更新:2008年6月25日
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社会保険庁改革(社保庁改革)

●初出:月刊『潮』2007年8月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

九七年、基礎年金番号を導入

Question年金問題が不安です。
いったいどうなっているんですか?

Answerまず、年金制度のあらましを説明しておきましょう。「年金」とは、年にいくらと決めて定期的に給付される金銭のこと。

 年金の制度は、年を取って会社をやめた、身体に障害があり働くことができない、一家の稼ぎ手が死亡してしまった、といった理由で失われる所得を保障するために設けられています。国が法律に基づいて行う「公的年金」と、民間が自由に行う「私的年金」がありますが、以下は公的年金の話です。

 日本の公的年金は、「国民皆年金」《こくみんかいねんきん》のキャッチフレーズのもと、全国民が適用を受けることになっています。ただし、歴史を振り返ると、日本初の年金は一八七五年に始まった軍人恩給で、その後に官吏《かんり》(役人)の恩給、恩給が出ない役所の雇用人の「共済組合」(鉄道、専売、印刷、逓信、林野など)に広がり、さらに民間サラリーマンを対象とする「厚生年金」、最後に自営業者などを対象とする「国民年金」(一九六一年)へと拡大してきました。

 こうして共済年金、厚生年金、国民年金の三つの制度が長く分立してきましたが、これでは就業・産業構造の変化によって財政基盤が安定せず、制度によって給付や負担に不公平が生じてしまいます。

 そこで、一九八五年に制度改正が行われ、二〇歳以上の全国民が国民年金に加入し、全員に共通な定額の「基礎年金」が支給されることになりました。役人や民間サラリーマンは、基礎年金の上に報酬比例部分と呼ばれる共済年金・厚生年金が乗る「二階建て」の年金制度になっています。

 支払われる年金の種類は、主に老齢年金、障害年金、遺族年金の三つですが、加入する制度によって仕組みが違います。たとえば「老齢基礎年金」は、国民年金に二五年以上加入した人が六五歳から受ける全国民共通の年金です。四〇年間加入すると満額支給され、加入年数が足りない場合は期間に応じて減額されます。共済年金には共済組合独自の「職域加算額」が加算されており、これを「三階建て」という人もいます。

 制度がもともと別々なうえ、転職や退職で加入する制度が変わる人もいて、たいへん複雑ですね。そこで一九九七年から、すべての制度に共通する「基礎年金番号」が導入されました。これで届け出を忘れた人に注意をうながしたり、複数の制度に加入した場合の年金の払いすぎを防止できるというのが、年金行政を担当する厚生労働省や社会保険庁の説明でした。ところが、一〇年前からとんでもない事態が進んでいたのです

不明記録が五〇〇〇万以上

Question「年金記録紛失」や「消えた年金」
などといわれる問題ですね?

Answerそうです。社会保険庁は「基礎年金番号」の導入後、それまでバラバラだった年金記録を一人ひとりに固有の番号ごとに統合する作業を進めました。しかし、最近になって、「保険料(掛け金)が支払われたことは確かなのに、どこの誰が支払ったのかわからない」という年金記録が、実に五〇〇〇万件もあることが判明しました。

 これは一九八〇年代、社会保険庁が年金記録を管理する手書きの台帳を電子化、つまりコンピュータに打ち込んで整理するとき、極めていい加減にやったからです。

 たとえば「小山実」さんの姓はコヤマともオヤマとも読めますし、名はミノルともマコトとも読めます。ところが、社会保険庁ではアルバイトなどが適当に読んで打ち込んだというのです。笛吹、六平、温水という名字は、それぞれ「うすい」「むさか」「ぬくみず」と読みますが、難読文字もいい加減な読み方で入力された恐れがあります。読み方は正しくても、単純な入力ミスで別の名前になってしまうこともあったでしょう。すると、年金記録が別人の名前で保存されることになってしまい、誰のものかわからず宙に浮いてしまいます。一方、本人の年金記録には、抜け落ちた部分が生じてしまいます。

 五〇〇〇万件がただちに五〇〇〇万人分というわけではなく、社会保険庁によれば、年金を受け取る前に亡くなった人や、受け取る資格が生じる二五年の加入期間を満たしていない人の記録も含まれています。もちろん、だからといって社会保険庁が許されない大失態をしでかしたことには変わりありません。五〇〇〇万件とは別に、基礎年金番号に統合されていない旧台帳分で、誰のものか不明な年金記録が一四三〇万件あることも発覚しました。

廃止・解体して出直し

Questionもうこれ以上、社会保険庁には
まかせておけませんね?

Answerはい。社会保険庁の廃止・解体は規定路線といってよいでしょう。

 政府与党は、社会保険庁が担当する年金部門を新設する「日本年金機構」に引き継ぐ、機構の理事長は厚生労働大臣が任命、役職員は非公務員だが「みなし公務員」、保険料徴収業務は広く民間に委託、悪質滞納者からの徴収は国税庁に委任、などを骨子とする「社会保険庁改革法案」を五月三一日の衆院本会議に提出し、翌一日未明に可決しました。同時に、年金の記録ミスによる支給もれがあった場合、五年の時効を無効にして不足分を受け取れるようにする「年金時効撤廃特例法案」も可決しました。政府与党は参院本会議の審議をへて、今国会で両法案を成立させる構えです。

 もっとも野党側は、両法案の提出は拙速で、抜本的な改革にならないと主張しています。この問題を追及して明るみに出したのが野党側だったことは確かですから、もっと野党の意見を聞き、強行採決のようなやり方は避けるべきだという声は、与党側からも聞かれます。一方、過去の労働厚生大臣が誰で責任がどうだという批判が出てくるなど、年金問題をめぐる議論は、やや泥仕合的な様相も呈しています。不毛な議論は、そろそろ打ち止めにして、真に国民のためになる改革を進めてほしいものです。

計画的・現実的な対応を

Question転職したことがあり年金記録が心配です。
どうすればいいですか?

Answer年金支給年齢まで何年か余裕があるならば、あわてる必要は全然ありません。

 社会保険庁は六月一一日から二四時間体制で年金フリーダイヤルを始めましたが、三日間で一〇〇万本以上の電話がかかり、つながる人は二〇人に一人もいません。電話するだけムダですから、自宅で古い納付記録や通帳などを調べ直すくらいにして、窓口へ行くのは来年でもいい、というようにゆったり構えてください。これだけ大騒ぎになったのですから、年金関係書類を新たに破棄するようなことは、社会保険庁も自治体もやらないはずです。

 現在、年金を受給中である、またはもうすぐ受給が始まるという人は、年金証書、振込通知書、年金手帳、被保険者証など関係書類を用意したうえで、社会保険事務所を訪ねるのがよいでしょう。本人自筆の依頼状があれば家族の相談も受け付けます。

 何より社会保険庁側に求めたいのは、五〇〇〇万件の突き合わせを一年以内にやる、二四時間の電話対応をするといった漠然とした対応ではなく、「計画的」で「現実的」な対応です。年金記録紛失問題に割くことができる職員数は何人、のべ何時間で、相談一件あたり一五分として何人に対応可能だときちんと説明し、「だから、何歳以下の人の相談は待ってほしい」と国民に頼むべきでしょう。

 給付が始まらないのだから、たとえば一九五八年生まれの人の相談は二〇〇九年五月でも構わないはずです。逆に、すぐ給付が始まる人に対しては、相談などなくても社会保険庁から、あなたの記録はこうなっているという書面を出すべきです。そんな工夫が見られず、場当たり的な対応を重ねていることは、おおいに不満です。

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