更新:2008年8月16日
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生産緑地法(改正)

●初出:月刊『潮』1992年6月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

生産緑地法とは?

Question生産緑地法が改正され、大都市にある農地が宅地並み課税を
受けると聞きました。どういうことですか?

Answerはい。まず「生産緑地法」について説明しておきましょう。これは一九七四年に公布された法律で、市街化区域内の農地(生産緑地)について定めたものです。

 わが国の都市計画が「都市計画法」に基づき実施されているのはご存じでしょう。この法律では、都市計画区域を市街化区域と市街化調整区域に分けて(知事が指定します)、市街の無秩序な拡大を防ぎ計画的な街づくりを図っています。市街化区域は現在の市街地および近い将来に優先的・計画的に市街化を進める地域、市街化調整区域は市街化を抑制する区域です。ですから都市計画法では、市街化区域内にある──都市または都市近郊の──農地は、原則として宅地化されることになります。

 しかし、これに対して、都市や近郊の農地で農業を続けたいという農家がある、公害対策や防災上あるいは良好な生活環境づくりの観点からも、農地を計画的に残すことが望ましいという意見が強く出されました。そこで、市街化区域内における”市街化の例外”として生産緑地を指定する生産緑地法がつくられたのです。

 詳細は省きますが、生産緑地はおおむね〇・二ヘクタール以上の農地や森林で、公共施設などの敷地としても適している土地が指定されます。所有者は固定資産税の減免(農地の宅地並み課税の適用除外)など税制上の優遇措置が受けられるほか、指定後一定期間がたつと市町村長に買い取りを求めることができます。一方、生産緑地で建築、宅地造成などをおこなうには市町村長の許可が必要とされています。

改正目的は宅地供給の促進

Questionその生産緑地法ですが、
どこがどのように改正されたのですか?

Answer改正のポイントは、三大都市圏──つまり東京、大阪、名古屋およびその周辺都市圏にある市街化区域内の農地を、「宅地化する農地」と「保全する農地」に分けて(農家が選択します)、後者を新たに生産緑地として指定しなおそうということ。対象となるのは、東京二三区と一一都府県一九五市の市街化区域内にある五〇〇平方メートル以上の農地で、全部合わせると五万二〇〇〇ヘクタールにのぼります。

 これらの農地では九二年度から、原則として「農地の宅地並み課税」が適用されます。つまり、これまで大幅に軽減されてきた固定資産税と都市計画税を一律に宅地並み課税とするほか、相続税についての優遇措置もなくなります。しかし、保全する農地として申請し、生産緑地の指定を受ければ、従来通りの優遇措置が受けられます。この場合、主たる農業従事者が死亡したら、自治体に生産緑地の買い取り請求ができることになっています。ただし、生産緑地として指定を受けると、以後三〇年間は農地以外への転用はできません。以上の方針のもと、ほとんどの自治体では九二年三月末までと期限を切って生産緑地の申請を受け付けたのです。

Question改正の目的は
なんですか?

Answer大都市やその近郊の農地が今日まで宅地並み課税の適用除外とされていたことは、不公正税制の象徴のようにみなされてきました。そこでの農業は片手間の、いわば形ばかりのもので、実際は土地の値上がりを待っているだけではないかという声が、都市に住むサラリーマンなどから多かったことは否定できないでしょう。

 一方、経済のバブル化は東京や大阪をはじめとする都市で、列島改造時代の地価狂乱を上回る異常な地下高騰を引き起こしました。家の購入価格は年収の五〜六倍が限度といわれ、平均的なサラリーマン世帯にとっては三〇〇〇万円台がいいところ。しかし、地価暴騰の結果、たとえば東京二三区内でそのような物件を探すことはまったく不可能、通勤に片道二時間以上もかかる場所でないと家は持てないということになりました。

 そこで、大都市およびその近郊の農地に宅地並み課税を適用し、宅地供給を促進すべきだという声が強まりました。この方針は、八八年に閣議決定された総合土地対策要綱にも盛り込まれています。そして今回ようやく実施の運びとなったわけです。

都内では半分程度が申請

Question申請の結果は
どうでしたか?

