更新:2008年8月16日
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臍帯血(さい帯血)バンク

●初出:月刊『潮』1997年11月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Questionニュースで「さい帯血バンク」という言葉を耳にしました。
どういうものなのか教えてください。

Answer「さい帯」とは「臍帯」《さいたい》、つまり俗にいう「へそ(臍)の緒」です。

 人間はじめ哺乳類は、母体の中で赤ん坊を育てるわけですが、胎児は子宮に宿り、羊水《ようすい》と呼ばれる液体に包まれています。

 さい帯は、羊水中に浮かぶ長さ五〇〜六〇センチ、直径一センチのひも状(数回ねじれています)の器官で、胎児のへそと胎盤(母体と胎児の間にある円盤状の組織)をつないでいます。さい帯には、胎盤を介して母体から受けた酸素や栄養物を胎児に運び、胎児から出た炭酸ガスや老廃物を母体に運ぶ血管が通っており、胎児の文字どおり唯一の生命線なのです。

 そして「さい帯血」は、お産のあと、さい帯や胎盤に残っている血液のこと。欧米では、これを白血病や重症の再生不良性貧血などの治療としておこなわれる骨髄移植《こつずいいしょく》の代わりに使えないかという研究が進み、一九八八年以降、七〇〇例以上のさい帯血移植が報告されています。日本でも研究が進み、移植も二〇例近く実施され、いくつかの「さい帯血バンク」がスタートした段階です。

骨髄移植と、さい帯血移植

Question骨髄移植と、さい帯血移植の
違いを教えてください。

Answerまず、白血病について説明しておきましょう。血液は、赤血球、白血球、血小板、血しょう(液体部分)などからなっています。このうち、白血球が無秩序に増殖し、役に立つ正常な血球の生成が妨げられてしまう病気が白血病。放射線被曝(原爆病)などをのぞき、原因がはっきりしない深刻な病気です。

 ところで、赤血球、白血球、血小板の祖先をたどっていくと、一つの共通の母細胞に行き着くと考えられています。この母細胞《ぼさいぼう》を「造血幹細胞」《ぞうけつかんさいぼう》と呼びます。最初の造血幹細胞は、まだ方向が定まらず、どの血球にもなれる能力があります。これが次第に分裂し、それぞれの血球をつくる細胞に育って増殖し、血液をつくっていくのです。

 骨髄(骨の中心部にある海綿状の組織)には造血幹細胞がつまっています。そこで健康な人の骨髄から骨髄血を取り、白血病患者の骨髄に注入すれば、未分化の造血幹細胞は新しい骨髄の中で生着し(根づいて)、増殖を始めます。こうして健康な血液が増え始めます。これが骨髄移植です。

 一方、さい帯血にも造血幹細胞が多く含まれているのです。そこで、さい帯や胎盤から血液を取り、患者の骨髄に移植すれば、骨髄移植と同じような効果が期待できます。これが、さい帯血移植です。

メリットとデメリット

Question骨髄移植と比べて、さい帯血移植の
メリットはどんなことでしょう?

Answerさい帯、つまりへその緒は、赤ん坊が母体から出てくると、切られます。昔は、へその緒(の一部)を桐《きり》の小箱に入れて、取っておいたものですが、最近ではあまりおこなわれません。胎盤は、出産後三十分以内に母体から出てきます。気丈《きじょう》な産婦には見せたりしますが、ふつうは処分されています。

 この、これまで捨てられていたものから造血幹細胞を採取できることが、最大のメリットです。提供者には、痛みも危険もまったくなく、入院の必要もありません。事前に、へその緒や胎盤から注射器で血液を採取することを説明して、同意を得るだけですみますから。

 これに対して骨髄移植は、提供者の主として腸骨から注射器で骨髄血を採取するため、三〜四日の入院が必要でした。また、全身麻酔をかけるため、一万人に一人程度の割合で提供者にきわめて重大な危険がともなう可能性があります。そのことを提供者に説明するコーディネーターも必要です。

