更新:2008年8月16日
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コメ(米)大凶作

●初出:月刊『潮』1993年12月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

戦後最悪の大凶作

Question雨続きの冷夏のせいで、米の作柄が大変悪いと聞きました。
どの程度の不作なのですか?

Answer一九九三年の夏は「異常気象」と呼ばれ、三九年ぶりの冷たい夏となりました。梅雨が明けたかどうかすら決められない長雨は、深刻な低温と日照不足をもたらしたのです。

 稲の成育は七〜八月の気温と密接な関係があり、東北地方では、この二か月の平均気温が二四℃を下回ると収穫が減り始め、四℃低いと四割の減収といわれます。実際はどうだったかというと、七月の気温は北日本・東日本の太平洋側を中心に五月中旬並みの十数℃という低温となり、各地で観測史上最低記録が続出。八月も、たまに夏らしい日があっても長続きしませんでした。

 さらに、台風の上陸が相次いだことも米の出来に悪影響を与えました。台風による倒伏や冠水が、稲に大きな被害をもたらしたのです。冷害時に多発するいもち病の被害も広がりました。

 こうして、農林水産省が九月末に発表した九三年九月十五日現在の全国の作況指数(平年の収穫を一〇〇とした場合、米がどれだけとれるかを表した数)は八〇と、戦後最悪の数字になってしまいました。ところが、冷害のときの作況指数は収穫が進むにつれて悪くなる傾向があり、最終的な作況指数は七五前後か、それすら割り込む恐れがあります。すると、今年の米の収穫高は少なくとも平年の二割減、場合によっては四分の一減ということになります。平年の収穫高は約一〇〇〇万トンですから、今年は二〇〇万トン以上も落ち込むわけです。これは「不作」を通り越して「凶作」、むしろ「大凶作」というべき事態だと思います。

 しかも、作況指数八〇とか七〇台後半というのは全国の話。オホーツク海高気圧から吹き出す冷たい東風(いわゆる「やませ」)をまともに受けた太平洋岸の青森、岩手、宮城などでは、被害はいっそう深刻です。「米作りを何十年とやってきたが、こんなにひどいのは初めて」という農家が多く、下北半島や三沢、八戸の作況指数はわずかに四。収穫ゼロという水田も珍しくありません。

自主流通米は一割値上がり

Question主婦としては、なによりお米の値上がりが心配です。
見通しはどうでしょうか?

Answer日本の米の消費量は年間約一〇〇〇万トンで、平年の収穫高とほぼ均衡しています。それが二〇〇万トンほど足りなくなるのですから、いままでと同じ米を食べようとすれば、ある程度の値上がりは避けられないでしょう。しかし、わが国の食糧管理法では、政府が米の流通、販売などを一元的に管理することになっています。つまり、米は自由化されていない商品なのです。したがって、不足するから一直線に値上がりするというものでもありません。

 消費者の手に渡る米は、流通ルートによって三つに分けられます。農協などの集荷団体から政府が買い上げて卸業者に売り渡す「政府米」、集荷団体から政府を経由せずに卸業者に渡る「自主流通米」、農家や一部の集荷団体などからヤミ業者が買い付けて卸業者、小売業者、あるいは直接消費者に売り渡す「ヤミ米」(別名「自由米」)の三つです。三つめのヤミ米は、食糧管理法上は存在しないことになっていますが、年間の流通量は三〇〇万トンとも三五〇万トンともいわれます。政府米は二〇〇万トン弱、自主流通米は三〇〇万トン程度です。

 まず政府米は、政府が買い上げ価格と売り渡し価格を決めるので、そう大きくは変動しません。ただし、買い上げ価格が安いため、農家は政府米として売りたがらず、量が出ません。

 自主流通米は、自主流通米価格形成機構の運営する米取引市場で卸業者が入札し価格を決めます。ここで決まる価格は、過去三年間の平均から上下五%以内、年間値上がり率も七%以内とされており、九月の入札結果は全銘柄でストップ高(制限いっぱいの高値)でした。その結果、卸価格が上がり、さらに小売価格も上がります。いまのところ小売段階では、一〇キロ五〇〇〇円前後の米が一割程度値上がりし、五五〇〇円あたりで売られています。これより高い場合は便乗値上げですから、政府や消費者が監視している限り、自主流通米価格はこれ以上高騰しないでしょう。

 さて、問題はヤミ米です。これは政府米や自主流通米のような管理価格ではないので、値上げに対する歯止めは高すぎて消費者が買わないことしかありません。だからヤミ米については、現在六〇〇〇円とか七〇〇〇円という人気の銘柄米が、二割高や三割高になる可能性があります。なにしろこれは、存在しないはずの米ですから、政府も監視のしようがないのです。

政府は緊急輸入で対応

Question足りない二〇〇万トン分は、
どのように手当てするのですか?

