものが売れなくなりました。業種によっては家電不況やAV(音響・映像)不況といわれるほど、景気後退は深刻です。すると、バブルの過程で膨らんだ設備と人員が問題になります。過剰な設備は操業度を落とし、過剰な人員は雇用調整で対応するというわけです。

 とくに今回の雇用調整に特徴的なのは、いわゆるホワイトカラーが調整の対象になり始めたことでしょう。ブルーカラー──工場など生産部門は、オイルショックや円高不況で合理化を重ねスリム化していたうえ、バブル時代もFA化など技術革新によって人をあまり増やさず生産力を増強できたのです。しかし、証券や銀行はそうはいきませんし、メーカーでも営業力の増強には人を増やさなければなりません。ですから、バブルで膨らんだ人員というのは工場以外の部門に多いのです。

 八五年から九一年にかけて増えた七〇〇万人のうち、四分の三がホワイトカラーといわれています。生産部門に比べて事務・管理部門の合理化が遅れていることは明らかで、今回の雇用調整ではホワイトカラーの調整がテーマのひとつになっています。

一時帰休や希望退職も

Question雇用調整として、具体的に
どのような動きがあるのでしょうか?

Answer雇用調整とは、ようするに企業が労働力を減らすことで、さまざまなやり方があります。もっとも一般的なのが労働時間の短縮で、残業(所定外労働)時間の抑制、所定内労働時間の抑制、休日の増加など。これはいまや本当の豊かさを目指すわが国の「国策」であり、どの企業も推進していますが、本音は残業代を浮かす経費削減や、操業短縮のためという企業も少なくありません。次に行うのが新規・中途採用の削減や中止。バブルのはじけた証券や銀行をはじめほとんどの企業は、来春の採用を今年より大幅に減らします。野村証券は採用手控えにより、五年間で社員を二〇〇〇人減らす計画です。パート採用を中止する(日本ビクター)、期間工の採用を中止する(トヨタ自動車)、あるいは外注・下請けを削減するという手もあります。

Question社員に影響が少ないやり方から、
まず手をつけるわけですね?

Answerええ。以上は社員への影響が直接にはない、または文句のつけようがない雇用調整です。次に打つ手は配置転換や出向で、これは社員に直接影響してきます。CSKは来春までに管理部門約一〇〇人を営業に配置転換したり関連会社に出向させます。日立製作所、三菱電機、富士通など大手電機メーカーが研究部門から製造部門や営業部門へ、あるいは製造から営業へ配置転換する動きもあります。自動車メーカーから販売会社への出向も増えています。鉄鋼会社が自動車メーカーに社員を引き取ってもらう例もあります。

 さらに事態が深刻になると、一時帰休が始まります。九二年の九月から日立はVTR製造部門の社員約二二〇〇人を対象に月二日間の一時帰休を実施しています。「帰休」というのは、昔、繊維産業などで若い女子従業員を親元に帰したことからきた言い方。一時休業の意味で雇用関係は継続し、会社はその間の賃金を支払います。労働基準法では六割以上の休業手当てを支払わなくてはなりませんが、今回の日立のケースは九割が支給されるそうです。TDKが五〇歳以上の事務系管理職のうち約五〇人を定年まで有給で自宅待機させるというのも、帰休に似ています。いまや管理職すらも雇用調整の対象になりはじめたわけです。

 あとは、希望退職を募るか、解雇するくらいしかありません。希望退職の例をあげると、日本コダックが四五歳以上二〇〇人を募集中。オーディオメーカーの山水電気は三月に一五〇人、ナカミチは七月までに五〇人を達成。旧電電ファミリーといわれた通信機メーカーも苦境にあえいでおり、岩崎通信機は六四〇人の希望退職を募ったところ七四七人が退職、田村電機製作所でも五〇〇人募集して六九八人が退職しています。なお、わが国では労使協調が重視され、企業が強制退職や指名退職などを行うことはあまりありません。もっとも、希望退職募集と同時にいわゆる「肩叩き」をするケースは少なくないものと思われます。

長期的な視野が不可欠

Question雇用調整助成金というのがあると聞いたのですが、
どんなものですか?

Answerこれは、雇用保険法に基づいて、企業が従業員の休業、配置転換のための教育訓練、出向を行うときに、雇用保険の基金で賃金の一部を負担するという制度。業種ごとに労働大臣に申請し、適用を受けます。たとえば休業の場合は、雇用保険から休業手当ての二分の一(上限は九〇四〇円)、教育訓練は受講日に払った賃金の二分の一(同)などが支払われ、企業の負担が軽減される仕組みです。

 円高不況の際は、鉄鋼、音響機器など最大で一六五業種に適用され、助成金の額が年間四〇〇億円にのぼることもありました。現在、労働大臣の指定により助成金を受けているのは、陶磁器製タイル製造業と銑鉄鋳物製造業の二つ。しかし、鉄鋼、電子機械、自動車などの業界団体では、それぞれの業種を雇用調整助成金の給付対象業種として認めるよう、労働大臣に申請を出す方針です。労働省でも、諮問機関である中央職業安定審議会が雇用調整助成金の対象に指定する基準の緩和を決めており、同制度を利用する業種はますます増えそうです。

Question雇用調整の動きは、
今後どうなりますか?

Answerそうですね。円高不況の際には有効求人倍率は〇・六倍台まで下がりましたが、今回はそこまでひどくならないというのが一般的な見方です。失業率は二%ちょっとで急激には拡大していませんし、建設や運輸など業種によって、あるいは地方や中小などケースによっては人手不足感も残っているからです。長期的にみれば、出生率の低下や高齢化によって労働力が不足することも間違いありません。

 それだけに、短期的な視野からだけの雇用調整では済まず、企業経営の舵取りはますます難しくなっています。とくに、鉄鋼をはじめ多くの業界がバブルにかまけて長期的な視野を忘れ、円高不況のころ必死になっていた合理化の手綱を緩めて失敗したことは、大いに反省すべきでしょう。雇用調整には長期的な企業戦略が不可欠なのです。

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