更新:2008年8月6日
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日米地位協定(1996)

●初出:月刊『潮』1996年1月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question沖縄の米兵による女児暴行事件で、日米地位協定の見直しが叫ばれていますね。
これについて教えてください。

Answerはい。憎むべき凶悪犯罪は、九月四日沖縄県北部で起こりました。小学生の女の子が、沖縄に駐留するアメリカ軍兵士三人に手足を縛られたうえ車で連れ去られ、暴行されたのです。容疑者らは、他の米兵を犯行にさそったり、レンタカーを借りて襲う女性を物色するという、計画的で、極めて悪質な犯行。まさに「三人の獣《けだもの》による、言語道断の、いまわしい事件」(モンデール駐日米大使)でした。

 事件後、沖縄県警と米軍当局の調べで、海兵隊員と水兵の三人が容疑者として浮かび、県警は七日、婦女暴行容疑で三人の逮捕状を取って、米軍に身柄の引き渡しを求めました。ところが、ここで日米地位協定の「壁」に突き当たります。協定では、容疑者は日本側が起訴するまで米軍が拘束するとされており、引き渡しが拒否されてしまったのです。県警は、毎日三人を基地から署まで護送して取り調べなければなりませんでした。

 日本で起こった凶悪犯罪なのに、警察が容疑者をつかまえられないのはなぜなのか。おかしいではないか。そんな素朴な疑問が、日米地位協定の問題をクローズアップさせたわけです。

六〇年安保と同時に成立

Question日米地位協定は
どのような経緯で結ばれたのですか?

Answer日米地位協定の正式名称は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」です。一九六〇年、新日米安保条約と同時に発効し、現在まで引き続いています。

 一九五二年、日本はサンフランシスコ講和条約によって占領時代に終止符を打ち、独立しました。この時、旧日米安保条約が結ばれ、同時に日米行政協定が交わされました。これが、現在の日米地位協定の前身です。

 旧協定は、アメリカ軍に対して日本が施設や区域を無償提供すること、物資や労務を優先的に提供することなどを定めていましたが、日本国民の権利や義務の観点からすると、たいへん問題の多い協定でした。たとえば、米軍人や軍属、その家族が起こした刑事事件では、日本側にはまったく裁判権が認められていませんでした。国会の承認という手続きなしの政府間取り決めとされたことも問題でした。

 新しい地位協定では、こうした点がいくつか改められ、公務中ではない米兵が施設や区域外で起こした犯罪は、日本に裁判権があるとされました。また、単なる政府間の取り決めではなく、国会の承認を必要とする条約なみの扱いになっています。

 しかし、旧協定よりはましになったものの、今回の事件で露呈したような問題が、依然として残っています。なにしろ、成立したのが三十五年も前、それも国論を二分した安保紛争の最中ですから、無理もありません。

米軍の特別な地位を規定

Question日米地位協定の内容は、
どのようなものですか?

Answerまず、アメリカは、安保条約第六条に基づいて日本国内の施設・区域の使用を許されます(第二条)。アメリカは、施設・区域内で、その設定・運営・警護および管理に必要なすべての措置をとることができます(第三条)。施設・区域を日本へ返還する際には、アメリカはこれを原状に復する義務はありません(第四条)。米政府や米軍の船舶・航空機・車両および米軍人・軍属・その家族は、米軍の使う施設・区域の間や、日本の港・飛行場の間を移動でき、入港料、着陸料、道路使用料などは課されません(第五条)。

 また、米軍または米軍人・軍属・その家族が使うために輸入するすべての資材・物品には関税がかからず、米軍部隊の税関検査も行われません(第十一条)。米軍が日本で保有し、使用し、移転する財産には租税(たとえば固定資産税)が課せられません(第十三条)。

 警察権や裁判権については次のようになっています。米軍人などがアメリカの法令だけに違反した罪(反逆罪など)は米側に専属的裁判権があり、日本の法令だけに違反した罪(内乱罪など)は日本側に専属的裁判権があります。日米どちらの法令にも違反する場合は、米軍関係者に対する罪と公務中の罪については米側に第一次裁判権が、その他の罪については日本側に第一次裁判権があります。日本に裁判権がある米軍関係者の身柄をアメリカが確保しているときは、日本側の起訴まで、米側が引き続き拘禁《こうきん》します(第十七条)。

 公務中の米軍人などが引き起こした損害で、日本政府以外の第三者から賠償請求があった場合、アメリカだけに責任があれば、合意や裁判によって決定された額の二五lを日本側が、七五%を米側が支払います。日米に責任があれば折半《せっぱん》にします(十八条)。

冷静な議論が必要

Question米軍には、ずいぶんいろいろな特権が認められているのですね。
ここまで特別にしなくても、と思いますが?

Answerそうですね。安保条約や地位協定などによって、確かに米軍は大きな特権を与えられています。米軍基地や宿舎では、借地料も固定資産税も払っていません。身近な例でいえば、NHKの受信料も免除されています。

 しかし、だからといって、米軍や米軍関係者に対する特権をすべて剥奪《はくだつ》して日本国民と同じにせよというのは、飛躍しすぎです。

 というのは、日本の自衛隊は、アメリカに駐留しているわけではなく、どこかの国がアメリカ本土を攻撃しても出動しません。ところが、日本が武力攻撃されたら、アメリカはこれを自国の平和と安全を危うくするものと認め、行動を起こすことになっています。日米安全保障条約はそのような条約なのです。米軍の存在がそもそも一方的なのですから、その米軍の持つ権利が一方的なことは、ある程度はやむをえないでしょう。けれども、それには限度というものがあります。

 日米地位協定上は、今回のような凶悪事件でも、アメリカ側の都合により、警察が容疑者取り調べを朝九時から夕方五時までしかできず、土日は休みなどという馬鹿げたことがありえます。そんな特権を与える必要などまったくありません。

 また、忘れてならないのは、冷戦真っ最中の一九六〇年に結ばれた安保条約や地位協定は、最近の国際情勢の大変動を視野に入れていないということです。アメリカには、日本の「安保タダ乗り論」がありますが、経済情勢も大きく変わり、日本は「思いやり予算」や湾岸戦争での資金提供など、資金面で大きな負担をしています。在日米軍の駐留経費の七〇%は日本政府が支払っているのです。

 アメリカの軍隊は、日本を守るためにだけ日本にいるのではなく、アメリカの世界戦略上の一大軍事拠点として日本、とりわけ沖縄を利用しています。得をしているのは日本ではなくアメリカだ、という見方もあります。

Question今後は
どうなるでしょうか?

Answer日米両国政府は、とりあえず地位協定の運用見直しで合意。殺人や婦女暴行といった凶悪犯罪については、アメリカは日本側の要請に対して好意的な考慮を払うとしました。ただし、日米地位協定そのものについては、手をつけない方針です。この協定は、見直そうとすると、さまざまな問題が噴出し、収拾がつかなくなる「パンドラの箱」だというのです。

 しかし、安保条約や地位協定が、未来永劫このまま続くとも思えません。感情的な議論や拙速な議論は戒《いさ》めるべきですが、冷静にその意味を問い続ける姿勢が必要だと思います。

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