Answer―政府は、食糧需給の安定のため米の在庫(備蓄)をもっています。この政府米在庫は、年一〇〇万トンが適正水準とされていますが、実際には四〇万トン程度しかありません。これを全量放出しても、まだ一六〇万トン以上の米が足りない計算です。そこで政府は、年内に加工用の米やもち米を二〇万トンほど緊急輸入し、来春までに主食用の米を一〇〇万トンほど輸入することにしています。これでもまだ足りないとなれば、さらに輸入を増やすしかありません。

 これで量的にはつじつまが合いますから、「食べる米がない」という事態は避けられます。しかし、現実にはやっかいな問題も生じます。全体量では足りても、消費者が欲しい米が足りなくなる心配があるのです。外国米はコシヒカリやササニシキなどの銘柄米、うまい米の代わりにはならないでしょう。そこで、農家やヤミ米業者が人気米の出し惜しみをすれば、ヤミ米は不足がちになり、値段が上がっていきます。ですから、政府はもっと早い時期に主食用の米を大量に輸入し、米不足や値上がりの懸念を事前に打ち消すべきだという声もあります。

 ところで、外国の米の価格は日本の米の六分の一から七分の一程度だといわれています。しかし、政府はその安い値段で輸入した米を、国内では政府米に準じた価格で売り、その差益は食管会計に入れるのです。すると政府予算から食管会計に回す額が減って、その分、凶作でかさんだ農業共済保険の支払いや冷害対策費などに支出できるというわけです。国産米と外国米は原価が違うのに負担は同じというのは、消費者にはどうにも納得できない話。しかしこれが食糧管理制度というものなのです。

転機を迎えた農政

Questionこれまで米余りといわれ、政府は減反政策を
進めてきましたね。今後はどうなるのでしょう?

Answer今回の大凶作は、日本の農業政策や食管制度の矛盾を大きくクローズアップさせる結果をもたらしたと思います。米の消費量は一九六三年がピークで、その後は米離れと米余りが定着しました。そこで、政府は水田を減らす減反政策を推進してきたのです。しかし、一昨年(九一年)の不作以来、政府在庫米が不足がちとなり、減反を緩和したりしています。この凶作で来年も緩和するでしょう。しかし、一度減反して他の作物に転作したり、米作りを放棄して荒れた土地は、水田に戻すのが大変で、減反の緩和は思うように進みません。余ったから減反、足りないから減反緩和という日本の農政は「猫の目農政」として、農家の不信感を募らせています。

 政府が食糧管理制度のほころびを放置してきた責任も大きいと思います。建て前は食管制堅持、本音はヤミ米黙認と使い分けるから、いびつな市場のなかでヤミ米が値上がりしていくのです。

 また、食管制は米の輸入を事実上禁止しており、政府は今回の輸入はあくまで緊急避難だと説明しています。しかし、米の「完全自給」が破綻したことは確かなのです。海外から米の自由化(米市場の開放)を強く求められている日本は、「凶作ならば輸入、豊作ならば輸入禁止」という今のやり方で、各国を納得させられるでしょうか。日本は、ウルグアイ・ラウンドで米の関税化を求められています。これは最初は五〇〇%や六〇〇%の高い関税率でもよいが、輸入だけはできる形にせよということです。農家はもちろん政府も「食糧安全保障」を掲げてこれに反対していますが、米市場を開放し広く海外から調達したほうが、食糧安全保障が実現できるという考え方もあります。

 いずれにせよ、日本の農政が大きな転機を迎えていることは間違いありません。今回の大凶作をきっかけに、米のあり方を徹底的に議論する必要があると思います。

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