更新:2008年8月16日
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金融検査・監督機能の分離(大蔵省改革)

●初出:月刊『潮』1997年2月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question大蔵省の改革論議が盛んですが、その中によく出てくる
「金融検査・監督機能の分離」について教えてください。

Answer大蔵省は「官庁の中の官庁」といわれています。その最大の理由は、大蔵省が国の予算編成権を握っているからです。

 どんな政策も法律も、予算の裏づけがなければ機能しません。予算をつけるかつけないかの決定権をもち、場合によっては国債制度やさまざまな補助金・融資制度を駆使してどこからか予算をひねり出すノウハウをもつ大蔵省は、各省庁の政策を左右する巨大な権限を有しているといえます。その影響力は、政治家に対しても、地方自治体に対しても及んでいます。

 同時に、大蔵省は国の徴税権を握っています。これも大蔵省の力の源泉の一つ。傘下に税務署をもつことは、企業や個人に対するさまざまな影響力の行使につながります。

 国のカネの「出と入り」を押さえている大蔵省は、さらに銀行・保険・証券行政を担当しています。戦後、財閥解体がされたとはいえ、日本では銀行を中心とする企業グループ・系列の結びつきが強固ですから、銀行に強い大蔵省は企業に対しても強いわけです。

 しかし、このような大蔵省の存在は、バブル経済が崩壊したころから、わが国の官僚制度の「マイナスの象徴」として語られるようになりました。とりわけ問題とされたのは、護送船団方式によって銀行・保険・証券業界を守ってきた大蔵省が、頻発する金融不祥事(住専問題、不良債権問題、相次ぐ金融機関の破綻、巨額の為替差損の発生、損失補填《ほてん》事件など)で、自らの責任を明確にできなかったこと。

 それどころか、高級官僚の業界との癒着(天下り、元主計局次長への資金供与、元主計局総務課長への海外旅行など過剰接待、銀行局長OBへの未公開株の供与など)が表面化。大蔵省の改革は、日本の行政改革を進めるうえで、避けて通ることのできない重要課題と位置づけられるようになりました。

金融検査・監督機能の分離

Question大蔵省の改革には、
どのような方法があるでしょうか?

Answerたとえば、大蔵省を解体して予算庁、税務庁、金融庁の三つに分けるべきだという主張があります。総理府予算庁のような組織をつくって予算編成権を首相に移管し、大蔵省には政策立案機能だけを残すという意見もあります。

 少なくとも、金融検査・監督機能だけは大蔵省から分離すべきだという考え方もあります。先の総選挙では、どの政党も大蔵省改革を公約に掲げましたが、連立与党も主要野党も、この考え方でほぼ一致していました。

 大蔵省では、銀行局が銀行や保険会社を、証券局が証券会社を監督し、検査や行政指導をおこなっています。しかし大蔵省は、経営が破綻した金融機関に「粉飾決算」(普通の企業なら犯罪です)を指導し、延命を図るようなことをやっています。金融不祥事が噴出して、大蔵省の検査・監督ではダメなことがはっきりしましたから、外部から金融業界を検査・監督させようというわけです。

 ただし、分離・独立の方法には、いくつかの考え方があります。総選挙直前に連立与党がまとめた案では、国家行政組織法第三条に基づく「公正取引委員会」型の委員会を基本とする方向が打ち出されました。民主党の案では、大蔵省から独立させた検査・監督部門を首相直属の機関とします。新進党の案では、現在の証券取引等監視委員会と検査部門を統合した委員会をつくるとしています。

 このほか、政府系金融機関を見直し将来は原則的に廃止する、特殊法人などへの大蔵官僚の天下りを規制する、銀行局出身者は銀行へ、証券局出身者は証券会社への再就職を禁止する、といった改革案が提案されています。

 日本の金融システムが世界のシステムから大きく遅れを取り、そのことが金融システムの信頼を揺るがせていることから、大蔵省改革と同時に大蔵省が残すさまざまな規制を緩和することも必要だと考えられています。銀行や証券会社の業務範囲の見直し、株式手数料の自由化、持ち株会社の解禁などが話題に上っています。

「公取委」型の委員会とは?

Question金融検査・監督機能を「公正取引委員会」型にもたせる
という案について、詳しく解説してください。

Answer国家行政組織法第三条は「国の行政機関は府、省、委員会及び庁」とすると定め、このうち「委員会及び庁は、府又は省に、その外局として置かれるものとする」としています。

 たとえば、総理府には公正取引委員会、国家公安委員会などの委員会が、また宮内庁、総務庁、防衛庁、経済企画庁などの庁が置かれています。これらは総理府の外局なのです。大蔵省には委員会はなく、外局として国税庁が置かれています。

 一方、公正取引委員会は、独占禁止法によって、ある程度の独立性が確保されています。独禁法第二八条には「委員長及び委員は、独立してその職権を行う」とあり、政治家や他省庁から職権行使について影響を受けない独立性をもつとされています。また、同第三一条では、禁治産や破産宣告を受けたり、禁固以上の刑に処せられた場合などを除いて、「委員長及び委員は(中略)意に反して罷免されることがない」と身分保障を定めています。

 大蔵省から分離・独立させた金融検査・監督機能は、このような独立した委員会に担わせるべきだというのが、一つの考え方です。

 ところが、これには組織防衛に必死の大蔵省が、反論を打ち出しました。その反論は、(1)トップに閣僚(政治家)がいない委員会は、責任の所在がはっきりしない、(2)委員会組織では、金融機関の破綻など緊急事態に迅速な行動が取れない、(3)委員会が地方財務局(大蔵省で地方の金融検査・監督を担当する)と別の地方組織をもつことは非効率で、行政改革に反する、(4)優秀な人材の確保が困難で、大蔵省と切り離して人材を集めるのは非現実的、などです。

 これには公正取引委員会が、「われわれは責任ある仕事をしていないというのか」と強い不快感を表明しました。委員会は、公正取引委員会のように司法的な判断が求められる仕事になじむなど、大蔵省の言い分には、うなずける点もあります。しかし、全体としては相変わらず独善的な、極めて反省の色の薄い反論でした。

 大蔵省が期待するのは「国税庁」型の分離ですが、外局とはいえ、国税庁は完全に大蔵省の一部として機能しています。これでは、大蔵省の改革にはまったくつながらないでしょう。

行財政改革の突破口

Question金融検査・監督の分離は、
どのようなかたちで進む見通しですか?

Answer大蔵省の反論があり、総選挙後に自民党の一部から「公取委」型にはこだわらないという発言が出たりして、議論は一時迷走し始めたかと見えました。

 しかし、九六年十一月末に橋本龍太郎首相が記者懇談で「他省庁にわたる検査・監督を集中させる方向では、大蔵省の中に置くという選択肢は出てこない」「独立委員会に、検査・監督の両方できるか。また、合議制のタイムロスをどうみるか」と述べたあたりから、検査・監督機能の大蔵省からの分離・独立が現実的になってきました。

 現在、農林系金融機関は農林水産省が監督していますが、新しい組織は、農林系も労働金庫もノンバンクも、一般金融機関と同じようにあつかうわけです。また、新しい組織は総理府に置かれる案が濃厚ですが、「公取委」型ではなく、閣僚をトップにもつ「金融庁」的なものに落ち着きそうです。

 「官庁の中の官庁」である大蔵省の改革は、日本の行財政改革の突破口。何としても推進してもらいたいものです。

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