更新:2008年8月6日
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小選挙区区割り案

●初出:月刊『潮』1994年10月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question小選挙区の区割り案がまとまりましたね。
これについて教えてください。

Answerはい。衆院選挙区画定審議会(石川忠雄会長)は、一九九四年八月十一日、衆議院三〇〇小選挙区の区割り案を正式に決定し、村山富市首相に勧告しました。これを受けて政府は区割り法案の作成に着手。秋の臨時国会で区割り法の成立を目指しています。この法律が施行されると、同時に改正公職選挙法も施行され、以後の衆議院選挙は「小選挙区比例代表並立制」で行われることになります。ここでは、区割り案に触れる前に、新しい制度についてざっとおさらいしておきましょう。

 小選挙区比例代表並立制は、その名のとおり小選挙区制と比例代表制を同時に取り入れた制度で、前者の定数は三〇〇、後者の定数は二〇〇。選挙区は全国三〇〇の小選挙区と、全国一一ブロックの比例代表区に分かれています。投票は二票制で、有権者は小選挙区の候補者一人とブロックの政党一つに投票します(候補者のリストと政党のリストに、それぞれ一つずつ○印をつけます)。

 小選挙区では、もっとも得票数の多い一人だけが当選となります。比例代表では、ブロックごとに得票数を集計し、各政党の候補者名簿の上位から議席を配分していきます。今回、小選挙区の区割りが決まったことで、五年越しの政治改革も、いよいよ仕上げの時期に入ったといえるでしょう。

人口格差は最大二倍以上

Question気になるのは一票の重みですが、
人口格差は、どの程度解消されたのでしょうか?

Answer現行の中選挙区制では、人口が集中する都市部と減少している過疎地で議員一人当たりの有権者数を比べて、三倍近く差が開くというケースがありました。そこで、選挙の無効を主張する訴訟が繰り返され、定数是正の必要が叫ばれてきたのです。小選挙区の区割りでも、人口格差の是正は大きな焦点の一つでした。

 今回、もっとも人口が多い選挙区は北海道八区の五四万五五四二人。もっとも人口が少ない選挙区は島根三区の二五万五二七三人。いずれも定数一ですから、人口格差は最大で二・一三七倍です。今回の区割り案は、海部内閣当時の第八次選挙制度審議会が答申した案をたたき台にし、半分以上の県についてはそのまま踏襲していますが、答申案の格差は最大で二・一四六倍。あまり変わっていませんね。また、二八の選挙区で選挙区間の人口格差が二倍を超えています。これは、人口の少ない地方の一票と比べて半分の重みしかない一票が、およそ一五〇〇万票もあることを意味します。

 さらに、八月十九日に発表された三月末現在の住民基本台帳によると、区割り案がもとにした九〇年の国勢調査以後の人口変化によって、選挙区間での人口格差は最大二・二二六倍に拡大し、人口格差が二倍を超える選挙区も四一選挙区に増えることが判明しました。

Questionまだまだ人口格差が
大きすぎるのではありませんか?

Answerたしかに、画定審議会設置法では「人口格差二倍未満を基本とする」と定めていました。この「基本」が達成できなかったことについて審議会の石川会長は、「地勢、交通、行政区画などを判断すると、(人口格差二倍未満となるよう機械的に切る)ようかん切りにはできなかった。制約の中でぎりぎりの努力をした」と述べています。

 実は設置法では、総定数三〇〇をまず都道府県に一ずつ配分、残りを人口に比例して配分するという方式を定めています。これは、過疎地域の議員数が、中選挙区制度と比べて極端に減ってしまうことを防ぐためですが、この結果、人口格差を二倍未満に抑えることが難しくなってしまったのです。この点は、審議会の委員からも「都道府県単位にまず配分しておいて、二倍未満にせよというのは、そもそも矛盾している」という声が上がりました。

 しかし、一票の重みを完全に同じにしようとすれば、首都圏選出の議員が全衆院議員の三割以上を占める、というようなことにもなりかねません。人口格差が最大で二倍強というのは、まずまず許容できる数字ではないでしょうか。

行政区の分割も

Question同じ市なのに二つの小選挙区に分かれる
という例もあるそうですね?

Answerはい。分割された市区は、千葉県市川市・松戸市、東京都大田区・世田谷区・練馬区・足立区・江戸川区、静岡県浜松市、三重県四日市市、大阪府堺市、岡山市、高知市、熊本市、大分市、鹿児島市です。

 たとえば世田谷区では、区長や区議を選ぶ時より狭い選挙区の中から国会議員を選ぶわけです。ある地区が、これまで隣の選挙区だった地域に「吸収合併」されるかたちで新しい選挙区ができると、その地区の住民は候補者にまったく馴染みがないというケースもあります。一部には「ゴミを出すのは同じなのに、なぜ選挙区が違うのか」と反発する住民もいるようです。

 また、選挙公報は新聞に折り込んで各家庭に配布されていますが、今回の区割りで、新聞店の担当地域が二つの選挙区に分かれるというケースも出ました。公報は選挙区ごとに違いますから、これをどう配布するか、各地の選挙管理委員会は頭を悩ませているそうです。

 しかし、新しい制度の導入に、ある程度のトラブルは付きもの。中選挙区制の「制度疲労」が限界にきたからこそ、小選挙区比例代表並立制の導入が決まったのです。不平不満や不便はひとまず忍んで、新しい制度を根付かせることに全力を注ぐべきでしょう。

政界再編はさらに加速

Question小選挙区の区割りが決まったことで、
政界再編はどう進みますか?

Answer小選挙区制では、二人の候補者の得票数が五一%と四九%とほぼ互角だったとしても、トップの一人しか当選しません。いままでの中選挙区制のように、議席四つを四党で分け合うということもありません。小選挙区制は、大政党に有利なシステムで、必然的に二大政党制を促進するのです。

 新聞各社が、過去の得票数を参考に新しい区割りでの選挙シミュレーションを行っています。それによると、仮に現与党(自民、社会、さきがけ)が小選挙区制の候補者一本化に完全に成功すれば、三百数十議席獲得というような圧勝に終わると予測されています。ですから、野党(旧連立与党)も大同団結し、候補者を一本化しなければ選挙は戦えず、ここへきて「新・新党」結成への動きが加速しています。野党側は、九月に新党協議会を発足させ、本格的な協議を始めます。

 一方、本当に自民・社会の完全な候補者一本化ができるかというと、これは非常に難しいと考えられています。両党は戦後一貫して対立してきましたし、選挙協力も例がないからです。候補者の数が少ない都市部ならばともかく、地方は自民党だけで候補者がいっぱいになってしまうほどで、自社共闘はきわめて困難です。野党側はこの点を突いて、与党から新党への取り込みを図っていくでしょう。

 こう見てくると、政界再編はこれからが本番です。新しい制度のもとで選挙を何度か経験しなければ、まだまだ落ち着かないでしょう。そして、長い目で見れば、日本の政治は二大政党制に近づいていくと思います。

Question政治改革のもう一つの柱も、
忘れてはならないのでは?

Answerそのとおりです。区割り法施行の翌年一月からは、改正政治資金規正法と政党助成法が施行される予定ですが、小選挙区制を導入するとかえって金権選挙や利益誘導型の政治が横行したという諸外国の例もあります。政治改革は選挙制度の改革だけではないのです。私たちは、政治の腐敗防止にむけて、監視の目をいっそう強める必要があるでしょう。

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