更新:2008年8月16日
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北海道南西沖地震(奥尻島津波)

●初出:月刊『潮』1993年9月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

日本海では史上最大規模

Question北海道南西部を襲った地震で大変な被害が出ましたが、
詳しいことを教えてください。

Answerはい。地震は一九九三年七月十二日午後十時十七分ころ、北海道や東北など広い範囲にわたって発生しました。震源は北海道南西沖の北緯四二度四七分、東経一三九度一二分で、深さは約三四キロメートル。地震の規模はマグニチュード七・八と推定され、日本海では有史以来最大規模。このエネルギーは関東大震災を引き起こした大正一二年の関東大地震とほぼ同じと考えられます。揺れは最大で震度五の強震でした。

 不幸なことに、この北海道南西沖地震では、地震が引き起こすありとあらゆる被害が出そろってしまった観があります。第一に地震の揺れによる直接的な被害ですが、日本の家屋は比較的地震に強くつくられているので、震度五程度ではまず倒壊することはありません。しかし、今回は地震が土砂崩れを引き起こし、建物が下敷きになったり交通網が分断されるという被害が多数発生しました。奥尻島のホテル洋々荘の崩壊がその典型です。

 第二に、大津波が奥尻島や北海道沿岸を襲い、港や海岸部の民家を直撃。多数の死者・行方不明者を出したほか、人家や堤防の損壊、漁船の流失転覆、自動車の流失といった被害が続出しました。これらの地域は震源ときわめて近く、地震とほぼ同時に大津波が襲ったため、逃げる暇がなかったようです。

 第三に火災の被害です。奥尻島南端の青苗では地震直後に火災が発生。最近雨が少なかったこと、各家庭に風呂を沸かす灯油やプロパンガスが置いてあったことなども災いしてあっという間に延焼し、六八〇戸のほぼ半数が焼失しました。青苗の報道を見て空襲による焼け野原を思い出した方も少なくなかったと思いますが、町は津波と火災で壊滅的な打撃を受けました。

 こうして北海道南西沖地震の犠牲者は、七月二十日現在で死者一八一人、行方不明六四人にのぼり、戦後の地震では昭和二十三年の福井地震(死者三八九五人)、二十一年の南海地震(死者・行方不明一四三二人)に次ぐ三番目の大災害となったのです。

地震発生のメカニズム

Question北海道南西沖地震の原因、
発生のメカニズムを教えてください。

Answer地球物理学によると、地球の表面はプレートと呼ばれるいくつかの巨大な岩盤によって覆われています。つまり、地球は白と黒の皮切れが何枚か縫い合わされているサッカーボールのようなもの。ボールと異なるのは、プレートが一年に数センチずつゆっくり移動していることです。その結果、サッカーボールの縫い目に当たるプレートの境界では、山脈や海溝ができたり、火山や地震活動が生じるなど、さまざまな自然現象が起こると考えられています。この考え方を「プレートテクトニクス」といい、北海道南西沖地震の起こったメカニズムもこれで説明できるのです。

 地震の震源付近はユーラシアプレートと北米プレートが衝突しており、ユーラシアプレートが北米プレートの下に斜めに沈み込んでいます。沈んでいくプレートは徐々にひずみを起こし、ひずみがある限界を超えると、両方のプレートがひずみを解消する方向に急激に動きます。これが地震波となって地表に届くわけです。

 一七四一年に北海道や津軽を襲った地震、一九四〇年の積丹半島沖地震、八二年の日本海中部地震、九三年の北海道南西沖地震の震源を調べると、北海道・東北の日本海側で南北一列に並びます。これらはいずれもユーラシアプレートと北米プレートの境界で、同じメカニズムによって発生した地震と考えられています。

 プレートの沈み込みは、プレートがとぎれるまで続くので、これらの地域では今後も地震が引き続くと考えられます。もちろん今回の地震で巨大なエネルギーが開放されましたから、余震を除けば、同じ場所で同じような規模の地震が起こる可能性はほとんどありません。しかし数十〜数百年かかってひずみがたまれば、また巨大地震が発生します。日本列島では、ユーラシア、北米のほか太平洋プレート、フィリピンプレートが衝突していますから、いつどこで地震が起こっても不思議ではないのです。

最大三〇メートルの大津波

Question今回の地震では津波の恐ろしさを改めて思い知らされました。
気象庁による津波の観測値と実際の大きさは、どうして食い違ったのですか?

