●初出:月刊『潮』2003年5月号「市民講座」●執筆:坂本 衛
2004年4月からロースクール(法科大学院)が始まると聞きました。
どういうことですか?
ロースクール(法科大学院)とは、法曹《ほうそう》界の人材、つまり裁判官・検察官・弁護士の養成を目的とする大学院のことです。
アメリカのロースクール(ローは法律のこと)を参考に考えられたので、ただ「ロースクール」と呼んだり、「日本型ロースクール」と呼ぶ人もあります。
アメリカでは、大学(学部の四年。法学部という学部はありません)を卒業してからロースクールで3年間の教育を受け、修士レベルの学位を修めた後に、司法試験をパスして法曹資格を取得するのが一般的です。
一方日本では、大学(法学部の4年)を卒業してから試験勉強をして司法試験をパスするのが普通ですが、これが3万数千人が受験して1000人も受からないという超難関。そこで、質の高い法曹人口を増やすために、アメリカにならって大学院レベルの法律教育機関である法科大学院を開設することになりました。
2002年11月末には国会で、2006六年に新しい司法試験を導入することを定めた「改正司法試験法」と、2004年に法科大学院を開校することを定めた「法科大学院教育・司法試験連携法」が成立しています。
この二つの法律によって、(1)2003年6月に法科大学院の設置認可申請を受け付け、(2)2004年4月に各大学が法科大学院を開校、(3)2006年3月に法科大学院の第1期生が修了、(4)同年5月に新しい司法試験を実施、(5)2007年秋に新制度での第1期司法修習を終了というスケジュールが決まりました。
内閣に設置された司法制度改革推進本部が、2001年の秋に、法学部や法学研究科をもつ大学に対して法科大学院の設置に関して調査した結果では、117七大学のうち法科大学院の設置を予定する大学が73校(ほかに検討中が25校)ありました。予定・検討中の98校のうち3分の2が入学者数を50人以下と想定。300人規模の法科大学院を設置するのは、東京大学や早稲田大学などごく一部の大学です。
なぜ、法科大学院をつくる
という話になったのですか?
法科大学院の開設だけが単独で考えられたわけではなく、これは司法制度(裁判制度)全体の見直しの一つとして出てきた話です。
いまの日本の司法制度は、先の戦争に敗れた日本が、新憲法をつくって再出発したときに成立したもの。そのまま半世紀が立つと、さまざまな問題点も指摘されるようになりました。
たとえば、裁判に極めて長い時間がかかること。裁判長期化の原因でもある裁判官・検察官・弁護士(まとめて「法曹三者」といいます)の数が少ないこと。法曹三者でつくる「法曹界」の閉鎖性。法曹三者に相次ぐ不祥事など。
そこで1999年7月、内閣の下に司法制度改革審議会が設置され、2001年6月に最終意見書が出ました。この意見書は、
「第一に、『国民の期待に応える司法制度』とするため、司法制度をより利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのあるものとする。
第二に、『司法制度を支える法曹の在り方』を改革し、質量ともに豊かなプロフェッションとしての法曹を確保する。
第三に、『国民的基盤の確立』のために、国民が訴訟手続に参加する制度の導入等により司法に対する国民の信頼を高める。」
と、司法改革の方向性を示しています。
このうち法科大学院について触れているのは第二の「司法制度を支える法曹の在り方」。このなかで法曹人口について、2004年に現行の司法試験合格者数1500人を達成し、2010年ころには新しい司法試験の合格者数を年間3000人に増加させることを目指すとしています。法曹養成制度については法学教育、司法試験、司法修習を有機的に連携させた「プロセス」としての養成制度を整備し、そのために「法科大学院」を設置するとしています。
その後、国会では2001年11月に司法制度改革推進法が成立。これに基づいて、「司法制度改革推進本部」が内閣に設置され、2002年3月には司法制度改革推進計画が閣議決定されて、法科大学院の準備が進んだわけです。
法科大学院が始まると、
これまでの法学部と、どんな違いが出てきますか?
現在では、毎年4万5000人ほどいると見込まれる大学法学部や法学科の学生で、司法試験に合格するのは1000名弱。法学部生40人中わずか1人しか法曹に進めません。合格者の平均年齢は27歳を超え、平均5年余りの受験勉強をして合格するとされています。30代の合格は珍しくなく、中には40歳をすぎてようやく合格する者もいます。
そんな合格率2・5%の難関ですから、大学での勉強はあまり重視されておらず(大学で教える側も研究が中心で、法律の専門家を養成するという役割を十分に果たさず)、合格の早道は予備校に通うことだと考えられています。学生たちは、どんな試験問題が出るかばかりに関心を寄せ、出るものだけを重点的・効率的に学ぶ傾向も強いようです。
つまり、法律を学ぶプロセスよりも、一発勝負の試験に受かることだけが重視されているわけです。世間の常識に疎いガリ勉タイプの法律家が育ってしまうのも無理はありません。
これに対して新しい制度では、法学部卒業生生(法学既修者)は2年、他学部卒業生や社会人など(法学未修者)は3年、法科大学院に学ぶことになります。
入学には全国一律の適性試験(アメリカのロースクール入学テストをモデルとした判断力・思考力・分析力・表現力などの資質を試す試験)と法科大学院ごとの試験があるほか、学部での広範囲な学業成績や、学業以外または社会人としての活動実績なども総合的に考慮して入学者を選抜します。つまり入学時からガリ勉タイプに重きをおかない方針です。
カリキュラムも、少人数ゼミによる集約的教育、短期集中講義、事例研究、討論、調査、現場実習などで、法律の丸暗記ではなく実務的な法学学習が導入される見込みです。
このような法科大学院で学べば、入学後2〜3年で学生の7〜8割が司法試験に合格するという新しい制度が目指されており、法曹界は人的な側面で大きく変わる可能性があります。
私たちの社会にとっては、
どんな影響をもたらすでしょうか?
構想通り毎年3000人の司法試験合格者が出てくるようになると、弁護士の数が増え、その専門化が進むと考えられています。これまで弁護士があまり仕事をしていなかったような分野でも活躍を始め、私たちがその法律サービスを受ける機会が広がるかもしれません。
弁護士の数が多いアメリカでは、何でもかんでもとにかく裁判に訴えることの弊害が目立ちます。しかし、日本は一気にそこまではいかず、現在よりは弁護士によるアドバイスを受けやすくなったり、トラブル解決に裁判を利用しやすくなると思います。裏返せば、現在の司法制度はどっちに転んでもこれ以上ひどくはならないほど硬直化し、多くの問題を抱えているのだといえそうです。
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