更新:2006年9月30日
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裁判員制度

●初出:月刊『潮』2004年3月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

司法制度改革の一環

Question日本の司法に「裁判員制度」が導入されると聞きました。
どういうものなんですか?

Answer現在の日本の裁判は、裁判官という職業に就いている専門家(プロフェッショナル)が事件を審理し判決を出します。これに対して「裁判員制度」は、広く一般の国民から選ばれた裁判員が、裁判官とともに判決を出すという制度です。

 一般の国民や市民が裁判の重要な決定(判決など)に参加する制度には、陪審制と参審制があります。

 陪審制は、陪審員が裁判官から”独立して”評決を行うもの。米映画の名作「十二人の怒れる男」や、妻殺しで起訴されたフットボール選手O・J・シンプソンの裁判で陪審員が無罪判決を出した報道でもおなじみでしょう。アメリカでは12人の陪審員は有罪か無罪を判定するだけで、量刑(懲役何年にするかなど刑の重みづけ)は裁判官が決めることになっています。一方、参審制は、裁判官との”協議によって”評決を行うもの。つまり裁判員制度は参審制の一種です。

 日本の裁判は、首相が「思い出の 事件を裁く 最高裁」という川柳を口にするくらいで、長期化が大きな問題になっています。その最大の理由は、裁判官の数が少ないことや、裁判官に弁護士・検察官を加えた法曹三者の数が少ないこと。これを改めるために司法制度改革が進められており、2004年4月には法科大学院(ロースクール)がスタートします。

 改革の検討では、法曹三者になるために極めて難しい司法試験に合格しなければならず世間の常識に疎いガリ勉タイプの法律家が多い、法曹という狭い閉塞《へいそく》社会だけに生きる裁判官の判決は世の中の実情から乖離《かいり》している、といった意見も強く出されました。そこで一般の国民が裁判に関与する裁判員制度の導入が図られたわけです。

裁判官3人に裁判員6人

Question裁判員はどのような仕事をするのですか?
裁判員は一つの裁判で何人ですか?

Answerまだ、ハッキリ決まっていないことも多いのですが、裁判員の仕事は次のような内容だと考えられています。まず裁判員は実際の裁判(審理)に立ち会います。そして裁判が終わったら、裁判官とともに評議に入り、有罪か無罪かの決定を下し、有罪の場合は量刑を決めます。

 評議では裁判官と裁判員の権限は対等とされ、裁判員の意見を参考にして裁判官が決定したり、裁判官の意見を裁判員が承認したりということはありません。裁判官と裁判員の各1人以上が賛成する意見によって、全員の過半数で決める方向です。

 対象となる裁判は、最高刑が死刑または無期懲役の罪の事件(年2000件以上)や、故意の犯罪により被害者を死亡させた法廷合議事件(1000件弱)。基本的には重大な事件で、現在でも合議法廷で裁かれている事件の一部となりそうです。なお、現行の裁判は、簡易裁判所が裁判官1人、上訴審の高等裁裁判所や最高裁判所がつねに合議法廷。地方裁判所が第一審となる場合にだけ、裁判官が1人の単独事件と裁判官が3人の合議事件という区別があります。合議法廷では、メインの担当裁判官、「右陪席」と呼ばれる中堅裁判官、若い裁判官の3人が普通です。

 裁判員の数については、さまざまな意見がありました。プロである裁判官の言いなりにならず多様な見方を反映させるために10人以上がよい、あまり多いと意見がまとまらないから7人前後、少数で議論を深めるには3〜4人という具合です。裁判員と一緒に仕事をする裁判官も、2人にするか現行の3人にするかで意見が分かれました。

 与党協議では、「現行制度の延長線上で考えるべき」とする自民党が裁判官3人・裁判員4人程度、「既成概念にとらわれず思い切って改革すべき」とする公明党が裁判官2人・裁判員7人を主張。裁判官が2人だと裁判員のいない合議法廷とのバランスが悪いうえ、意見が割れたときに困るという声が強く、与党案は裁判官3人・裁判員6人で落ち着きそうです。

あなたが選ばれるかも

Question裁判員はどのように選ぶのですか?
仕事が忙しい人はどうすればいいでしょう?

Answer裁判員の選定方法は、まず選挙人名簿から無差別抽出方式(くじびき)で候補者を選びます。その際、衆議院議員の被選挙権(立候補できる権利)がある25歳以上に限る方式が有力です。その後、禁固以上の受刑経験者、国会議員、法曹関係者、一部の公務員(法務省や警察関係など)、研究者らを除外して、さらにくじびきし、裁判員候補者名簿を作ります。

 特定の事件で裁判が開かれ、裁判員が必要となったら、名簿からくじびきで数十人の候補者を選びます。その中から事件との関わりをチェックし、辞退希望者の調査をし、おそらくは面接などをへて最終的に選任されることになるでしょう。もちろん、これをお読みのあなたも、ある日突然、裁判員に選ばれる可能性があるのです。

 なお、高齢者、学生、病気その他やむをえない理由があると裁判官が認めた者は裁判員を辞退することができます。ただし、単に「仕事の都合で」とか「家庭の事情で」という理由で出頭を拒《こば》むことは認められません。召喚《しょうかん》状が届いても理由なく出頭しない場合は、過料(罰金より軽い)を支払わなければならないでしょう。裁判員は仕事を休んで務める必要がありますから、日当が支給されます。

制度を根付かせるために

Question外国のものだと思っていた制度ですが、
日本でうまく根付いていくでしょうか?

Answer裁判員制度については、政府が骨格案をまとめ、いま開かれている通常国会に関連法案を提出する見込み。法律の制定後、数年の準備期間をへて実施される予定です。

 実は、日本でも1923年(大正12年)に成立した陪審法に基づいて、1928年から43年まで陪審制が実施されていたことがあります。当時の日本人が自ら作った制度ですから、まったくなじみがないわけではありません。民主主義を深める制度であることは確かですから、現行の裁判制度の問題点を修正しながら、しっかり根付かせていくべきです。

 それには、警察などが事情聴取した書類を中心に審理し「調書裁判」といわれる裁判のあり方を、法廷での証言を中心に審理するように改めるべきです。捜査機関の取り調べが自白偏重《へんちょう》ですから、日本の裁判はそもそも調書が信用できるかどうかについて、えんえんと争ったりします。そのような裁判は素人である裁判員には付いていけません。

 また、現在は検察官が持っている証拠開示が十分でなく、状況に応じて証拠を小出しにする戦術が取られたり、極端な場合は無実の決定的な証拠を検察官が最後まで出さなかったという問題があります。裁判員に過度の負担をかけないためには、裁判の早期に証拠を開示し、集中して審理を開くことが必要です。

 また、裁判員には守秘義務があり、裁判が終わっても秘密の漏洩《ろうえい》はできないとされ、違反した場合の罰則も検討されています。ときには死刑の決定を下す以上守秘義務は当然で、「裁判員の誰は死刑にせよと強硬だった」というような話が漏れ伝わっては困ります。しかし、意見や感想を一切いえないのでは、裁判員の経験を広く社会に伝えることができません。いってよいこと悪いことをきちんと例示し、あまり厳格で近寄りがたい制度には、すべきではないでしょう。

 教育面でも、学校で模擬裁判を開いたり(現実にいる悪い子を裁いてはダメで、被告は架空の設定で演技します)、自由に意見を述べ合い結論を出す訓練をすることなどが、もっと必要ではないでしょうか。

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