Answer四月三日に東京都の申請状況が発表されました。それによると、都内にある農地全体約七七五一ヘクタールの五一%に当たる約三九四三ヘクタールが保全する農地として申請されました。この土地は今年中に生産緑地として指定されます。細かく見ていくと、市部での申請率は五五%、区部では三五%となっており、比較的農地を残す場所で申請率が高くなっています。しかし、都内ではもっとも広い農地を持つ八王子市では三七%、それに次ぐ町田市では四六%とかえって低めの結果が出ました。

 都市の郊外で思ったほど申請率が高くないというのは、千葉県柏市、埼玉県大宮市、大阪府堺市、奈良県奈良市などでも同様でした。これらの地区では農地が広いため農業を続けていくのに必要な土地の割合が低いこと、現実に開発中の地域であるため宅地開発業者などの動きが活発だったことなどが、その理由でしょう。逆に、まわりがすっかり住宅に取り囲まれているような都市中心部の農地では、農業を続けるとなるとその全部を生産緑地として申請する必要があります。宅地並み課税の額が高いので、とりあえず宅地化を選択しておいて売れるのを待とうというわけにはいかないのです。つまり、都市中心部ほど、生産緑地の指定を受けるか受けないかの選択が切実で、その結果申請率が比較的高くなったのだと思われます。

 もっとも、東京都江戸川区のように、申請率が一〇%台と低かったため(都内では最低)、申請の受付けを四月一〇日まで伸ばしたというような例もあり、一概にはいえません。結局は、農協などの結束が強く、都市においても生き残ることのできる農業への体質強化を図っていた場所で、申請率が高くなったといえるでしょう。

都市の農業はどうなる

Question生産緑地法の改正、農地の宅地並み課税で、
都市の農業はどう変わるのでしょうか?

Answer生産緑地の申請が半分程度はあったことからも、都市の農業がただちになくなってしまうとは考えられませんが、やはり影響は小さくありません。

 まず、市街化区域内の農地の三割や四割は確実に宅地化、駐車場化が進むと思われます。しかし、宅地化を選択した農家でも、農地の一部をアパートや駐車場にし、残りの土地で農業を続けるというケースが少なからずあると考えられます。というのは、収益性の高いキャベツやレタスなどの野菜、花や観葉植物など園芸作物を栽培する農家は競争力が強いうえに、農地が狭くて競争力がないとしても、家賃収入や駐車場収入で課税分くらいを稼ぎ出すことができるからです。しかし、将来にわたってこのような農業を続けていけるかというと難しそうです。いったん宅地化を選ぶと相続税の支払いが大きく、相続が発生した場合に農地を処分せざるをえないからです。

 また、保全する農地を選択した場合でも、後継者不足が深刻で、離農は徐々に進むと思われます。なにしろ、現在の日本で、中学校または高校を卒業して農業に従事するという人は、一年に一八〇〇人しかいないのです。市町村は全国で三三〇〇ほどありますから、二つに一つの市町村で農業後継者が一人もいないという事態です。都市または都市近郊ではこの傾向はもっと顕著でしょうから、現在農業を続けている人が死亡すると自治体に買い取ってもらい離農するというケースは、今後ますます増えると見なくてはなりません。都市部の自治体では買い取り価格も高いので、すでに財源対策が緊急の課題となっています。

 三大都市圏全体で見れば、市街化調整区域の農地がまだまだ多いため、農業生産に影響はほとんどないといわれています。しかし、都市の中の緑が失われるのは残念なことですし、十分競争力があって続けていける農地までが後継者不足で宅地化されるとすればなおさら残念です。また、今回の措置で都市や都市近郊の地価が下がり、平均的なサラリーマン家庭にも手が届くようになるかといえば、どうも絶望的。せめて、宅地化される農地が、無秩序な乱開発を受けずに、総合的な都市計画に基づいて開発されることを期待したいものです。

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