更新:2006年9月30日
現代キーワードQ&A事典の表紙へ

産業再生機構

●初出:月刊『潮』2003年11月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

産業再生機構とは?

Question産業再生機構についてのニュースを聞きました。
何をする組織ですか?

Answer「産業業再生機構」は、銀行などの出資で2003年4月に設立された政府系の株式会社です。その設置は、2002年10月に小泉内閣が発表した総合デフレ対策の中で提唱されました。

 日本では戦後最大・最悪の不況が続き、デフレ(物価下落)が深刻で倒産や失業も最悪の水準です。不況から脱出できない原因の一つに「不良債権問題」があります。

 不良債権とは、利子や元本《がんぽん》の返済が約束通り行われていない融資のこと。たとえばA社へのB銀行の融資残高が100億円のところ、経営不振のA社は先々月は5000万円、先月はゼロ、今月は200万円と、利子の一部だけしか返済しない(返済できない)というケースがそうですね。

 B銀行は、融資を打ち切って担保に取った土地も売却し、損を確定させてもよいでしょう。しかし、担保の土地は10億円でしか売れないとか、A社の従業員は全員失業のうえ、取引先や子会社もバタバタ連鎖倒産しそうとなれば、A社には潰《つぶ》れずに少しずつでも返済してほしいと考えます。すると不良債権の処理は遅れ、現状維持がだらだら続いてしまいます。

 不良債権を銀行が大量に抱えていると、破綻《はたん》に備えて引当金を積まなければならず、新規融資にも消極的になるため、金融そのものが滞《とどこお》ってしまいます。銀行と企業の規模によっては、「X銀行のY社への融資が不良債権化」した状態で「Y社倒産」がささやかれた結果、「X銀行が危ない」という噂すら広がりかねません。不良債権問題が「金融不安」を招く恐れもあるわけです。

 そこで、銀行の不良債権の処理を促進させるために産業再生機構という組織の必要性が提唱されました。そのための「株式会社産業再生機構法」は2003年4月に成立し、これに基づいて産業再生機構がスタートを切ったのです。

産業再生機構の仕事

Question産業再生機構の
仕事は?

Answer産業再生機構は、産業の再生を図るとともに、金融機関の不良債権処理を進めて、金融信用秩序の維持を図ります。そのために、工場や店舗、人材、技術などの経営資源を持ちながら過大な債務(借金)も苦しむ企業に対して、次のことを通じて事業の再生を支援します。

 (1)金融機関などが企業に対してもつ債権の買い取り。(2)再生を支援する企業への資金の貸し付け、資金借り入れの際の債務保証、出資。(3)以上に必要な交渉、調査、助言など。

 A社がB銀行から100億円(利子を含む)の融資を受ければ、B銀行はA社から100億円を返してもらう権利があります。つまりB銀行はA社に100億円の債権をもっています。産業再生機構は、この100億円の債権をB銀行から買い取ります。そのときB銀行に、たとえば30億円の債権放棄を要求し、70億円を払います。A社の借金は産業再生機構に対する70億円へと減り、だいぶ楽になりますね。B銀行は30億円損しますが、貸し手の責任ということもありますし、A社の倒産よりましと、まずまず満足。これが(1)です。

 次に産業再生機構は、A社の再生を支援し、資金を貸し付けたり、銀行からの借り入れに債務保証をつけます(A社が返せなかったら産業再生機構が返すと保証します)。出資してA社の株主になる場合もあります。これが(2)です。

 このA社を支援する条件として、産業再生機構は、不採算部門の売却や合理化、他社との合併、過剰な人員や設備の削減などの事業再生計画を提出させ、その実行を支援します。創業者一族の関与排除や経営者の退任なども求めます。A社の面倒を見てくれるスポンサー企業を探すというような支援もします。

 こうしてA社の事業がうまく再建できれば、先に買い取った債権をほかの会社に譲渡するなどして、再生産業機構は手を引きます。このとき70億円が回収できれば問題ないわけです。産業再生機構がA社の株主になった場合は、株式の売却で利益が出るかもしれません。

厳格なコンプライアンス

Questionでも、なぜ債権を買い取らなければならないのですか?
B銀行が債権をもったまま、A社に再生産業機構が求めるようなリストラをやらせればよいのでは?

AnswerわかりやすくするためにA社とB銀行の話をしましたが、実際は、A社はメインバンクのB銀行から多額の融資を受け、それ以外にC銀行、D銀行、E銀行……など多くの金融機関から借金をしている場合が一般的です。

 借金を回収したい債権者が多数いて、それぞれに思惑が異なれば、再建計画はなかなかまとまらりません。そこで産業再生機構は、メインバンクB銀行のもつ債権ではなく、非主力銀行であるC銀行、D銀行、E銀行などの債権を中心に買い取ります。すると、A社はB銀行と産業再生機構だけに借金があるという単純な図式になり、B銀行の協力を求めつつ事業再生計画が円滑に進むというわけです。

Question買い取り額の決め方が
難しいのでは?

Answerその通りです。これがあまり安いと、銀行にうまみがなく、産業再生機構による支援を敬遠するかもしれません。反対にあまり高いと、銀行の不良債権が産業再生機構に移動しただけということになりかねません。後者の懸念は、産業再生機構は不良債権の「塩漬け機関」にならないかと、盛んに議論されました。

 そこで、産業再生機構には「産業再生委員会」という意志決定機関を設け、これが企業への支援決定、撤回、債権の買り取りや処分の決定といった事業再生計画に対する判断などを行います。手を貸しても生き残ることができそうにない最初から案件は扱わず、支援すると決めた場合は再生計画を厳格に査定します。実務を担当するスタッフには、企業再建のプロフェッショナルたちをそろえています。

Question政治家が介入して、
特定の企業への支援を求める心配はありませんか?

Answerそこは非常に気を使っています。「コンプライアンス」(法令遵守《じゅんしゅ》)担当の部署を設け、これには現職検事の出向者が着任。すべての役職員は政治家や官僚の問い合わせがあったらこの部署に報告します。また、徹底して秘密の厳守が貫かれています。

第一陣の4社が決定

Question産業再生機構は、
実際には、どんな企業を支援するのですか?

Answer政府は債権の買い取りや融資のために、総額10兆円の資金を用意しています。これは産業再生機構が借り入れをした場合に政府が支払いを保証する限度額。この10兆円の限度内で産業再生機構は2005年3月末まで債権を買い取り、買い取った債権をおよそ3年以内に処分して、その活動を終える予定です。

 2003年9月のはじめまでに、第一陣の支援企業として、三井鉱山、九州産業交通、ダイア建設、うすい百貨店の4社が決まりました。それぞれの事業再生計画の概要は、産業再生機構のホームページに公開されています。産業再生機構では、このような企業を100社以上支援する予定で活動しています。

 産業再生機構が核となって、不良債権の処理や企業の再生も進んで、日本の事業再建ビジネスが活性化されるかどうか。もうしばらく見守る必要がありそうです。

「現代キーワードQ&A事典」サイト内の文章に関するすべての権利は、執筆者・坂本 衛が有しています。
引用するときは、初出の誌名・年月号およびサイト名を必ず明記してください。
Copyright © 2003-2015 Mamoru SAKAMOTO All rights reserved.

Valid CSS! Valid XHTML 1.0! Another HTML-lint がんばりましょう! 月刊「潮」 坂本 衛 すべてを疑え!!

現代キーワードQ&A事典の表紙へ
inserted by FC2 system