更新:2008年8月16日
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プルトニウム(輸送)

●初出:月刊『潮』1993年1月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

核燃料としてのプルトニウム

Questionフランスから日本へのプルトニウム輸送が大きな話題になっていますね。
どういうことなのか教えてください。

Answerはい。プルトニウムとは何か、なぜそれをフランスから日本に運ぶという話が持ち上がったのかを知るためには、原子炉や核燃料の説明が欠かせません。まずその説明から始めましょう。

 すべての物質が「原子」という基本単位に分けられること、原子は「原子核」とその周囲を回る「電子」からなることはご存じでしょう。そして、普通原子核は安定していますが、ある特殊な場合に「分裂」または「融合」することが知られています。核分裂は一個の原子核が二個や三個に分かれ、核融合は二個から新しい一個の原子核ができ、どちらの場合も膨大なエネルギーが出ます。分裂しやすい元素(物質)の代表はウラン、融合しやすいのは重水素や三重水素。前者を軍事目的に使ったのが原子爆弾で、後者が水素爆弾でした。

 しかし、原爆や水爆と同じ反応でも、ある場所に封じ込めて制御しながらゆっくり起こせば、人類にとって有効なエネルギーになる可能性があります。そこで、ウランなどを原子炉に閉じ込めて緩慢に分裂させ、エネルギーを取り出そうというのが「原子力」なのです。融合のほうは核融合炉に閉じ込めますが、実用化はまだまだ遠い将来の話です。

 さて、原子炉の中では、ウランを燃料として核分裂反応が起こっているわけですが、ウランを一度燃やした「使用済燃料」の中には、まだエネルギーとして利用できるウランと、燃やしたことによってできたプルトニウムが残ります。両方とも適当に処理(核燃料再処理といいます)すれば、再び核燃料として使えるのです。

 さらに、ある場合には燃焼したプルトニウムよりも多いプルトニウムが生成できます。そのための原子炉を「増殖炉」と呼びます。ですから、ウランを燃やして初めてできる(ウランと違って天然には存在しません)プルトニウムは、核燃料としてウラン以上に特別な位置を占めているわけです。

核燃料サイクルの一環

Questionわが国の原子力発電所の原子炉でも、
プルトニウムが少しずつ生まれているのですね?

Answerその通りです。そして、使用済燃料に含まれるウランもプルトニウムも、資源のないわが国では貴重なエネルギー源と考えられ、日本の原子力政策は「核燃料サイクル」を柱に掲げています。これは使用済燃料を再処理に回し、積極的なリサイクルを図ろうという考え方です。

 ところが、わが国には核燃料の再処理工場というものがありません。そこで現在までのところ、東京電力や関西電力など原発を持つ電力会社は、自分のところで出た使用済核燃料をイギリスやフランスの核燃料公社に委託し、再処理してもらっています。平成三年度末までに出た八一〇〇トンのウラン使用済燃料のほとんどが再処理されており、分離回収されたウランやプルトニウムは現地で貯蔵されているのです。今回、プルトニウム輸送船「あかつき丸」がフランスで受け取って日本まで輸送中のプルトニウムは、こうした再処理燃料の返還の一例です。

Questionなぜ、いまプルトニウムの
返還なんですか?

Answerわが国では現在、青森県六ヶ所村で核燃料サイクル施設の建設が進んでいます。この再処理工場は七年後には本格稼働する予定です。また、プルトニウムを燃やせばより多くのプルトニウムが得られる高速増殖炉の「もんじゅ」も、来春には臨界を迎えます。これは「動力炉・核燃料開発事業団」(動燃)の原子炉で、福井県敦賀市にあり、出力は二八万キロ・ワット。日本では、本格的なプルトニウム利用時代が始まろうとしているともいえます。そこで専用船まで仕立てて、海上輸送が始まったというわけです。

 しかし、英仏で再処理を施したプルトニウムが日本に帰って来るのは、何も今回が初めてではありません。あかつき丸が運んでいるのは約一トンですが、これまで航空機や船舶によって、のべ一〇回以上、合計一・三トンのプルトニウムが運ばれています。それが今回に限ってかつてない大騒ぎになったのは、それなりの事情があります。

世界各国から反対の声

Question今回のプルトニウム輸送は世界的な批判を
巻き起こしたようですが、どうしてですか?

