更新:2008年8月6日
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食肉偽装事件

●初出:月刊『潮』2007年9月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

豚肉を混ぜた牛ミンチ

Question食肉偽装事件が大ショックです。
この問題について教えてください。

Answer実は、過去に「牛肉偽装事件」と呼ばれる事件がありました。二〇〇一年九月、牛海綿状脳症(BSE)に感染した牛が日本国内で初めて確認された直後のことです。一〇月に食用牛の全頭検査が始まると、それ以前に解体された牛肉が市場に出回るのを防ぎ、生産者の損失を補てんする必要があるとされ、「国産牛肉買い取り事業」がスタートしました。二九〇億円もの国費が投入され、約一万二六〇〇トンの牛肉が買い取られたのです。

 ところが、買い取り対象の肉が国産かどうかチェックする体制が不十分で、制度を悪用する業者が続出。価格が安い外国産の牛肉を国産と偽って国に高く買い取らせ、利ざやをかすめ取る補助金詐欺が横行してしまいました。雪印食品、日本食品、日本ハム、フジチク、ムッターハム、ハンナンといった食肉関連会社が不正を行い、詐欺、補助金適正化法違反、証拠隠滅教唆などで逮捕者も出ています。

 このときは、外国産を国産と偽装したものの牛肉には違いなく、税金をだまし取られたという意味では国民も被害を受けたものの、消費者が偽の肉を食べさせられたわけではありませんでした。

 ところが、今回発覚した偽装は、牛肉に別の肉を混ぜるというものでした。二〇〇七年六月二〇日、北海道苫小牧市の食肉加工販売会社「ミートホープ」が豚肉を混ぜたひき肉を「牛ミンチ」として出荷していた疑いがあるとわかったのです。

 その直後、同社の田中稔社長は、ひき肉を作る機械一つで牛、豚、鶏と異なる肉を次々にひくため機械に残ったものが混ざった、工場長から「牛肉が足りないので豚肉を混ぜてよいか」と聞かれて許可したなどと、言い逃れをしていました。しかし、その後、さまざまな手口が明るみに出て、社長自らが不正行為と認識したうえで積極的に指示を出し、組織ぐるみの偽装を長期にわたって続けていたことがハッキリしました。

あの手この手の羊頭狗肉

Questionミートホープの偽装は、たいへん
手が込んでいたようですね?

Answerまさに、あの手この手の偽装です。農林水産省が確認した不正の事例を紹介しましょう。

 牛ひき肉(牛肉ミンチ)に豚・鶏・カモのひき肉など混ぜて「牛ひき肉」と表示。外国産牛肉を混ぜた製品を「国産」「北海道産」と表示。牛脂に豚脂を混ぜて「牛脂」と表示。牛ひき肉・牛脂の賞味期限を一日延長。牛あらびき肉の原材料に豚・ラム肉を混ぜる。国産表示の牛スライスに外国産を五〜二〇%混ぜる。豚の肩ロースひき肉に豚の内臓やチャーシューのくずを混ぜる。豚ひき肉の原材料に、発色をよくするため牛の心臓を混ぜる。冷凍フライドチキン・冷凍コロッケなどの賞味期限を改ざん。大手他社の袋を複製して鶏肉を詰める。シカ肉ジャーキーに羊肉を使う、などなど。同社は、こうした悪質な偽装を二〇年以上前から続けていました。

 中国に「羊頭狗肉」《ようとうくにく》(羊の頭を看板に出しながら実は狗の肉を売ることから、見かけは立派だが実質がともなわない意味)という古い言葉があります。これを地で行くとんでもないインチキのオンパレードですね。農水省が保管されていたサンプルを分析したところ、「原料=牛肉」と表示された二九品のうち二四品から豚や鶏のDNA(遺伝子)が検出されました。混入比率はバラバラで、手持ちの原材料を手当たり次第に混ぜていたようです。雨水を溜めて冷凍肉の解凍に使う、肉に水を入れて量を増やすという馬鹿げた行為もあったとされます。