Answerそうですね。気象庁は地震発生の五分後に、北海道と東北の日本海側に大津波警報を発令しました。これは「大津波が来襲し、大きな災害を引き起こすおそれがあり、予想される津波の高さは約三メートル以上に達する見込み」という場合に出されるもの。警報は当たっていましたし、発生後五分という時間も気象庁ではほぼベストの対応としています。しかし、死者・行方不明二百数十人の大部分は津波による犠牲者ですから、現在の津波予報体制には問題があるといわざるをえません。

 第一に、地震発生後五分で警報が出ても、震源に近い場所では間に合わないことが明らかになりました。海岸部に住む人は、今後大きな地震を感じたらただちに高台に避難するしか対策はなさそうです。

 第二に問題なのは、気象庁や報道機関が、津波の高さは海岸の地形に著しく左右される事実をきちんと伝えなかったこと。たとえば鹿島灘に三メートルの大津波が襲ったとして、同じ規模の津波が三陸沿岸を襲ったらどのくらいの高さになると思いますか。場所にもよりますが、恐らく三〇メートルとか四〇メートルに達するところがあると思います。つまり、津波は出入りの少ない海岸では低く、出入りの激しい海岸では極端に高くなるのです。とくに外海に面し、奥にむかうほど急に浅く、狭くなる入江──海底がメガフォンを縦に半分にしたような形になっている場所では、入江の奥で波が集中し巨大な津波になります。奥尻島のようにまわりがすべて海という場合も同様で、津波の高さは青苗で約一〇メートル、島の西海岸では最大三〇メートルに達しました。大津波警報を出したならば同時に、場所によっては一〇メートルないし二〇メートル以上の津波が襲う恐れがあると伝えるべきでした。

 第三に気象庁の検潮所のデータが、津波の際にはまったく役に立たないこともはっきりしました。たとえば気象庁の観測では、北海道稚内での津波は三七センチでしたが、目撃者によると水面が一・五メートルは上下した模様です。検潮所では海水を導水管に導き、その高さを計りますが、津波の海水は導水管にうまく入らないのです。北海道南西沖地震は、津波予報のあり方に大きな課題を残したといえます。

北海道南西沖地震の教訓

Question地震といえば、関東地方や東海地方の
大地震が心配になりますが?

Answer東海地方では地震予知体制が整いつつありますが、関東直下型といった地震が突然起こる可能性は否定できません。私たちは地下でプレートが衝突し合う日本列島を逃げ出すわけにはいかず、地震から逃れることもできないのです。東京のように成熟化した都市では、住民の防災意識を高める以上に有効な対策はあまり見当たりません。今回の地震から得た教訓を今後に活かすことが大切です。

 まず第一の教訓は、地震(震度五程度)の揺れそのものによる直接的な被害は土砂崩れや(今回は起こりませんでしたが)液状化を除けば、それほど大きくないだろうということです。東京に建つビルや住宅などは、関東大地震クラスの地震でも大部分が倒壊しないと思います。ですから慌てて外に飛び出したりせず、落ち着いて揺れがおさまるの待つべきです。逆にいえば、崖下や傾斜地、液状化の起こりやすい土地では地震対策が欠かせません。

 第二の教訓は青苗に見た火事の恐ろしさです。とにかく使っている火を消すこと。万一火事が発生しても初期消火に全力を上げ、延焼を防ぐことが必要です。

 第三には、こうした災害では個々人の状況判断が生死を分けるということ。今回、漁船の様子を見にいって津波に呑まれたケースがありましたが、これは残念ながら判断が甘かったのです。大都市では、どの時点でどの避難場所へどのルートで逃げるかという状況判断が、きわめて重要になります。

 このほか大都市の地震で怖いのは、盛り場、駅、地下道、大規模な商業ビルなどでのパニック、自動車火災や交通事故、水道・電気・ガス・電話・オンライン情報網といったライフラインの分断など。行政はもちろん、企業、学校、家庭、個人などあらゆるレベルで、防災意識の徹底が望まれます。

【サイトアップ時の追記】上記は、あくまで震度五(強震)程度の地震の話です。震度六〜七の地震では、耐震強度の弱いビルや古い木造家屋などの倒壊が起こるほか、固定していない家具が倒れます。これは阪神・淡路大震災の教訓です。上記原稿中「関東大地震クラスの地震でも大部分が倒壊しないと思います」という表現は、間違ってはいませんが、たとえば住宅の5%が倒壊しても、住宅数が多い大都市では多数の死傷者が出てしまいます。この点、もっと危機意識を高める表現にすべきでした。

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