更新:2008年8月16日
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ペイオフ

●初出:月刊『潮』1999年8月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question二〇〇一年四月から「ペイオフ」が始まる
と聞きました。どういうことですか?

Answerペイオフは、給料や儲けなどの「支払い」という意味。しかし、いま話題になっているペイオフは、銀行が破綻したとき、預けられている預金を「最高一〇〇〇万円までに限って支払う」(払い戻す)制度のことです。

 北海道拓殖銀行、国民銀行、幸福銀行などの例が示すように、バブル崩壊以来、金融機関の破綻は珍しくなくなりました。

 ところが現在は、銀行に預けたおカネは全額が保護される(利子付きでそのまま預金者に返される)ことになっています。

 記者会見で政府責任者が、銀行の破綻を伝えた後「ただし預金は全額が保護される。預金者は落ち着いて行動するように」と語るのを、ニュースでご覧になった方もおありでしょう。

 実はこれは、二〇〇〇年三月いっぱいまでと期限を切った特別な措置なのです。

 ある企業に対して売掛金という形で貸したカネが、その企業が倒産したとき全額戻ってくるなどという虫のよい制度は、世の中には存在しません。自分が儲けるために代金後払いの約束をしたのですから、相手が倒産するかもしれないリスク(危険性)は自分が負わなければなりません。

 しかし、金融機関の場合は、その銀行が危ないかどうかという経営判断など、したくてもできない多くの個人が、おカネを預けています。これは、企業が企業が取り引きする場合と同一には語れません。

 また、銀行の経営不安や破綻によって預金が失われるようなことがあると、それをきっかけに多くの金融機関で預金の引き出し(取り付け騒ぎ)や短期金融市場で資金引き揚げなどが起こり、金融機関の連鎖的な破綻を招く恐れがあります。これは金融恐慌ともいうべき大変な状況で、なんとしても避けなければなりません。

 そこで、日本の金融機関の再生にある程度のメドが立つまでは、預金は全額保護されることにして預金者の不安を取り除く、という政策が取られているわけです。

ペイオフ実施までに金融安定化

Question預金の全額保護に期限を切ったのは、
なぜですか?

Answer二〇〇一年三月までに、銀行の不良債権を処理し、生き伸びることのできない銀行はつぶすか、合併などで整理し、日本の金融を安定化させるということです。国がそのように内外に宣言した約束の日の翌日から、ペイオフが始まるわけです。

 現在、預金の全額保護のほか、大型金融機関が破綻したときの特別公的管理(一時的に国有化し受け皿銀行を探す)や、公的資金による資本注入(銀行の資本を増強し経営を安定させるために、公的資金を貸す)といった方法で、金融の安定化が図られていますが、これらはいずれもペイオフ実施までの特例措置。大手術の際に輸血や人工呼吸をするようなものです。

 そもそもつぶれる銀行は、預金で集めたカネを企業に貸し出し、それが焦げ付いて回収できず、カネが足りなくなって破綻します。ですから、預金を全額払い戻すには、公的資金(つまり、私たちの税金)を使わざるを得ません。銀行はもともと、預金保険料といって、万一の場合に預金の払い戻しに応じる資金を積み立てています。しかし、これは一年でたまる分が二〇〇〇億円程度にすぎず、全然足りませんから。

 ところが、つぶれるような銀行は信用がなくうまく預金集めができないため、高い利率を提示して無理やり預金を集めるケースが多いのです。預金が必ず全額戻ってくるなら、元本と破綻するまでついた高い利子とを受け取ることができます。つまり、健全な銀行に預金するよりダメな銀行に預金したほうが得という話になってしまいます。得な分は、国民の税金からかすめ取っているようなものですね。

 こんなおかしなことを、いつまでも続けるわけにはいきませんから、二〇〇一年四月までにダメな銀行には撤退してもらう。そこから先は万一銀行がつぶれても、預金一〇〇〇万円(一〇〇〇万円を定期預金にして利子が一〇万円ついたとしても、元本の一〇〇〇万円)までしか国は面倒を見ない、というのです。

外貨預金は保護されない

Question逆にいえば、銀行預金が一〇〇〇万円以下の人には、
影響がない話ですね?

Answer三〇〇万円しか銀行に預けていない人は、現在も二〇〇一年四月からも、何も変わりはありません。郵便貯金も国が元本を保証すると約束していますから、ペイオフとは無関係です。世帯あたりの預金残高は、四八一万円(九七年末、総務庁調べ)ですから、ほとんどの国民はペイオフの心配はいりません。退職金や相続によって三〇〇〇万円の預金をしているという場合でも、銀行を三つに分ければすむ話です。

 注意しなければならないのは、限度額の一〇〇〇万円は、預金者一人あたりであって、一口座あたりではないこと。万一破綻をきたし、ペイオフを実施するときは、銀行は「名寄せ」ということをして、同じ人の複数の口座を一つにまとめます。夫婦別々の口座ならば、それぞれの限度額が一〇〇〇万円です。

 また、銀行で取り扱うすべての金融商品について適用されるわけではなく、外貨預金、譲渡性預金、割引金融債、利付金融債などは、対象となりません。外国銀行の日本支店の預金も対象外ですから、注意してください。

 なお、破綻した次の日に銀行にいっても一〇〇〇万円を受け取ることはできません。名寄せのほか、預金保険機構が概算払い率(預金をどのくらい払い戻すかという率)を決定するのに時間がかかります。必ず戻ってくるとはいえ、二〜三か月は手のつけようがないことがありえます。そこで、預金保険機構では一口座あたり二〇万円まで仮払いを受け付ける方針です。これは当面の生活費を目安にしたそうです。

銀行の選別が進む

Question大口の預金者は、つぶれない銀行を
選ぶ必要が出てきますね?

Answer銀行に一億円以上預けているというような人や企業は、もともと専門家(FP=ファイナンシャルプランナーなど)に相談しているでしょうから、いうまでもないと思いますが、安全な銀行を自分の責任で選ぶことが重要になってきます。

 「卵を一つのカゴに盛るな」とは、昔からいわれている投資の鉄則。余裕ある資金は、銀行預金、外貨預金、郵便貯金、株式、債券、金、土地、現金などに分割し、リスクを分散させておくのです。こうすれば、銀行預金に振り向ける資金は減ってきますから、それを、いくつかの安全な銀行に預け入れればよいのです。

Questionペイオフ延期論が出ている
とも聞いたのですが?

Answer「第二地銀」と呼ばれる比較的弱小の地方銀行や、自民党の一部が、ペイオフ延期を求めています。理由は、一〇〇〇万円しか保証されなくなると、危ないと思われた金融機関から預金が流出しかえって信用不安を招くというもの。しかし、これは、いかにも不良債権の処理が進まない、危ない金融機関の言い分です。二〇〇一年のペイオフ実施は国際社会にむけた日本の公約ですから、延期すべきではないと思います。

 それに、二〇〇一年以降に銀行が破綻したとしても、必ずペイオフされると決まったわけではありません。アメリカは八八年に中小金融機関の破綻が相次ぎましたが、実際にペイオフしたのは全体の三%。詐欺まがいのどうしようもない金融機関だけでした。大部分のケースでは不良債権を切り離したうえで、別の銀行が経営を引き継いだのです。これは「資産と債権の継承」(P&A)と呼ばれる制度で、日本版P&A制度の導入も検討されています。ペイオフの導入と聞いて慌てふためく必要など、決してないのです。

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