 ミートホープの偽装牛肉ミンチは、北海道加ト吉が仕入れて生協ブランドの「CO・OP牛肉コロッケ」に使い、二〇〇三年三月の発売以来これまでに約二五五万個が全国五〇以上の生協で販売されています。ウインナー、ベーコンなどミートホープの冷凍食品は、函館市や苫小牧市など一〇市町が給食に使っていました。

 ミートホープの原材料を使ったコロッケ、肉じゃが、ビーフシチューといった冷凍食品は、生協はじめ各社が自主回収・代金返還を行っています。各社のお知らせは、国民生活センターのホームページ(http://www.kokusen.go.jp/recall/recall.html)に掲載されています。一度、冷凍庫の奥のほうまで調べてみたほうがよいかもしれません。

農水省や道は責任重大

Question食の安全に力を入れている生協が、
なぜ偽装を見抜けなかったのですか?

Answer生協は牛肉コロッケについて、商品開発を企画して以降、牛肉原料で三回、試作品と供給中の商品で七回、微生物、動物医薬品、農薬、添加物、栄養分析などの検査を実施したものの、これらの範囲では異常はなかったといいます。ある肉への別の肉の混入はまったく想定外で、DNA検査をすればすぐわかったはずですが、やっていませんでした。生協は、ある意味では被害者でも、問題のある食品を最終的に消費者の手に渡していた以上、責任は免れません。今後は、DNA検査も含めて厳しいチェックが必要です。

Question食農林水産省や北海道庁など、
行政の責任はどうでしょう?

Answer食品の安全を司《つかさど》る役所には、極めて大きな責任があります。ミートホープの食肉偽装では、北海道の食品衛生課や苫小牧保健所に対して、二〇〇二年に一件、〇六年八月から一二月にかけて九件の内部告発や情報提供がありました。牛ひき肉への他の食肉の混入、期限切れ食品の表示書き換え、基準を超えた食品添加物の使用といった内容です。これを受けて苫小牧保健所は昨年、ミートホープ社に通常調査も含めて立ち入り調査を四回実施し、原料の仕入れや出荷の帳簿などを調べました。しかし、事前通告をしたうえでの不十分な調査で、偽装を見抜くことができませんでした。

 また、農林水産省は今年二月、北海道農政事務所の出先機関の職員が「合いびき肉に豚の心臓を混ぜている」などと具体的な内部告発を受け、台帳の提供まで受けていたのに、メディアが報道するまで、何の手も打てませんでした。

 農水省は、三月下旬に農政事務所の課長補佐が道庁に文書を渡して調査を依頼したといい、道庁は、何も受け取っていないと主張。両者は水かけ論の挙げ句、責任の所在はうやむやという醜態をさらしました。ミートホープは、東京にも営業所があって農水省の管轄ですが、同省は、北海道だけで営業する業者だから道の管轄だと思い込んでいたようです。

 農水省や北海道は、何のため、誰のために、税金を受け取って働いているのか真剣に反省し、縦割り行政の弊害を取り除く対策を打ち出すべきです。

内部告発が有効

Question食に関する信頼が揺らぐいま、
私たちに必要な心構えは?

Answer食肉偽装のような企業の不祥事に有効なのは、やはり内部告発です。会社に勤める一人ひとりが、社員である前に人間として会社の行動をチェックし、問題があれば告発する勇気を持つことが大切でしょう。「公益通報者保護法」は、告発を理由とする解雇を無効とし、減給や左遷を禁じています。

 一方、内部告発を受けた役所は、一定の期限内に必ず何らかの対応をし、同時にその情報を公開して社会で広く共有すべきです。業界や社会への影響を考えて社名を伏せる場合でも、どんな情報提供があり、どんな対応をしたかは、毎月一度ホームページで公開するというような透明性が必要です。

 私たち消費者にできることは、第一に、神経質にならない程度に、食の安全に関する情報に気を配ること。第二に、何かおかしいと思ったら企業に問い合わせるなど、監視の目を怠らないこと。第三に、これは好みや忙しさの問題もありますが、たまには子どもと一緒にコロッケを手作りしましょう。

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