更新:2006年9月30日
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核拡散防止条約(NPT)再検討会議

●初出:月刊『潮』2005年6月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

核拡散防止条約とは?

Question核拡散防止条約再検討会議が始まったと聞きました。
どういうことですか?

Answerまず、核兵器拡散防止条約(Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons=NPTと略す)について説明しましょう。

 これは、米ソ二超大国を中心とする東西両陣営の対立(冷戦)を背景に、当時の核保有国以外に核兵器を拡散させないことを狙って、1968年に成立し70年に発効した条約です。締結国は2003年9月現在189か国で、主な非締約国はインド、パキスタン、イスラエルなど。日本は70年2月に署名し76年6月に批准《ひじゅん》しました。

 NPT条約の内容は、(1)核拡散防止、(2)核軍縮、(3)原子力の平和的利用の三つに分けられます。

 (1)核拡散防止については、第九条の三で「この条約の適用上、『核兵器国』とは、1967年1月1日以前に核兵器その他の核爆発装置を製造しかつ爆発させた国をいう」とし、アメリカ、ソ連(現ロシア)、イギリス、フランス、中国の5か国を「核兵器国」と定めています。そして、第一条で核兵器国の核拡散防止義務を、第二条で非核兵器国の核拡散防止義務を謳っています。つまり、「米ロ英仏中」以外への核兵器の拡散を許さないというのです。

 (2)核軍縮については、第六条で、各締約国による誠実に核軍縮交渉を行う義務を定めています。

 (3)原子力の平和的利用については、第四条の一でそれが締約国の「奪い得ない権利」であると規定するとともに、第三条で原子力の平和的利用の軍事技術への転用を防止するため、非核兵器国が国際原子力機関(IAEA)の保障措置を受諾《じゅだく》する義務を定めています。

 保障措置とは、IEAEが各国の原子力の利用についてチェックし、確かに平和目的に限って利用されていると検認すること。具体的にはIEAEは、原子力設備・施設の設計を検討・承認、保健上・安全上の措置の遵守を要求、核物質に関する記録の保持・提出を要求、経過報告を要求・受領するほか、違反がないかどうか調べるために査察員を派遣し、違反を是正しない場合は制裁を加えたりします。NPT条約の第三条には、非核兵器国は、IAEAと協定を結び、そのような措置を受け入れなければならないと書いてあるわけです。

 このほかNPT条約は、第八条の三で、条約の運用を検討する5年ごとの運用検討会議(再検討会議)の開催を定めています。これに基づいて75年に第1回NPT再検討会議が開かれ、2005年の今回は第7回目。5月2日から米ニューヨークで開かれています(23日に閉幕予定)。

NPT拡大の一方、NPTへの挑戦も

QuestionNPT条約が作られてから35年も立つのですね。
この間の経緯を教えてください。

Answer1970年当時は、核兵器を製造できる技術力を持つ国はごく限られていました。核保有五大国をはじめ日本や西ドイツなどの先進国がそうですが、日独は核武装するつもりなどありませんから、核兵器の製造を事実上五つの国だけの特権と決めても、あまり不都合はなかったのです。

 しかし、その後、各国の技術力が高まり原子力の利用が進むとともに、核兵器製造技術が陳腐化したため、潜在的に核兵器を作ることのできる能力を持つ国が30、40と増えていきました。

 もう一つの大きな変化は、1980年代の末に起こった東西対立の終焉(ソ連圏の崩壊)です。これによって、米ソ二大国が締め付けていたタガがはずれ、核拡散の懸念が強まりました。

 こうしたなか、NPT体制を拡大する動きとしては、南アフリカが保有核兵器を放棄し非核兵器国として加入(1991年)、核兵器国フランス・中国の加入(92年)、ベラルーシ・ウクライナ・カザフスタンが核兵器をロシアに移転し非核兵器国として加入(〜94年)、ブラジル加入(95年)、アルゼンチン加入(98八年)などがありました。

 一方、NPT体制を揺るがす動きには、条約締約国であるイラク(91年)、北朝鮮(93年)の核兵器開発疑惑がありました。NPTに加入していないインドとパキスタンが相次いで核実験に踏み切ったこと(98年)も、深刻なできごとです。

 なお、NPT条約は、もともと第一〇条の二で、条約の効力発生の25年後、条約が無期限に効力を有するか追加の一定期間延長されるかを決定するための会議を開くことが定められていました。1995年の再検討会議では、これに基づいて条約の無期限延長が決定されています。

開催までに議題が決まらず

Question今回の核拡散防止条約再検討会議は、
どんなテーマで話し合ったのですか?

Answer今回の会議を展望する前に、前回2000年のNPT再検討会議に触れておきましょう。

 5年前の会議では、核軍縮・核拡散防止における将来に向けた現実的措置を含む「最終文書」というものが、参加国の同意のもと採択されました。

 最終文書に盛り込まれた内容は、(1)核実験全面禁止条約(CTBT)の早期発効とそれまでの核実験モラトリアム(停止)。(2)軍縮会議に対して、カットオフ条約(核兵器の原料となるプルトニウムや高濃縮ウランなど核物質の生産を全面的に禁止する兵器用核物質生産禁止条約)の即時交渉開始と5年以内の妥結《だけつ》を含む作業計画に合意することを奨励。(3)START(核弾頭の削減などの戦略兵器削減交渉)プロセスの継続と一方的核軍縮の推進など。

 核兵器の開発には核実験が不可欠ですから、核実験を全面禁止にすることで核の拡散を防ごうという条約がCTBT。これを急ぐべきだと前々回(1995年)の最終文書に書いてあり、その後1996年の国連総会でCTBT条約が採択されました。この条約が発効するには核兵器の潜在的な開発力がある44か国の批准が条件ですが、現在、アメリカ、インド、パキスタン、北朝鮮など11か国が批准しておらず、まだ効力を有していません。

 すると、5年後の今回は、前回の最終文書を出発点として話し合うのが順序ですね。ところが実は、この点でおおいに紛糾したのです。今回の核拡散防止条約再検討会議は、初日の5月2日の時点で話し合う議題がはっきり確定しないという異常事態のなか、スタートしました。

目立つアメリカの強行姿勢

Questionどうして、そんなことに
なってしまったのですか?

Answerというのは、2001年に誕生した米ブッシュ政権がCTBTを拒否し、カットオフ条約の交渉にも極めて消極的な姿勢を見せはじめたからです。

 さらに2001年9月、米同時多発テロが勃発《ぼっぱつ》したため、アメリカは対テロ戦争を戦い抜くと宣言。同時に、地中貫通型核や小型核など「使える核」の研究開発に着手し、朝鮮半島や台湾をめぐる軍事衝突など具体的事例を挙げて核兵器の先制使用をにおわすなど、核軍縮を進める姿勢を放棄しはじめました。実際アメリカは、多くの国が慎重な姿勢を見せるなかで、イラクを攻撃しフセイン政権を崩壊させるなど、単独行動主義に大きく傾いています。

 今回の会議でも、アメリカは2000年の最終文書に盛り込まれた中身を議題とすることを拒否。合意したときとは状況が変わったと、最終文書をほごにする構えで、イランや北朝鮮の核開発疑惑を優先すべきと主張しています。

 また、核開発疑惑の渦中にあるイランも、自国の問題が議論されることになるため2000年以後の展開を扱うことに反対。主として、この二か国の利害によって、会議は2週間以上空転しました。

 2005年5月19日からようやく核拡散防止、核軍縮、原子力の平和利用の三つの委員会を開くことが決まりましたが、残り時間も少ないので、どのような成果が得られるのかハッキリしません。会議の結末には要注目です。

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