 もう一つのメリットは、さい帯血から取る造血幹細胞は、増殖力が高い一方、未熟で免疫能力が低いため、移植に適しているということ。

 さい帯血の幹細胞を培養し分裂させると、血液細胞の種類が肉眼で識別できるほど大きなコロニー(密集したかたまり)ができますが、大人の骨髄から取った幹細胞では、それほど大きなコロニーにはなりません。また、骨髄移植では、移植され働き出し始めた細胞が患者を攻撃してしまうことが起こりがちですが、さい帯血移植では、細胞がまだ十分発達していないため免疫反応が少ないのです。

Questionデメリットは、
ないのですか?

Answer最大の問題は、なにしろ、へその緒から取るわけですから、一つのさい帯から平均七〇〜八〇ccしか採取できないこと。少なければ三〇cc程度、多くても一五〇cc程度です。さい帯血は、移植する患者の体重一キロあたり三〜五ccが必要とされますので、日本では、体重三〇キロくらいまでの子供にしか移植されていません。

 骨髄から取る場合は、八〇〇cc〜一〇〇〇cc程度採取でき、これは大人への移植にも十分な量です。もっとも、海外では大人へのさい帯血移植例が報告されており、研究が進めば日本でも定着するかもしれません。

さい帯血バンク設立へ

Questionさい帯血バンク設立の動きは、
どの程度進んでいるのですか?

Answer日本では一九九四年に初めて、さい帯血移植がおこなわれ、当時から、さい帯血移植バンクが提唱されていました。九五年八月には神奈川県立こども医療センターなど神奈川県下の五つの病院が「神奈川さい帯血バンク」を組織。その後、近畿、東海、東海大学、東京と相次いで、さい帯血バンクが発足しています。

 いずれも、施設の整った産婦人科を持つ病院を協力を得て、出産時にさい帯血を採取し、液体窒素《ちっそ》で冷凍保存します。また、移植にはただ血液型を合わせるだけではダメで、HLAという白血球の抗原型を合わせる必要があるので、これを検査し、あわせて感染症などの検査もして、登録リストをつくっておきます。移植の必要がある患者が出れば、保存血液の中からHLAの合うものを使うわけです。

 まだ、地方ごとの小規模なバンクがいくつかあって、それぞれ二〇〇人分程度のさい帯血を保存している段階ですが、将来は全国的な公的バンクへ発展させる構想もあります。

 厚生省も、一九九七年二月に血液の採取、保存、品質管理などのガイドラインを公表。研究班を設置して、公的バンクの設置を目指します。またさい帯血移植への公的保険適用も推進する考えです。

Question骨髄バンクはすでにあるのでしょう。
それとの関係はどうなりますか?

Answer骨髄バンクは、一九九一年にスタートしました。しかし、先に述べたように、入院が必要なこと、全身麻酔の危険も皆無ではないことから、登録者の数はやや伸び悩み、ようやく八万人を超えたところです。

 移植実績も累計で一〇〇〇件を超えていますが、移植を待つ患者がまだ二〇〇〇人以上いるといわれています。HLAが適合するのは、近親者で四人に一人、非血縁者だと五〇〇〜一〇〇〇〇人に一人程度の割合なのです。適合する提供者がなかなか見つからないとか、ようやく見つかったのに土壇場で断られた、というケースが少なくありません。登録者の数はまだまだ不足しています。

 これに対して、さい帯血バンクは、大人への移植が確立されておらず、骨髄バンクに取って変わるものにはなりませんが、骨髄バンクと機能を補完しあうものと期待されています。

 なにしろ日本では毎年一〇〇万件以上のお産があるのです。へその緒には不自由しません。資金面や組織づくりの課題は少なくありませんが、一刻も早く全国的な、さい帯血バンクの発足が望まれています。

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