更新:2008年5月31日
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マグロ漁獲量規制

●初出:月刊『潮』2007年5月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

背景に漁獲量の急増

Questionマグロ漁獲量規制のニュースを聞きました。
どういうことですか?

Answer水産庁が2006年3月に公表した「国際漁業資源の現況」の「まぐろ・かつお類の漁業と資源調査」によると、世界のマグロ類主要6魚種(クロマグロ、ミナミマグロ、メバチ、キハダ、ビンナガ、カツオ)の総漁獲量は年間400万トン以上にのぼります。これは10年前と比べて、実に100万トンも増えているのです。

 うち日本の漁獲量は1984年の78万トンをピークに減少に転じ、2003年は約60万トンでした。最近10年ほどは、主要漁業国の漁獲量が横ばいなのに対して、台湾、インドネシアやフィリピンなど開発途上国の漁獲量が急増しています。なお、以上の数字にはカツオを含みますが、いわゆるマグロ(上の6魚種のうちカツオ以外)の年間総漁獲量は約200万トンです。

 このように世界的に漁獲量が増え続ける最大の理由は、途上国を中心とする人口の増大と、それに対応する魚食の拡大、漁業の発展です。これまで貧弱な漁船によって沿岸部で細々と漁をしていた新興国が、大型冷凍船などを導入して漁獲量を飛躍的に伸ばしています。13億人と人口世界一の中国は、魚の輸入量が2004年に250万トンに迫りました。現在では、長く世界最大の輸入国だった日本の輸入量を超えたのではないかという見方もあります。

 また、欧米先進国では、健康志向、寿司や刺身といった日本食ブーム、BSE(牛海綿状脳症)の影響などによって、マグロを含む魚の消費量が増えています。

 こうして全世界でマグロ類の漁獲量が急増するなか、とりわけ地中海や大西洋のクロマグロ、南太平洋のミナミマグロ、太平洋のメバチなど、特定漁場の特定魚種が過剰漁獲になっており、マグロ資源が枯渇しかねない心配が生じてきました。そこで、国際的なマグロ資源管理機関が相次いでマグロの漁獲量規制を打ち出したのです。

総漁獲・国別枠を削減

Question具体的には、どんな規制が
とられているのですか?

Answerマグロは広い公海を泳ぎ回る魚ですから、乱獲を防いでマグロ資源を保全し、長期的に利用していくためには、国際機関によって資源状況を調査し、国別に漁獲枠を割り当て、ルールが守られているかどうか監視・管理していく必要があります。

 そこで地域別に、大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)、全米熱帯まぐろ類委員会(IATTC)、みなみまぐろ保存委員会(CCSBT)、インド洋まぐろ類委員会(IOTC)、中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)の五つの機関が設置され、資源管理に取り組んでいます。日本は五つすべてに加盟しています。

 このうちCCSBTは2006年10月、ミナミマグロ(別名インドマグロ)の総漁獲枠を2007年から3年間(日本だけ5年間)1万1530トンに設定しました。2006年の漁獲枠の22%減で、日本だけが年約6000トンを3000トンに半減させられたのです。これは日本が割り当て量を大幅に上回って漁獲したことに対するペナルティでした。

 ICCATは2006年11月、東大西洋クロマグロ(別名ホンマグロ)の漁獲可能量(2006年3万2000トン)を2007年2万9500トンから10年2万5500トンへと段階的に削減することや、体重30キロ未満の小型魚の採捕・保持・陸揚げの禁止などを決めました。削減率は4年で20%です。また、西大西洋クロマグロの漁獲可能量(2006年2700トン)は2007〜2009年まで2100トン(日本の漁獲枠は380トン余り)とされました。

 残り三つの委員会も、IATTCは年間休漁日数を42日間とする保護措置を1年間延長、IOTCは2007年から3年間の操業漁船数を2006年レベルに抑制、WCPFCは漁船へのオブザーバー乗船など監視・取り締まり措置というように、それぞれ地域や魚種に応じた規制をとっています。

世界の四分の一が日本に

Questionマグロが食卓に載らなくなるという心配は
ありませんか?

Answer一部にそのようなセンセーショナルな報道がなされているようですが、いますぐマグロの刺身が食卓から姿を消すのではと心配する必要はありません。というのは、右に紹介した規制からは日本の漁獲枠がずいぶん削られているように見えても、実際には日本は、他国への割り当て分から大量に輸入しているからです。

 カツオを含むマグロ類主要6魚種の総漁獲量は400万トン以上で、うち日本の漁獲量は60万トンと説明しましたが、同時に日本はマグロ類を40万トン以上輸入しています(輸出は約10万トン)。

 マグロだけで見ると、日本の国内消費は年に50万トン以上。つまり日本人は世界の総漁獲量のほぼ4分の1を消費しており、30万トン以上を輸入しているのです。とくに、大トロが取れる高級マグロのクロマグロは8割近く、ミナミマグロは9割以上が、日本で食べられていると見られています。

 たとえば、漁獲可能量が2万トン台に削減された東大西洋クロマグロの実際の漁獲量は、違法、無報告、無規制の漁獲を含めて5万トン以上と見られ、その多くが日本に輸出されます。この海域では、若いマグロを捕らえ、生け簀で太らせてから輸出する「畜養」が盛んで、これが回転寿司やスーパーの刺し身などに使われます。商社などが数か月〜2、3年先の分まで直接買い付けており、在庫もありますから、すぐ値上がりするわけではありません。

 また、日本のマグロの小売価格は1990年代を通じてかなり下がっており、小売業者の価格決定力も強まっています。メバチやキハダなど大衆マグロは、漁場も規制も高級マグロとは異なります。ですから今日明日にも姿を消すとか、大幅に値上がりして困るということはないでしょう。むしろ、漁獲枠削減のニュースをきっかけとした便乗値上げに注意したほうがよいかもしれません。

総論賛成、各論反対

Questionでも、何年か先には、
漁獲量規制の影響が出てくるのでは?

Answerそうですね。マグロ資源の減少が問題だという見方への異論はほとんどなく、日本が大量にマグロを消費し、しかも規制の枠外のマグロを輸入していることも確かですから、中長期的には漁獲量や価格に影響が出てくるでしょう。

 ところが、五つの国際機関のうち国別の漁獲枠を設定しているのは二つだけですから、マグロの資源保護策はまだまだ始まったばかりなのです。

 そこで2007年1月には、五つのマグロ資源管理機関が一堂に会して資源保護策を話し合う初の会合が神戸で開かれました。

 しかし、マグロ資源の問題は、クロマグロやメバチなど大型魚の捕獲に適した「はえ縄漁」と缶詰用のキハダやカツオを大量に捕獲する「巻き網漁」の対立、伝統的な漁業国(先進国)と新興国(開発途上国)の対立、違法操業船の問題、船籍を資源管理機関の非加盟国に移して規制を逃れる便宜置籍船の問題などがからみ合って、非常に複雑です。各国間の対立だけでなく、背後では日本国内の漁業関係者と商社が対立していたりするのです。

 神戸の会合では、マグロに漁獲海域などを記したタグをつける「貿易追跡プログラム」の導入、違法漁船リストの共有化などを盛り込んだ指針が打ち出されましたが、これには拘束力がありません。幼魚を一網打尽にするためマグロ資源の減少につながるとされる巻き網漁の規制も見送られました。つまりマグロ資源の保護は「総論賛成、各論反対」で、先行きが不透明なままです。そこで、世界最大のマグロ消費国の日本に何ができるかが、今後ますます問われていくと思います。

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