Answerひとことで言えば、欧州から極東までわざわざ専用船を仕立ててプルトニウムを運ぶ国など、世界に日本しかないからだと思います。

 米英仏といった国は自国で処理しますし、ロシア(旧ソ連)や中国も含めて、これらの国は核兵器を持っています。プルトニウム輸送どころか、潜水艦や空母に原子炉そのものを積み、しかも核爆弾や核ミサイルまで搭載し、何十年も前から世界中を行ったり来たりしているのです。プルトニウムを運ぶ時は、軍が運ぶからわからないだけ。あかつき丸一隻と、時代遅れの原潜や核ミサイルと、どちらが危ないかといえば、むこうのほうが危ないでしょう。

 あかつき丸がプルトニウムを積み込んだ仏シェルブール軍港で抗議行動を繰り広げた反核団体や、あかつき丸の領海立ち入り拒否を次々に表明した各国が、核保有国に毅然とした反対の意見表明をしてきたかどうかは疑問。ですから、批判しやすいものをもっぱらムード的に批判しているという面は、否定できないと思います。

 もちろん、だからといって今回のプルトニウム輸送に何の問題もないとはいえません。プルトニウムは非常に毒性の高い物質。輸送船に万一の事故があった場合、安全性が確保できるかどうかは(政府は安全といっていますが)はっきりしません。輸送ルートは極秘、海上保安庁の護衛艦が付き添い、米軍も監視しているとはいえ、「核ジャック」の可能性が皆無とはいえないでしょう。

 また、海外には「日本はプルトニウムを持ち帰って核兵器を開発するつもりでは」という疑念が、いまだにあります。ほとんどの日本人はそんなことはありえないと思うでしょうが、彼らがそう思うからには、わが国の説明の仕方(たとえば外交)がまずいのです。反核団体の抗議はさておき、各国の反応は日本政府や関係機関にとって明らかに予想外でしたが、これも秘密主義と裏表の説明不足によるところが大きかったと思います。

冷静で徹底的な議論を

Questionプルトニウムの海上輸送は、各国の反対の中を
あえてやるほど、必要なことなんですか?

Answerそうですね。その点も議論が分かれるところです。青森県六ヶ所村に建設中の核燃料サイクル施設ができれば、なにしろプルトニウムはプルトニウムを生み出すのですから、海外から回収する必要などないと計算する人もあります。惨めな失敗に終わった原子力船「むつ」の例から明らかなように、官僚機構は一度決めたことは、誰の目にも無駄とわかってもやめません。プルトニウム輸送も同じ無駄にならないかと心配する声は、小さくありません。

 現在はウランが過剰供給ぎみですし、米ソ冷戦の終結で解体を待つ核兵器が山をなしています。その弾頭にはプルトニウムが詰まっています。わざわざ海外輸送をするより、核兵器からの回収に手を貸したほうがいいという主張もあります。旧ソ連の抱える大量のスクラップ核兵器は、管理体制が非常に心配な状況です。核ジャックを試みる国際テロ組織にいくらかでも判断力があるなら、あかつき丸よりはこちらを狙うでしょうから。

 最近では増殖炉で世界トップを走ってきたフランスが高速増殖炉「スーパーフェニックス」の運転を一時停止するなど、″プルトニウム再利用推進派″の旗色は悪くなっています。停止には技術的な問題とともに、環境保護を重視する世論に対する配慮があったといわれます。ドイツもすでに脱落し、増殖炉ではいまや日本が孤独なトップランナー。手がけているのが一人では、国際社会の理解が得にくい状況は続きます。

 一方、CO2増加による地球温暖化を考えれば、期待できるエネルギー源は原子力しかないという意見も根強くあります。ですから、この問題はまだまだ議論がつくされてはいないのです。

 大切なのは、プルトニウム輸送という個別の問題だけをムード的に取り上げることではありません。この問題を、安全保障やエネルギー、地球環境といった大問題の一部としてとらえ、もっと冷静に研究し、徹底して議論することだと思います。

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