更新:2008年8月16日
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高速増殖炉もんじゅ

●初出:月刊『潮』1994年6月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question高速増殖炉「もんじゅ」が臨界に達したと聞きました。
どういうことですか?

Answerはい。「もんじゅ」は、動力炉・核燃料開発事業団が福井県敦賀市に六〇〇〇億円をかけて建設した高速増殖炉と呼ばれるタイプの原子炉です。臨界に達したのは一九九四年四月五日で、これは原子炉に点火したことを意味します。ここでは、原子炉とはなにかという説明から始めることにしましょう。

 どんな物質も「原子」という基本単位に分けられ、原子は「原子核」と「電子」からできていることはご存じでしょう。このうち原子核は「陽子」と「中性子」の二種類の粒の集まりで、その数は水素や鉄やウランなど物質ごとに異なっています。

 ところで、ウランなどの重い(粒の数が多い)原子核は、中性子をぶつけると二つ以上の原子核に分裂し、巨大なエネルギーを出します。これが核分裂です。核分裂では同時に二〜三個の中性子が飛び出してくるので、これを別の原子核にぶつけて再分裂させれば、核分裂が次から次に起こることになります。この「核分裂の連鎖反応」を特定の場所に封じ込め、コントロールしながらエネルギーを取り出す装置が原子炉なのです。

 最初の核分裂だけをコントロールして後は放っておき、封じ込める容れ物もなしというのが原子爆弾です。

高速増殖炉とは

Question原子炉の原理はわかりました。では、高速増殖炉は
普通の原子炉とどう違うのですか?

Answer核分裂で飛び出してくる中性子は、最初は光速に近いスピードです。原子炉には、これを高速のままで次の核分裂に使うタイプと、減速材(一種の壁)に衝突させスピードを落として使うタイプがあります。高速増殖炉の「高速」は前者で、中性子のスピードが高速なのです。

 そして「増殖炉」は、核分裂反応によってなくなる燃料よりも、生じる燃料のほうが多い原子炉をいいます。普通の原子炉は、天然ウランにわずか〇・七%しか含まれていないウラン235を燃料として使います。対して増殖炉は、プルトニウムを燃料として使い、天然ウランの九九・三%を占めるウラン238(そのままでは燃料として使えない)に中性子をぶつけてプルトニウムに変化させ、利用することができます。新たに得られるプルトニウムは、燃やす前のプルトニウムよりも多いのです。

 ですから増殖炉は、普通の原子炉と比べて、同じ分量のウランから六〇倍も大きいエネルギーを得られるといわれています。高速増殖炉が実用化すれば、人類のエネルギー需要の数万年分をまかなうことができるという試算もあります。もちろんこれは、すべてがうまくいくと仮定した理想的な計算ですが、まったくの夢物語というほど非現実的な話でもありません。

推進派はいまや日本だけ

Question高速増殖炉がそんなすばらしいものなら、
各国とも競って開発しているのでしょう?

Answerいいえ。それが違うのです。

 実は高速増殖炉は、日本に落とす原爆を開発した「マンハッタン計画」当時から考えられていたもの。世界で初めて原子力発電をおこなった原子炉は、一九五一年にアメリカがつくった高速増殖炉でした。アメリカをはじめ戦勝国では、資源戦略上の観点から高速増殖炉に対する関心がきわめて高く、イギリスやソ連は五〇年代半ばから、やや遅れてフランスも高速増殖炉の建設を進めています。これに後からドイツと日本が加わりました。オイルショックのあった七〇年代まで、各国は競って高速増殖炉の開発を推進していたのです。

 しかし、いまでは事情は一変しました。ドイツ、イギリス、アメリカは、ここ数年で高速増殖炉の開発を放棄または凍結。フランスは高速増殖炉「スーパーフェニックス」で推進していましたが、技術的なトラブルと環境保護を求める世論への配慮から運転を一時停止。最近おそるおそる再開した状態です。ロシアが増殖炉どころでないことはいうまでもありません。ですから、高速増殖炉の開発をナショナル・プロジェクトとして堂々と進めているのは、いまや全世界で日本だけなのです。

 各国が高速増殖炉から降りた理由は、いくつかあります。第一の理由は、七五年の米スリーマイル島原発事故や八六年のソ連チェルノブイリ原発事故で、原子炉は非常に危険なものだという考え方が定着したこと。この結果、先進国では、普通のタイプであっても原発の新規立地がほとんどストップしています。まして、実用化は先の話という高速増殖炉など必要ないというのです。

 第二の理由は、オイルショックが沈静化し、石油やウランなどエネルギー資源の価格が急激に下がったこと。

 第三の理由は、米ソ冷戦構造が崩壊し、核兵器が大量にスクラップとなって「プルトニウム余り」が始まったこと。ミサイルの頭についたプルトニウムの処分が大問題なのです。北朝鮮の核疑惑をみてもわかるように、各国は、これまで米ソ二大国によって管理されていた核が、コントロールできない小国に拡散することを恐れています。プルトニウムを増殖する原子炉などもってのほかというわけです。

「もんじゅ」の安全性は?

Questionそうなると「もんじゅ」の安全性が、
心配になりますが?

Answer世の中にまったく安全という装置などありえませんが、日本のこれまでの原発は、まだ決定的な大事故を起こしていません。そして、十年、二十年と大事故なしで運転を続けることができた以上、今後五十年、百年と大事故なしで原子炉を運転することは、技術的に可能だと思います。ただし、個々の原子炉が寿命を迎えた場合は、また別の問題が発生しますが。

 では高速増殖炉の場合はというと、これまでの原発と方式が異なる部分があり、安全性については今後も検証が必要という段階です。

 たとえば、燃料から出る熱を運び出す冷却材として普通の原子炉(軽水炉)では水を使いますが、「もんじゅ」はナトリウムを使います。ナトリウムは水と反応して爆発する非常に危険な物質。高温のナトリウム中をめぐる細管を通って水が蒸気になる蒸気発生器が、八七年にイギリスの高速増殖炉で起きた細管破断事故と同じ事故を起こす危険があるという人もいます。高速の中性子を使うので出力のコントロールが難しい、ナトリウムが大規模に沸騰する恐れがあるなどと指摘する人もあります。

 高速増殖炉の経験の蓄積はまだまだ少なく、「もんじゅ」によって調べなければならない問題は山積しています。「もんじゅ」は原型炉といって、実験炉と実証炉の中間段階。実用化は二〇三〇年ころと考えられています。

いま以上の安全対策と情報公開を

Question日本の高速増殖炉の将来は
どうなるでしょうか?

Answer絶対に安全とはいいきれないからストップせよという議論は、極端に過ぎるように思います。資源を持たない脆弱な日本にとって、高速増殖炉のもつ意味は、他国とは比較にならないほど大きいからです。CO2による温暖化など地球環境問題を本気で解決するには、原子力に頼るしかないという意見も根強くあります。

 核拡散を懸念して、日本に高速増殖炉を開発させるなという国際世論もあるようですが、日本は世界唯一の被爆国で、核兵器も手にしないと決意した国。余ったプルトニウムを拡散させることなど国民が許しません。その日本に対して、これまで核兵器開発競争に明け暮れ、いまだに核兵器を捨てていない大国が核拡散の懸念をいうのは、筋違いだと思います。

 もちろん、いま以上の安全対策、とりわけ安全・事故情報などについての情報公開は必要です。国民の鋭い監視の目も欠かせません。しかし、高速増殖炉にともった火は、これからも着実にともし続けるべきではないでしょうか。

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