更新:2008年8月16日
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燃料電池

●初出:月刊『潮』2001年4月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question燃料電池で動く自動車の実用化が近いと聞きました。
燃料電池とはどういうもので、私たちの生活をどう変えるのですか?

Answer「燃料電池」とは酸素と燃料を使い、燃料が燃える反応を電気化学的に行わせて電力を得る電池のことです。

 ちょっと理科の授業のようになりますけれど、ガマンして読んでください。

 物質を細かく分けていき、最後に得られる粒を「原子」といいます(本当は原子もまた別のもっと小さい粒の集まりなのですが、ここでは原子までの話にとどめます)。多くの物質は原子がくっつき合った「分子」として存在しています。たとえば、酸素の原子をO、水素の原子をHで表すと、酸素分子はO2、水素分子はH2というように、原子二つで一つの分子をつくっています。

 さて、酸素(空気の五分の一は酸素です)のあるところで水素に火をつけると、爆発的に燃えますね。この反応は2H2+O2→2H2Oと書きます。矢印の左右でHとOの数が同じでしょう。H2Oというのは水の分子で、この式は「水素が燃えると水ができる」ことを表しています。同時にエネルギーが出るわけです。

 ここから先が燃料電池の原理ですが、まず多孔性電極(細かい穴の開いた薄膜と思ってください)二枚で、電解液という液をはさみます。この液の中では、溶かした物質が正負の電気をおびた原子(イオン)に分かれています。

 薄いパンで、ハムやチーズでなく液体をはさんだサンドイッチのイメージで、パン二枚が電極ですね。中の液はパンの表面まで染み出てきます。このサンドイッチの一方の表面を酸素、反対側の表面を水素にさらします。すると、電解液の中でイオンが移動して電流を運び、燃えるときと同じように酸素と水素が使われて、水ができます。パン二枚に電線をつなげば電気を取り出すことができるというわけです。

 以上が燃料電池の仕組みで、絶え間なく酸素と燃料(上の場合は水素)を与え、燃焼生成物(上の場合は水)を取り除けば、ずっと発電を続けることができます。これが、しばらく使っているうちに「なくなってしまう」ふつうの電池と、大きく異なる点です。

燃料電池のメリットとは?

Question燃料電池のメリットは、
どんなことでしょうか?

Answer第一のメリットは、発電効率が高いこと。燃料から電力を得るとき、エネルギーのムダが少なくて、効率的なのです。

 第二のメリットは、大気汚染物質の放出量が少ないこと。ガソリンを燃やせば、まず二酸化炭素(CO2)が大量に出てきますし、大気汚染の原因となる窒素酸化物(NOX)が出てきてしまいます。水素を燃料に使う燃料電池ならば、水しか出てきません。

 第三のメリットは、騒音が少ないこと。気化したガソリンを爆発させてピストンを動かす自動車のエンジンは、ものすごい音が出ます。燃料電池は電気化学反応ですから音は出ず、電気でモーターを回す音くらいですみます。

 第四のメリットは、必要な電力に応じて大規模にも小規模にも作れるということ。原子力発電所は、せいぜい船や潜水艦に乗るくらいまでしか小型化できません。しかし、燃料電池を大規模に集積させれば発電所になります。家庭用冷蔵庫くらいの大きさにもできます。自動車にも乗せられるし、将来的には持ち運びできるパソコンの電池にも使えるでしょう。

 燃料電池には、以上のようなすぐれた特徴があるため、長年研究が続けられてきました。最初に実用化されたのは、ジェミニ宇宙船やアポロ宇宙船に搭載された燃料電池。制約の大きい宇宙船ではこれらのメリットはどれも重要で、莫大な開発費をかけても必要と考えられたのでした。宇宙船では、燃焼生成物の水が飲料水として使われています。

待たれる燃料電池車の実用化

Question四つのメリットは、自動車の場合でも
ピッタリ当てはまりますね?

Answerその通りです。とくに最近、燃料電池自動車の実用化研究が急ピッチになってきた背景には、地球環境問題の深刻化があります。

 石油や石炭など化石燃料は主に炭素からできており、木を燃やすのと同じように、燃やせば二酸化炭素が出ます(C+O2→CO2)。この炭酸ガスは、地球全体の大気の温度を上げる「温室効果」をもたらします。

 産業革命以降、大気中の炭酸ガス濃度は異常な増え方を示しており、一〇〇年後には地球の平均気温は六度ほど上がるといわれています。気温上昇は極地方の氷を溶かし、海面を上昇させます。知っている海水浴場を思い浮かべてほしいのですが、海面が五〇センチも上がれば、日本の浜という浜は水没し、道路のすぐ下が海という状態になります。一メートル上がれば、珊瑚礁の島は国ごと水没してしまいます。

 ですから、CO2の排出を押さえることは、地球規模の全人類的な課題なのです。そこでいま、「エネルギー・シフト」といって、石油、石炭発電から、原子力、水力、風力、地熱、太陽光発電などへの移行が叫ばれています。このうち自動車に使えそうなのは太陽光(ソーラーカー)くらいですが、まだ雨の日に重い荷を積んでは走れません。そこで、燃料電池自動車の実用化が急がれています。

 自動車の排気ガスはCO2以外に、大気汚染も引き起こします。二〇〇〇年の「尼崎公害訴訟」や「名古屋南部訴訟」では、排ガスを厳しく規制する判決が出ました。東京都がディーゼル車締め出しを宣言するなど、自動車の排気ガス規制はますます厳しくなっています。燃料電池はこの問題を大きく改善させるでしょう。

 現在、世界中の自動車メーカーが、いくつかに連携して燃料電池自動車の実用化を進めています。日米はガソリンから水素を取り出す方式で、ドイツはメタノールから水素を取り出す方式です。前者は既存のガソリンスタンドが使えますが、やや排ガスが出るのと、石油依存は従来と同じという問題があります。後者は、天然ガスからメタノールを取り出すため、スタンドを新たにつくる必要があります。ヨーロッパでは天然ガスのパイプライン網が使えますが、日米では基盤整備が問題になります。

 いずれにせよ、最初は基地のあるバスやトラックから実用化が始まると考えられています。燃料電池車はエンジン車とは構造がまるで異なり、部品メーカーの八割が入れ替わるという声もあり、自動車産業に与える影響は甚大です。

「家庭に一台、燃料電池」の時代がくる!

Question自動車以外に、燃料電池で
私たちの生活はどう変わるでしょうか?

Answer車以上に変わる可能性があるのは、各家庭に冷蔵庫くらいの燃料電池が置かれる時代がくるだろうということです。いまは巨大な発電所で石油や石炭やウランを燃やし、その熱で発電して各家庭に送電します。しかし、発電所で燃やして得るエネルギーの六割以上が、蒸気、温排水、放熱などで捨てられています。送電によっても数%のロス(ムダ)が出るので、電気として使っているのはせいぜい全体の三分の一。

 ところが、燃料電池なら燃料から取り出すエネルギーの四割を電気、四割を熱として利用できます。家を建てるとき、冷蔵庫ほどの燃料電池を買って軒下におき、都市ガスから水素を取り出して、家庭内の発電と冷暖房をまかなう。そのほうが、家庭の光熱費は安上がりだし、社会全体のエネルギー消費量も少なくてすむという時代が、きっと来ると思います。

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